好きだよ。遅くなった。

三葉

好きだよ。遅くなった。

 泣いて泣いて、散々泣きちらした頃、彼女はゆっくりと、言うのだった。


「私は、君と学校生活を送りたい。


 今すぐに君と街で遊びたい。


 今すぐに君と夏祭りとかにも行きたい。


 そして、そのいつか君と手を繋いで夕陽を見たりしたい。


 そのいつか、君と付き合って、結婚したい。


 そのいつか、子供も一緒に、君と幸せに暮らしたい。


 そのいつか、君とたくさん喧嘩して、そのいつか、その分二人でごめんって言って。


 そのいつか、君とありきたりな日常でいいから、大切に過ごしたい。


 そして、そのいつか十分幸せだってなったとき、君に見守られて、死んでいきたい。


 ごめんね、たくさんわがまま言っちゃったね。いや、いつものことか。


 たくさん起こりもしないことを言ったけど、最後に一つだけ。 


 その前に、そのいつか、そのいつかでもいいから。


 君に『好きだよ』って言われたい。


 何百回も、何千回も、何万回も、


 君に『好きだよ』って言われたい。


 私は君が本当に好きだよ。


 本当に君が好き。


 だから死にたくない。まだ生きていたいって思うの。


 ごめんね、わがままばっかりだね。


 いいよ、気にしないで、ごめんね」


 最後は少し突き放すように、そう言った。


 僕は、今どうすればいいのか、分かっていた。


 でも、それをするだけの勇気が僕にはなかった。


 気づけば、体だけが先に動いていた。


 彼女の目には、多分、逃げるように病室を去る、僕の姿だけが映っていた。




 ――その数時間後に、彼女は亡くなったそうだ。






 彼女が亡くなってからもう五年が経ち、僕は高校生になっていた。


 依然として、彼女とのその出来事は、僕の脳裏に焼き付いている。


 ただ一つ、ただ一つだけ、あのとき彼女に面と向かって「好きだよ」と言ってやれなかった自分に、ひどく後悔している。


 入院病棟のその部屋の窓からは、やはり今もその桜の木が見えているのだろう。外からでも分かるほど、その桜の木は大きく、その部屋の窓までそびえたっていた。


 彼女の墓は、その病院の付近の河川敷にある。 


 僕は今日もそこを訪れていた。


 何もできない。何もやはり言えない。


 意気地なしの僕に、やはりそれは難しすぎるのだ。


 でも、それでは何か、彼女に申し訳なくなって、一つ勇気を出してみようと思って。


 何も残らない。何にもならないけれど。


「好きだよ」




 僕目線のこれまで君と過ごした日々についての文章と一緒に、送信。


 行先に届かないLINEが表示された画面に、どこかから飛ばされてきた桜の花びらが乗っていた。

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好きだよ。遅くなった。 三葉 @mituha-syousetsu_

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