私専属の執事が元勇者で異世界から来たって何で誰も教えてくれなかったのですか!?

なつのさんち

私はすごく怒ってます


 わたくしはすごく怒ってます。

 ええ、とってもとってもです。

 恥ずかしいし、隠し事をされていたと知って悲しいですし、もっと早くから知っていればいろんな事を聞けたでしょうし、いろんな言う必要のない事も聞かせる事なく隠しておけたでしょう。


 何で誰も教えてくれなかったのでしょうか。

 私ことメアリー・リリー・スウェン・クルール子爵令嬢。

 その専属の執事であるサトル・イケガキが、実はあの伝説の魔王を倒した勇者であり、そして実は実は王城で15年前に行われた異世界召喚の儀式でこの世界へと召喚された異世界人であった事を。


 確かにサトルは他の男性とは見た目が違います。

 顔が平たいし、肌も少し黄色がかったような色をしていますし、髪の毛も目の色も真っ黒です。

 そして時々よく分からない言葉を話す時があります。

 そのたびに問い返すのですが、「何でもございません」とお澄まし顔で言われるものですから、ついつい気になって何度も聞きます。

 脇をこちょこちょしても、ほっぺたをプニプニしても、耳に息をふ~ってしても教えてくれません。


 そういう時、私はとっておきの技を使います。

 サトルの目の前に立ち、おもむろにスカートの裾を掴むのです。最初は何をしているのかとサトルも私の様子を窺っていたのですけれど、ゆっくりと裾を持ち上げ、サトルに私の足首、脛、そして膝を見せるようにしていくと、サトルが深々と頭を下げて「申し訳ございませんでした」と謝るのです。

 それから私はサトルが先ほど漏らしたよく分からない言葉の意味について問いただします。

 私がサトルから教えてもらったのは、自分の名前を名乗った直後に発するという『いえ~~~~~~い!!!』なる雄叫び。

 これは自身の存在を大きく見せて相手を圧倒させる為の威嚇行為だそうです。

 愛するが故に触れる事が出来ないという意味の『いえすろりーたのーたっち』。

『もえー!』は主、まぁ私ですわね。

 私に対する最大級の敬愛を表す為の言葉。

 すでに結果が分かり切っている事柄については、『こーりゃくさいとでみた』と言うのだそうです。


 ふふんっ、他にもいろいろと覚えましたが、話が逸れてしまったので戻します。



 何故サトルが異世界人として呼び出され、そしてあの伝説の魔王を倒してくれたという世界の恩人なのにも関わらずこのような子爵家で、しかも女子おなごの専属執事なんぞをさせているのでしょうか。


 有り得ません。

 国王陛下を非難するつもりは一切ございませんが、褒美を遣わしたり、他国への抑止の為に領地を与えて貴族として封じるなど……、え? 褒美は与えてある?

 褒美は何がいいか聞かれたら、サトルがクルール子爵家で執事として働かせてほしいと言ったですって?


 まっさっかっ……。



 あの勇者様ですわよ!?

 海を割り、山を作り、空を赤く染め上げたと言われる伝説の魔王を、見事討ち倒した男です。

 異世界から呼び出されてしまった為に言葉を覚える事から始め、平和だった為にした事がなかったという戦闘訓練を受け、そして14歳という若さで王都を旅立ったのです。

 長きに渡りどこにいるのかさえ知られていなかった魔王の居場所を突き止め、そして唯一魔王に致命傷を与える事の出来るという伝説の武器を探し出し、たった1人で魔王を倒してしまったのです。

 その偉業を達成した勇者様の望みが、こんな辺鄙へんぴな田舎で貴族に仕える仕事をさせてくれなど、言う訳がございませんわ。


 え、ホントに言ったって?

 ちょっとサトルに確認致しますわ。チリンチリン。


「お嬢様、お呼びでしょうか?」


「サトル、私はあなたにいくつか確認したい事がございます。

 返答によっては、また私は自らのスカートをたくし上げる所存ですので、心して答えるように」


「……、はっ」


 黒い執事服に身を包んだサトルが、絨毯の上でひざまずいて私の声に耳を傾けています。

 あぁ、キリッとした表情、たくましい背中、そして生々しい傷跡を残したその両手……。

 私には執事としての訓練を受ける際に負った傷だと話しておりましたが、それは魔王と戦った時に出来たものだったのですか?

 聞きたい事がいっぱいあります。焦らず、一つ一つ確認して参りましょう。


「サトルが、異世界から来たというのは本当ですか?」


 サトルの表情が一瞬だけ歪みました。私には知られたくない事だったのでしょうか。それでも、私は本当の事が聞きたいのです。


「サトル」


「本当でございます。

 私は15年前、王城で行われた異世界召喚の儀式によってこの世界へと召喚された、異世界人でございます」


 あぁ……っ! 聞いていたとはいえ、サトル本人の口から聞くとなるとこうも動揺してしまうものなのですね。


「では、勇者としてあの伝説の魔王を倒したというのも、本当ですか?」


「ええ、本当でございます」


 すごい……、あの伝説の魔王を倒して、そして無事生きて帰って来たサトル。

 あの勇者の旅のお話が私は大好きですから、何度も何度もばあややメイド達にせがんで聞かせてもらいました。

 だからこそ不思議でならないのです。何故サトルはそのような偉業を達成した勇者様であるにも関わらず、私のような小娘の執事をしているのかと。


「何故その勇者様が、私のような小娘なんぞの執事をしておられるのですか?

 望みさえすれば、この国の姫をめとる事も、領地を治める貴族になる事も出来たでしょうに」


「恐れながら、私は姫君も爵位も望んではおりませんでした」


「では、サトルは何を望んだのですか?」


「お嬢様、私は華々しい生活や重い責任を負うような立場を望みません。

 このようなのどかで、気候的にも落ち着いており過ごしやすい場所で静かに暮らしたかったのです」


 嘘ですわ。


「のどかで静かなのは認めますが、この地は盆地になっており、平野であるカイスリア辺境伯領に比べて暑く、湿気が籠ります。

 夏と冬で寒暖の差が大きく気候的に落ち着いているとはとても言えないはずですわ」


「私が元いた世界、元いた国の地方よりは、寒暖の差を含めても落ち着いていると言えます」


 ほう……、言い返して来ましたか。


「それでも、ですわ。どの国どの地方でも選べた元勇者であるサトルは、あえて選んでこの地に来た。

 それは認めますか?」


「ええ、認めます」


 認めました。ばあややメイド達にせがんで、何度も何度も聞かせてもらったあのお話の中の勇者様、サトルが望んでこの地に来たという事を認めました。

 ここから私がサトルへと問い掛ける内容は、過分に私の願望を含んでおります。

 推理でも推測でも憶測でもなく、ただのこうだったらいいな、というよわい10歳の小娘の、ただの妄想です。


「この地を選んでクルール子爵家に仕える事に決めた一番の理由は、その年に生まれた赤ん坊がいたから。

 違いますか?」


 間が空きました。

 サトルは返事をしてくれません。

 やはり小娘の戯れ言でしかなかったのかも知れません。

 ですが、こんな辺鄙な所をわざわざ選んで、しかもその地の貴族家の、ただの小娘の専属執事をしたいと望んだ理由なんて、他の理由を私には思い付く事が出来ません。


 サトルが勇者としてあの魔王との死闘を制し、この国へと帰って来た年。

 その年に私は生まれたのです。

 正確には魔王が討たれるほんの少し前、私は生まれたそうです。

 お母様がよく話して下さいました。だって、私は魔王の生まれ変わりなのではないかと不安で不安で、夜も眠れない日があったのですから……。



 私の恐れた事は、本当だったんだ……。

 だからサトルは、こんな私のような小娘の執事なんかをしているんだ……。

 お母様は優しいから、私に嘘を付いて安心させようとしていたんだ……。



「サトル、覚悟は出来ました。さぁ、ひと思いに殺して下さい」



 ギュッと目をつむり、両手でドレスを握り締めます。

 肩に力が入っているので、もしかしたらスカートが少し上がって脛くらいは見えているかも知れません。

 でもいいのです。

 私の短い命は今日をもって、終わるのです。

 大好きなサトルの手によって終わらせられるのであれば、怖くはありません。

 いえ、少しだけ怖いです。

 もうサトルのあの声も、顔も、手で触れる体温も、ちょっとムワッとする匂いも、感じる事の出来ないどこかへ行くのです。

 あ、とってもとっても怖いです……。

 つつつっと、目尻から涙が零れるのを感じます。

 この涙が頬を伝い、絨毯へと落ちるその前に。


 さぁ、サトル、全てを終わらせて下さいませ……。



「恐れながらお嬢様、サトルにはお嬢様のお考えが分かりかねます。

 申し訳ございませんが、ご説明頂けないでしょうか?」



 あれっ…………?



「私が魔王の生まれ変わりだから、わざわざ元勇者であるサトルが専属の執事として見張っているのではないのですか?

 もし魔王としての力が復活し、私がこの世に再び害をなす存在になってしまった時、すぐに殺せるようにと……」


「違います!

 ……、失礼致しました。思わず大きな声を出してしまいました。

 申し訳ございません」


 ビックリしました。

 いついかなる時も冷静沈着で、決して感情を表に出さないあのサトルが、とっても大きな声を出しました。

 跪いたまま、私の顔を見上げているその表情は、いつも通りのサトルのものです。

 あ、涙が絨毯に落ちてしまいました……。


「お嬢様、確かにお嬢様の仰る通り私は元勇者であり、そして異世界より召喚された異世界人でございます。

 しかし、お嬢様がお考えのような事はございません。

 魔王は生まれ変わりなどしませんし、復活もしません。

 私がこの地でお嬢様専属の執事を仰せつかっている事と、魔王の事、何の因果もございません。

 ご安心下さいませ」


 あぁ……、私は魔王の生まれ変わりなどではなかったのですね……!!

 良かった、本当に良かった……。

 

これで、本当にサトルに伝えたかった事が話せます。



「サトル、立ち上がって、私の事を抱き締めなさい」


 再び私は目をきつく瞑り、少しだけ、ほんの少しだけ顎を上げます。

 両手はスカートを握り締めたまま。

 先ほどよりも力が入っている為に、脛まで見えていたスカートの裾が今では膝丈くらいにまで上がっているかも知れません。

 ふふっ、このままでは跪いたサトルに乙女の純白なるそれが見えてしまうかも知れませんね。


「なりません、お嬢様」


 声の響き方から、サトルは下を向いてしまったようです。

 少し困ったようなその声。あの魔王を倒した勇者様が、困っているのです♪

 でも、もっと困ってもらわなくては私が困ります。

 だって、私はサトルにいつも話していたのです。


 今はどこで何をしておられるのか分からないという勇者様。

 その勇者様にお目にかかれるのならば、私はこの身を捧げますと、何度サトルに話した事でしょうか。

 海を割り、山を作り、空を真っ赤に染め上げたと言われる伝説の魔王。

 その魔王を何年もに渡る旅の末、見事討ち果たし生きて帰って来たという勇者様。

 私は勇者様を愛しております。

 勇者様の事を考えるだけで、この胸が張り裂けそうになるほどに想いを寄せているのです。

 あぁ、あの勇者様がサトルだったなんて……!!

 世界で1番目と2番目に愛している方々が、まさか同じお人だとは思いもよりませんでした。

 あぁ……、この世界は何と素晴らしいのでしょうか。


「サトル」


「はっ」


「常々申し上げておりました。

 私が勇者様の事をどう思っているか、覚えておいでですか?」


「……、はい。

 とても素敵だと……」


「いつも教えてくれていたあの言葉は、サトルの元いた世界で使われている言葉なのですわね?

 私も覚えました。

 とても素敵だと思った時は、サトルの世界では『ちょーかっこいー』と言うのでしたね?」


「ぐっ……、はい」


「そして、私はこうも言いました。

 もしも勇者様のお目に掛かる事が出来るのであれば、全てを捨ててでも着いて行くと。

 サトルは言いました。その際は私もお供致しますと。

 あら?

 元勇者であるサトルに私が着いて行く際は、サトルが私のお供として着いて来てくれるのですか?

 そしてそのサトルの後ろに私が着いて行き、またその後ろを私のお供であるサトルが着いて行く……。

 あぁ、私こんがらがってしまいまいた」


「…………」


「さぁサトル、私にみなまで言わせるおつもりですか?」


 目は瞑ったまま、握っていたスカートの裾を離して、サトルに向けて両手を広げます。

 さぁ来いと、きつく抱き締めて離さないでと。

 何と言ったかしら……?

 サトルの世界では愛する男女で交わされる熱い抱擁の事を、『だいしゅきほーるど』と言っていたような気が……。

 いえ、そんな名称であるとか合っているであるとかはこの際どうでも良いのです。

 大事なのは、この場でサトルから私の身体に触れさせる事。

 『いえすろりーたのーたっち』なる考え方がサトルの元いた世界にはあったようですが、愛するが故に触れる事が出来ないなどとは言わせません。

 私ももう10歳です。

 触れ合わねば人としての営みが、そして子を育む事が出来ぬ事を知っています。


「サトル」


「恐れながらお嬢様、私の元いた世界では『いえすろりー……」


「『いえ~~~~~~い!!!』」


 この期に及んでまだそんな事を言うつもりのサトルに対して威嚇の叫びを上げ、そして私は跪いたままのサトルの胸へと飛び込みます。

 勢い良く飛び込んだ為に、さすがの元勇者であるサトルでも体勢を崩してしまい、絨毯に仰向けになって倒れてしまいました。

 好機です。

 厚い胸板に顔を擦り付け、両手を背中へと回し、はしたないとは思いつつも両膝でサトルの腰を挟み込みます。

 あ、これって『だいしゅきほーるど』と言えるのでしょうか?


「サトル、私は勇者様の物となる事を決めました。サトルが主として仕える私は、勇者様の物になるのです。

 私の物であるサトルは勇者様でした。

 すなわち、私はサトルの物。

 サトルは私の物。

 …………、違いますか?」


「いえ、違いません。

 私はお嬢様を……、メアリーを、心から愛しております。

 あなたをお守りする事が出来て、本当に良かった……」


 私は聞き逃しませんでした。

 サトルが小さく『もえー、メアリーたんもえー』と言ったのを。

 メアリーは私の名ですが、その後の『たん』とは一体どういった意味なのでしょうか。

 まぁそれはいいとして。



 私の幼い頃からの恋と、そしてサトルの15年来の恋、2つの恋が叶った瞬間なのでした。

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