じつは家族写真を撮ることになりまして……

詠達

じつは家族写真を撮ることになりまして……

「皆で写真を撮らないか?」


 とある休日。親父はリビングでTVを観ながら、俺に呟いた。


「突然どうした、親父」

「いやな、欲しいだろ。家族写真」

「……欲しい」


 突拍子もない提案であったが、決して悪くない。

 むしろ賛同だ、親父よ。

 先日の旅行にて美由貴さんと親父は、俺と晶がはしゃぐ様を撮っていたが、四人全員が納まった写真は未だない。


 思い返せば、親父を捨てたあの女が出て行って以降、写真を残すことなかった。

 オジさんみたいと晶には言われたが、スマホに記録された写真は神社仏閣などの建造物ばかり。親父や俺が映る写真でさえ皆無。


「ということで涼太、晶を誘ってくれないか?」


 もし誘って断られたら、お父さん泣いちゃう……よよよ……とワザとらしく振舞う親父。

 まあ、年頃の女の子相手に、義父が誘いをかけるのも気まずいだろう。


「あと、カメラマンのアテとかないか?」


 学校の友達を呼んで欲しいとのこと。

 とは言っても、俺は友達が多くはない。

 まず思い出すのは上田兄妹。あとは演劇部の面々。あとは……いや、悲しくなるので、これ以上考えるのはやめよう。

 消去法的に一択だ。ひなたに頼むのみ。

 例えば光惺に頼んだとして、「めんどい」の一言で返されるに決まっている。最近、バイトで忙しいようだし。

 演劇部部長の西山はどうか。これもない。純粋に知り合って日が浅いのもそうだが、西山に借りを作るのは危ない。俺を騙して入部届を書かした学園祭の時から、要注意人物だ。

 ということで、ひなたに頼んでみよう。


「明日なら美由貴さんも俺も予定は空いてるから、頼んだぞ」

「おう」


 こうして、俺たちは家族写真を撮ることになりまして……





※※※※※※




 ひなたは即決で了承してくれた。


『それでは明日、お伺い致しますね』


 嫌な声音一つせず、彼女は電話を切った。何と良い子だろう。


「よし、あとは晶か」


 俺は携帯を置き、晶の部屋に向かおうとした。

 するとノックの後、ドアの隙間から晶が顔を覗かせた。


「おお、丁度良かった」

「……ひなたちゃんと電話してたの?」


 何故かジト目の晶。その顔からいつもの笑顔がなくなっている。

 そして、どことなく怖いのは気のせいか。

 半開きのドアの隙間から、顔だけを出した状態を保ったままの晶。


「随分と楽しそうだったね」

「いや、頼みごとをしただけだが……」

「後輩の異性相手に、気軽に頼みごとが出来る仲なんだ。ふーん」

「ど、どうした? ジェラシーか?」


 お茶らけてそう言ってみると、晶の瞳からハイライトが消えた。


「ジェラシー? うん、そうだね。ジェラシーだよ。僕の兄貴なのに! あの女狐……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 ひいいいぃぃぃ! 晶が壊れた! 怖い怖い怖い!

 俺が恐怖で震えると、晶は「ぷっ」と吹き出した。ゲラゲラと笑い転げる。


「……へ?」

「兄貴、どうだった? 和沙ちゃんから教わった僕のヤンデレ義妹ムーブは」


 西山め。何ということを晶に教えたのか。本気でビビッてしまった。

 何より凄いのは晶。晶があんなこと言うはずない、と分かる俺でさえ信じかけてしまった演技力。流石は役者の娘ということだろうか。学園祭の練習を始めた頃は、台詞を読むのさえ覚束なかったのに、何という成長だろう。


「レッドカーペットなみの演技力だったぞ」

「わーい! 褒められた~。えへへ」


 尻尾を振る犬ように突進してきて、晶は俺に抱き着いた。

 もっと褒めて褒めてと乞う上目遣いと、甘い香りが鼻腔を刺激し、不覚にもドキッとしてしまう。


「それより、話があるんだが」


 もっと抱きつきたい、とごねる晶を突き放し、俺は本題に移る。

 このまま抱きつかれたままのは危ない。理性が仕事をする。


「大体は聞こえてたよ。撮りたいんでしょ、写真」

「親父がどうしてもって」

「兄貴も嬉しい? 僕と写真撮るの」

「嬉しいぞ。俺たちの初めての家族写真だ」

「そうだよね! 一生の思い出になるよね!?」


 晶は純真無垢な子供のように笑った。

「まあ僕としては、別の意味で家族になった時にも撮りないな。一緒に」

「それってどういう……」


 言葉の真意を反射的に訊こうとしたが、口にする途中で晶の真意に気付く。

 晶は上目遣いに俺を覗き込み、ふふーん、と楽しそうに笑った。


「フォトウエディング、憧れなんだよねー」


 それはつまるところ、俺と晶が結婚するということか。


「……まだ晶には早い」


 俺は未来のことを想像し、恥ずかしさを覚えた。

 だから、晶の妄想を断ち切ろうとしたが、それが余計に晶を調子に乗らせてしまった。


「まだ、ってことはいずれ結婚してくれるってこと?」


 ニヤニヤとする晶。

 ゲームをプレイする時のようにマウンティングを取ってくる。

 写真のことが嬉しくてテンションが高いのか、今日の晶はなかなかに挑発的だ。

 こういうときこそ、兄としての威厳を見せなければ。


 お互い、わーきゃーと叫び、そうして夜は更けていった……





※※※※※※





 翌日、ひなが来るのをそわそわと待つ俺と親父の姿が、リビングに二つ並んでいた。

 普段、家では着ない小綺麗な格好をしているので、違和感しかない。髪も整えているので尚更だ。


「お待たせ、兄貴」

「お待たせしました、太一さん」


 振り返ると美人親子がそこにいた。

 晶は多分、美由貴さんにお化粧をしてもらったのだろう。普段も可愛いが、倍は輝いて見える。仕事で鍛えた美由貴さんの腕もあるが、まるでモデルと遜色ない。

 旅行で着てきたお気に入りの外着に袖を通し、晶はその場でくるっと回ってみせた。


「兄貴、どうかな?」


 僕、可愛い? とその目が訴える。

 おう。親父たちの目の前にも関わらず、俺は恥ずかしげもなく肯定。それほどに晶に目を奪われていた。


「兄貴も格好良いよ」


 いやいや俺なんか、と卑下したくなる程、晶は可愛かった。比べるのもおこがましい。

 ぼーっと心も目も奪われていた俺を現実に引き戻したのは、チャイムの音であった。

 どうやら、ひなたが到着したらしい。

 俺は見惚れていのを誤魔化すように、玄関へと走った。




「はーい、撮りますねー」


 リビングのソファに集まった俺たち。

 ソファには親父と美由紀さんが座り、その後ろに俺と晶が立っていた。

 ひなたはカメラを構え、画角を整えている。

 レンズ越しに俺らを覗き込み、「うーん」と首を捻った。


「あのー……皆さん……」

「どうした?」

「その……笑顔をぎこちなくて……」


 俺と晶は顔を見合わせた。親父と美由貴さんも同様。

 確かに顔が強張ってるような。晶は家の中だというのに『借りて来た猫モード』になっている気がする。


「いや、いざ写真となると、どんな顔すれば分かんなくて」


 そうだな、と親父が同意する。

 すると、ひなたちゃんは笑みを一つ。


「家族写真なんですから、いつも通りで良いんじゃないでしょうか?」

「いつも通り……」


 俺はその言葉を反証する。

 まだ数ヶ月一緒に過ごしただけの関係だが、俺らはどんな『いつも』を過ごしているだろう。

 思い返せば色々あった。

 馴れ合うつもりはない、と拒絶されたファーストコンタクト。

 義妹なのに義弟と勘違いしていた三週間。

 結婚しよ、と晶に告白されたあの日。

 演劇の練習をした毎日。波乱だらけのロミオとジュリエット公演。

 初めての家族旅行をした三日間。

 俺の人生では驚くほど、激動の時間だった。

 でも、振り返ってみて、無駄な時間は一つもなかったと思う。

 だらだら晶とゲームをやるそんな日も愛おしい。

 そんなことを考えていると、


「…………」


 パシャリ。いつの間にか切られたシャッター。

 あれ、俺はどんな顔をしていたか。完全に油断していた。


「これが皆さんのいつも通りなんですね」


 ひなたはカメラの液晶を見ながら、満足げに微笑んだ。

 どんな感じ? と晶と美由貴さんは興味津々だった。

 若干慌てているのは、二人も表情を作るのに油断していたのだろう。

 ひなたはカメラの液晶部分を俺たちに向け、写真を披露した。


「わあ」


 写真を覗き込んだ晶は感嘆の声を漏らした。


「とっても良い写真ね」


 美由貴さんの呟きに、親父も「ああ」と同意した。


「この一枚で、皆さんがどんな家族なのか分かって良いと思います」


 ひなたがそう評する写真に、不覚にも俺は目頭が熱くなった。

 親父は自慢げに胸を張って笑っていた。

 美由貴さんは優しい眼差しで微笑んでいる。

 俺は照れているように、はにかんでいる。

 そして、晶は歯を見せて顔を綻ばせていた。

 つまり、そこに映るのは、全員が笑顔の写真。

 これが俺たちの「いつも通り」だと思うと、何か感動する。


「むぐ……」


 変な声が聞こえたので横を見ると、晶が瞳いっぱいに涙を溜めていた。

 いや、晶だけじゃない。

 美由貴さんも気付くと鼻をすすっているし、親父も目頭を押さえている。

 そして何故か、そんな俺たちを見つめていた、ひなたもうるうるとしている。

 それほどにこの写真が良い写真だったのだろう。


「…………」


 俺は感慨深く、その写真を見つめる。

家族写真ではあるが、ここに映る四人は血の繋がりが実はあまりない。

晶と美由貴さんだけが血という絆で結ばれているが、俺と親父は誰ともそんな絆はない。


 それでも、それでもだ。

 この家族写真には、血以上の絆が見て取れた。


「ねぇ、兄貴」


 晶はこっそり俺に耳打ちした。


「僕、とっても幸せだよ」


 親父と美由貴さんの背中に隠れ、晶は手を絡ませてきた。

 這うように絡まった指先は、これまで以上に情熱的だった。

 ひなたちゃんたちの前だというのに、こんなことをするのは背徳感が凄い。

 でも不思議と、今は俺もこの手を放したくない気分だった。



 ひとまず、今回の話はここまで。

 晶の言い方を真似るなら「ハッピーエンドしか勝たん」的な終わりだ。

 リビングには撮った家族写真が、後生大事に飾れた。

 それを一瞥する度、俺はこの日の「いつも通り」を思い出す…………。





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11月28日(日)

 今日は家族写真をとった。

 不思議だな。

 つい数ヶ月前までなれ合うつもりなんてなかったのに、

 今ではこんなに大事になってしまっている。

 この写真は僕の宝物。

 けどね、ほんのちょっぴり思う。

 ここにお父さんもいてくれたらって……

 いや、それは私のワガママか。

 母さんが太一さんと出会ってくれたから、

 兄貴と出会えた。それはすっごく幸せなこと。


 今日の兄貴も格好良かったし、可愛かったー!

 写真をとる前はシャキッとしてたのに、

 その後に泣いていたのは反則。

 思わずキュンときてしまった。


 いずれ、兄貴と結婚したとき、

 また写真、とりたいな……

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じつは家族写真を撮ることになりまして…… 詠達 @eitatsu

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