23話 往にし方(いにしえ)の友

 白馬は街路の真正面を走り抜け、踵を返した。

 一戸は巧みに手綱を操り、薙刀なぎなたを振り上げる。


「チロ、逃げろ!」


 上野は叫び、その場にうずくまった。

 一戸の薙刀なぎなたに纏わりつく只ならぬ妖気を汲み取ったのだ。

 だが、その言葉が終わらぬうちに、上野の周囲の地面が陥没した。


「ぐっ!」


 重力に押し付けられ、肋骨が軋む。

 霊体であるにも関わらず苦痛が染み渡り、口中に血の味が這い上がる。



如月きさらぎ……!」


 和樹は舌打ちし、体勢を立て直す。

 敵は、術士を潰しにきた。


 真っ先に術士を行動不能にするのは、定番の戦術である。

 無論、上野も覚悟してうずくまっただろう。

 敵は友であり、騎乗している。

 ここで術を放てば、馬をも傷付ける恐れがある。

 

 ゆえに攻撃を敢えて受け、剣士の自分に後を託した。

 それに応えねばならない。


 だが、敵の攻撃方法は想定外だった。



(あの馬と薙刀なぎなたは……!?)


 敵と化した一戸の得物を観察する。

 柄の長さは二メートル近くあり、刃も一メートル近い長さがある。

 その刃から妖気を撃ち、地に圧し潰す範囲攻撃だ。


 攻撃を食らった上野は、立ち上がれる状態ではなさそうだ。

 彼の周囲二メートルほどが陥没しており、その深さは一メートルはある。

 そのクレーターの周りを、チロが鳴きながら走り回っている。


 救いは、敵が上野たちを追撃しないことだ。

 殺気は、自分だけに向けられている。


薙刀なぎなたから妖気を感じる。あれを手離させれば……)

 

 両足を軽く開き、愛剣を構える。

 まずは、敵の足を止めなければならない。

 その方法自体は、難しくない。


(馬の鞍の腹帯はるびを切り、一戸を地に降ろす!)


 こちらに突撃を始めた人馬を睨む。

 馬の鞍を落としても、一戸はすぐに再騎乗するだろう。

 最良は、馬を一時的に走行不能にすることだ。

 

 馬の足を傷付けても、大袿おおうちきの力で治すことは可能だ。


 だが――誇りは、その決意を揺する。

 後から傷を癒せたとしても――馬を傷付けるなど、自らの誉れを汚す行為だ。

 

 手段を選ばなかった『あの男』と同じ道を往くのか……?

 








「お祖父じいさまから、白馬を頂いたんだ」


 聞き慣れた声が記憶を叩く。


「『鶯時祭おうじさい』で、『童殿上わらわでんじょう』に選ばれた御褒美だって」


「五年後は、僕らが『四将』に選ばれるかな」


「もう決まりだよ。『童殿上わらわでんじょう』に選ばれた『童子どうじ』は、みんな『四将』になってる。俺たちが、『八十九紀の四将』だ」


「……そうかな……」


「心配ないよ。僕たち四人、『四将』になって誓いを立てよう。王帝さまと国と民を守るんだ!」


 

 ――『童殿上わらわでんじょう』は、名誉ある役目だ。


 『近衛府の四将』の叙任式で舞台袖に控え、四将をお迎えする。

 五十組二百人からの『近衛このえ童子どうじ』より選ばれ、五年後には新たな『近衛府の四将』と成る可能性が高い。


 国の守護者としての象徴たる『近衛府の四将』――。


 それは、子どもたちの憧れでもあった。

 春の『鶯時祭おうじさい』で、礼服に身を包んだ若き四将が都大路を騎馬で進む。


 民は大歓声で迎え、恒久の繁栄を疑わなかった……。







「……雨月うげつの愛馬は斬らない!」


 神名月かみなづきは、かぶりを振る。

 如月きさらぎも、敢えて敵の攻撃を受けた。

 

 その想いを無駄にしない。

 たとえ自らの四肢を落とされようとも、馬を傷付ける蛮行は忌む。

 一対一に持ち込むのが、『近衛府の剣士』の矜持だ。

 

 俊敏さではこちらに分があるが、一撃の重さでは雨月うげつが優る。

 加えて、薙刀なぎなたから発する妖気で、地をえぐる技がある。

 彼はあのような技は持たなかったが、霊体化の影響で繰り出せるのかも知れない。


 だが、人ならぬ動きが出来るのはこちらも同じだ。

 ならば、地形を生かして挑むまでのことだ。


 

 和樹は高く跳躍し、位置関係を把握する。


 街路の幅は広く、車三台は通れそうだ。

 その通りの左側に上野とチロ。

 

 その先の右手家屋の手前に行者がいる。

 行者は、自ら張った結界の中に立っている。

 こちらは放って置いても大丈夫だろう。


 

(……道で闘う! 一戸を馬から降ろす!)


 いったん家屋の屋根に降り、すぐに街路に着地した。

 家屋を背に立つと、こちらに向かって来る人馬のスピードが落ちた。


 馬は細かな旋回が苦手だ。

 訓練された軍馬でも、この道幅で旋回を繰り返すのは至難の業だ。

 霊体の馬ではあっても、ここまでで異様な動きはしていない。

 チロもそうだが、幅のある跳躍や、屋根に上がるとかは不可能と読んだ。


 

 一戸も、和樹の意図を察したらしい。

 体を引いて馬を止め、軽やかに鞍から飛び降りた。

 

「いいだろう。もう一撃を放てば、馬など無意味の具と化すからな」


 一戸は、無表情で言い放ち、和樹は肝を冷やした。

 薙刀なぎなたから妖気を放てるのは、騎乗して二度が限界らしい。

 しかも二度目を撃つと、馬が致命を負うようだ。


「……良かった……」


 呟き、安堵の笑みを浮かべる。

 知らなかったとは云え、友の愛馬を失わせるところだった。


 それに、これで対等だ。

 剣士と剣士――互いの技量がモノを言う。

 

雨月うげつの大将に問う。我、神名月かみなづきの中将の剣は、其方そなたの心に響こうや?」


 音声おんじょうが夜空に冴え渡る。

 狙うべきは、薙刀なぎなただ。

 

 人々の魂に呪符が取り憑いたように、薙刀なぎなたが取り憑かれている。

 薙刀なぎなたを彼の手から打ち払うより術はない。

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