第16話 ギャップ萌え

 雪本とお詫びと償いの意味を持った休日に出かけるという約束をして、その当日になっていた。


  そこまではいい。誰が見てもデートか!?という感じで俺もドキドキしてワクワクしてウキウキして、堪らない感じだ。


 ただ、待っていたものは、俺の想像とは全く別の思いもよらぬものだった⎯⎯⎯。


『じゃあ、明日は5時に、浅村高校近くの裏山に集合で』


『5時って、夕方の?』


『いえ、朝です』


『はあ?そんな朝早くから何するんだ!?』


『虫取りです。カブトムシとかクワガタとかめっちゃ取れるらしいです』


『ま、まじで……?』


 それはあ、まさかの虫取りデートだった。


 確か、雪本と屋上で前話していた時に、虫が好きとは言っていたが、、まさかまさか虫取りも好きとは。


 あの清楚でクールな見た目で、ASMRをやっちゃう変態だし、虫取りは好きだし、ドMで鬼畜ゲー好きで、ソシャゲ廃課金者なんだよな。


 つくづく人っていうのは、見かけによらず、誰しもギャップがあるものだなぁと思った。


 家から近いので、雪本は、5時に行けるだろうが、俺は電車通学で始発の時間からでは間に合わないので、前日に前入りし、その辺のホテルで泊まった。ホテルと言ってもクソ安いカプセルホテルだか。


 そして早朝になった。

 早朝と言ってもまだ、辺りは暗い。深夜といっても良い。午前4時過ぎだ。


 裏山へ、懐中電灯片手に歩いていくが、雰囲気があった。流石に男の俺でも怖い。雪本なら尚更なので、待ち合わせ場所に早めに行くことにした。


 待ち合わせ場所で数分待っていると、雪本は現れた。


「すみません、待ちました?」


「いや、今来たとこだけど......ってすげえな!!」


 雪本の完璧な虫取り装備に思わず声をあげた。


 雪本は、肩に虫籠をかけ、大きな長い物干し竿のような虫取り網を持ち、服装は少年のような機能性に富んだ動きやすい服、靴だ。頭には、ヘッドライトの着いた帽子を被っている。


「まぁ、虫取りに関しては私も全力なので」


「なるほどな」


「じゃあ行きましょうか」


 暗い林道を草を掻き分けながら、2人で進んでいく。目の前は一面闇で、その闇を照らすライトの光だけが頼りだ。その照らされた先には草と木しかない絵面で、まるで同じ場所を永遠に歩いている感覚だった。


「ここら辺、ですね」


「なんか目印でもあったのか?」


「一応いろんな木に、目印は付けときました」


「つっても、ほんとにいるのか?その木に」


「そこは安心してください。木に私自家製の秘伝の蜜を塗っておいたので」


「ほーん、どれどれ。うわっ!」


「大漁ですね」


 雪本が蜜を塗った木を見ると、カナブンや蛾などがうじゃうじゃと蝟集いしゅうしており、その中に俺の嫌いな、そしてみんなの嫌いなGの姿もあった。そんな中、クワガタとカブトムシは、その木にはいなかった。


「うーんこの木はハズレですね。でも、多分、運悪かっただけで、前はいた感じがします。次の木に行きましょう」


 次の蜜を仕掛けた木へ行くと、先程の木とは違って、虫達は少なく、カブトムシとクワガタがいた。


「やった!いるっ!」


「良かったな」


 雪本は声を上げて子供のように喜んでいた。


 虫取り網で、クワガタやらカブトムシやらを捕まえて虫籠にいれた。


 その後も、木に止まっているクワガタやカブトムシをどんどんと捕まえていった。


「この種類のクワガタなんて言うか知ってます?」


「あーそれくらいなら俺でも知ってるよ、ノコギリクワガタだろ?」


「正解です。凶暴な性格ですが、一般的なクワガタムシは1年以上生きて冬を越しますが、それとは違って、ノコギリクワガタは2〜4ヶ月で冬を越せないんです」


「早死なんだな」


「はい。でも、そんな寿命のなかで、燃え尽きるように凶暴で生き抜く様はなんと言うか、凶暴なのにそういう儚さのギャップも相まって、好きなんですよね」


「へぇ……ギャップ萌えってやつね」


 俺の目に映る雪本は、ノコギリクワガタ見つめながら、嬉しそうに目を輝かせてそう語っていた。


「じゃあ帰りましょっか」


 そう言って俺たちは、元来た道を、木の目印を回収しながら、帰って行った。


「え!?、、やだっ……」


 急に雪本が脅えた声を上げて、俺にくっついてきた。

 ドキッとしたが、それよりも何事かと思った。虫が平気な雪本が怖がることなんてあるだろうか。


「ど、どうした?」


「あれ、、あの木の目印のタオルを回収しようとしたら、あの木に、藁人形と五寸釘が……あれって、、まさか」


 その方を見ると、木の幹に、今にも誰かが呪われそうな禍々しい藁人形に五寸釘が打ち込まれていた。


「やばいな……あれは」


「目印をつけた時は、あんなのなかったんですけどね……」


「そ、その、、少し近づいて歩きませんか?」


「あ、ああいいよ?」


 雪本を怖がっている様子だったが、俺もめっちゃ怖かった。


 だけどそれを悟られないように、振舞った。


 その時は怖くて、それどころじゃなかったが、後から終わって考えてみると、相当密着していて、吊り橋効果だった。


 ◇


「お昼、一緒に食べます?」


 虫取りを終わったあと、雪本の一声で、街に来ていた。5時から虫取りを始め、そのあとコンビニで雪本と朝食を取り、時刻は10時。まだまだ昼には早いが、まぁ動いた分腹も減っていて気にならなかった。


 が、問題はその料理屋である。


「は、はぁ!?ジビエ料理&昆虫食ぅ〜!?」


「はい、ここ、私のオススメの店です」


 いやいや、ジビエ料理はまだしも、虫取りした後に昆虫食は無いでしょ雪本さん。と思いつつも、少し興味はそそられる。無論、その興味は怖いもの見たさの興味ではあるが……


「へいらっしゃい!お、お嬢ちゃんまた来たね!お、今日は2人か。彼氏かい?」


「ち、違います。く、クラスメイトです」


「あぁそうだったか!すまんすまん!俺の早とちりだったかっ!」


 そう筋肉隆々の禿げ坊主といっては失礼だが、つるピカの勇ましい男はガハハと笑った。


「じゃ、大将私はいつもので」


「おっけー!じゃあ、お客さんはどうします?」


「俺は、じゃあこの肉の盛り合わせで」


 鹿肉や猪肉といった焼いたステーキのような肉を俺は選んだ。無難なチョイスだ。


 雪本はいつもの、と言ったが、どんなものを注文したのだろうか。


 答えは、セミの幼虫やら、イナゴやらの昆虫食中心の昆虫食定食だった。


「お、お前それ食うのか?」


「はい、美味しいですよ?少し食べます?」


「い、いや遠慮しとく」


「ガハハ!男の子の方が、遠慮しちゃってるじゃないか!」


 そう言って店主は大きく笑っていた。


 そして、俺のジビエ料理もきた。普通にジューシーで美味そうな肉が並んでいた。


「鹿肉も猪肉も、新鮮なうちに捌いたものだから臭みも無いはずです。あとなるべく癖のないものを揃えたから、食べやすいと思いますのでどうぞ召し上がってください!」


 店主は俺にガラガラとした声で気前よくそう言った。


 一口食べると脂があって、見た目通りジューシーで普通に美味しかった。


「それにしても、嬢ちゃん、最近はどうなんだい?配信活動は」


「そうですね……ぼちぼちです」


「お、お前、配信のこと言ってるのか?」


「ええ、たまたま店主がVTuberが好きなことを知ってそれで、声を褒められて詰められて」


「おいおい、俺が無理やり言わせたみてぇになってるじゃねえか!」


「実際、そうじゃないですか」


「な、なるほどね」


 雪本の正体を知っている人が俺以外にもいた事を知って少し変な感情になった。


「最近は、ほんとにVTuber流行ってるからな。もし伸びなくなったら、嬢ちゃんもVTuber始めたらどうだ?」


「私はそれも一応考えてますよ。まぁ、ASMR中心ですが」


「へぇ、VTuberデビューも視野なのか」


 確かに昨今の、VTuberの人気は異常だ。それにあやかれば、雪本はもっと有名になっていくかもしれない。


 それはいい事なのだが、遠い存在になるということでもある。それは少し寂しい気もする。


「とりあえず、まぁ俺は応援してるからぼちぼち頑張れ」


 俺は素直に、そう言った。


「うん!」


 雪本は、イナゴの足を口からはみ出させながら頷いた。


 いいシーンが台無しで、思わず笑ってしまった。


 でも、それが雪本で、雪本のギャップで、俺はそれに、ギャップ萌えするのだった。


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