第4話 自由に音読したっていいじゃない。

 高校生活が始まり、最初の数日は、レクリエーションやら自己紹介やらで、授業に入らなかったものの、 ようやく数日経って、本格的な授業が始まった。


 この浅村高校は、偏差値が普通に低く、下から数えた方が確実に早い。とても進学校とは名乗れないものだと思っているが、この高校は自称進学校を名乗っている。


 まあそんなことをかく言う俺も、頭は悪いので、普通にこの学校の授業について行くのが精一杯だが。


 おそらく周りの生徒もそうだろう。賢そうに眼鏡をかけている生徒がこの学校にいたとしても、世間一般で見れば、落ちこぼれなのである。


 雪本はどうなんだろう。この高校に通っているから頭がいいわけは無いと思うが。


 そんなことを思い、現代文の時間、雪本の方を自然と見ていた。


「じゃあ雪本さん、ここを読んでください」


 現代文の教師がそう言った。


「はい」


 そして雪本が返事をした。


 ちょうど、雪本が、音読をする番で、そっちの方向を見るのは、周りから見ても不自然ではなかった。


「ああ、青春よ!青春よ! お前はどんなことにも、かかずわらない。お前はまるで、この宇宙のあらゆる財宝を、独り占めしているかのようだ」


 あの低い男声で、雪本はそう音読した。なんというか、雪本ならもっと上手く読めると思った。俺は星霜 冷の朗読の上手さ、ASMRの演技の上手さを知っている。その本人である雪本がこんな棒読みをするとは思えない。わざと棒読みをしているに違いなかった。俺はそのことを問いただすことにした。


 放課後、また目配せをして、いつもの誰もいない中庭のスペースへやってきた。


「お前、どうしてあんな棒読みだったの?普通は上手く読めるだろ?」


「私が星霜 冷じゃないからですよ」


 雪本は冗談めいてそう言った。


「それは無い。しかもお前一度は認めてたし、嘘ついても無駄だぞ。そんなことも分からないのか?意外とアホなのか?」


「はぁ?めっちゃムカつきますねその言い方!け、喧嘩売ってますか?」


「別に喧嘩は売りに来てない。俺はただ今日の音読の真意を聞きたいだけだ」


「わざわざそんなことを聞くためだけに呼び出したんですか?」


「うん。星霜 冷の一ファンとして、少しのことでも気になる。そしてそのご本人に聞ける機会があるのなら俺は行動する」


 いつだって、俺は興味のあることに関しては強欲なのだ。


「はぁ、まぁ今日、ああやってわざと棒読みで読んだのは、私が普通に読んだらよく思わない人がいるからですよ」


「ん?どういう事だ?」


「中学時代、私がありのままに抑揚をつけて音読したらクラスの女子に陰口を言われたんですよ」


「お前、そいつらになにかしたの?」


「いいえ何も。だけど、クラスの女子殆どに恨まれてましたね」


「嫉妬か。女の世界は怖いな」


 つまり、そう抑揚をつけることで、雪本のいい声と相まって目立ちすぎて、まるでクラスの男子から注目を浴びるために、もしくは男を誘惑をするためになんて、雪本をよく思っていない女子達に勝手に解釈され、嫉妬されたのだろう。ぶりっ子の事例と同じだ。もちろん、雪本はぶりっ子では無いだろうが、あの容姿と声から周りの女子に最初から目の敵にされてもおかしくは無い。雪本は元から男には好かれ、女には心底嫌われる人間なのだ。


抑揚をつけて読むことは、悪いことじゃないが、学校生活においての音読では棒読みがマストだ。逆に抑揚をつけて、本当に演じているかのように音読をする人はなかなかいない。そうすることは本来良い事なのに、学校じゃ浮く。それを敵役がしようものなら、荒れる。今は、そういう生きずらい世の中(学校生活)なのだ。


「まぁそういうことです」


「お前も、ムッツリスケベでアホみたいにえろいことばかり言ってるかと思ったが、そんなことがあったんだな...」


「マジで変態呼ばわりみたいなのやめてください。逆にセクハラで通報しますよ?」


「それは社会的に死ぬからやめてくれ」


「次言ったから確実に通報しますからね」


「じゃあ俺はその前に逃げる」


 そう言って俺は走り出し、雪本から逃げた。


 そして、何日か経って、また現代文の時間が来た。


「では、ここを、、、並木くん読んでください」


 現代文の先生がそう言った。


 今度は俺が音読を当てられた。


 俺は興味のないことに関しては本当にやる気は皆無で、何も考えずただただ気だるそうにこなす。


 いつものように、棒読みで気だるく読むのがマストだ。無駄な労力を使いたくない面倒くさがりの俺にとっては最善な選択なのだ。


 だから今日も、、そう読もう。


 そう思った時、右斜め後ろの席から、雪本の視線を感じた。


 当然、俺の目は後ろにはついていない。でも何故か、そんな感覚を覚えたのだ。


「お前は思い上がって傲慢で、『われは、一人生きる⎯⎯⎯まあみているがいい!』などと言うけれど、その言葉のはしから、お前の日々はかけり去って、跡かたもなく帳じりもなく、消えいってしまうのだ。さながら、日なたの蝋のように、雪のように」


 俺は、何故か、よく分からず、雪本を意識しながら、人生で初めて抑揚を付けて音読をしていた。


 俺でもなぜ、こうしたのかよく分からない。


 その後に、雪本の方を見ると、雪本は目を見開いていた。


 そして、クスリと笑った。


 俺は雪本が笑うところを、初めて見て俺も目を見開いた。


 その表情を見て、俺は初めて雪本が少し可愛いなと思ってしまったのだった。


 ◇


 ある日の放課後の事だった。


「ところでお前さ、」


 俺はクラスで席に着いている雪本に話しかけた。


「え?」


 雪本はそう低い声で言った。驚いた顔をしていた。


「ああ間違えた間違えた!ごめん!おーい渡辺!」


 俺はわざとらしく、雪本に謝って、渡辺に話しかけた。


「おうなんだ?」


「ごめんだけど、今日も俺、一緒に帰れないわ」


「はぁ?お前今日もかよお」


「ごめんな、次は絶対一緒に帰るからさ」


「あぁ、今度はな……って、おい!今はそれどころじゃねぇ!!」


「ん?」


「雪本さんだよ、雪本さん!俺の事見てるんじゃね?」


 渡辺が、俺の耳元でそう小さく囁いた。男の囁き声ほど要らないものは無い。


「ああ、、いやそれは無いと思うけど」


「はぁ?でも完全にこっちの方向見てるだろ!俺の事、絶対気になってて、今にも話しかけようか迷ってる感じだぞあれは!!」


「まぁまぁ、妄想は家に帰ってからしような渡辺」


「なんだよ!充!ああ、雪本さんそっぽ向いちゃった」


「ほらな?ま、そういう事だから、じゃあまたな」


「おう、、またな……」


 渡辺はしょんぼりして肩を落としていた。


 もし、渡辺が、、一緒に帰らず、雪本と話していると言ったら友達を辞められるだろうか。裏切り行為と言われてもおかしくは無い。


 ま、いっか。そんときゃそんときだ。


 俺は考えるのが面倒くさくなり、また中庭へ向かうのだった。

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