異世界モノ語 〜小さな世界を救ってほしいみたいです〜

琴月海羽

草木をかき分けて必死に走る。ぜいぜいと呼吸が頭に響いて鬱陶しい。

「逃げてっ。もっと奥まで」

 黒い影を受け止めながら、愛するいきものが泣きそうな声で叫ぶ。

 流石にわかる。自分が狙われていること。いつからか、己に力がないことを知ったのだろう。

 突き出た木の根に足を取られながらも必死に走って逃げる。

「頑張って!」

 仲間の必死な声が己を励ましてくれている。愛するいきものは怪我をしながらも影を切り裂き、自分を追ういきものを減らしているが、それでも圧倒的な数に苦戦しているようだった。

「ひっ」

 走っている先に影が着地し、恐怖に思わず足を緩めてしまった。

 すぐに方向転換しようとしたが、その先にも影が降りて、逃げ道を防がれてしまった。

 じりじりと近づいてくる壁に、足が震える。

「どうして、こんなことをするのですか」

 長年抱いていた疑問を口に出す。

「どうしてこの世界を荒らすのですか」

 影が怖くて仕方ない。傷つく仲間を見るたびに心が痛い。

 しかし、相手にそんな言葉は届かなかった。

 不意に、ドスッと衝撃が胸に刺さった。

 はじめ、何が起きたのかわからなかったが、手足の先にまで広がる強烈な痛みに、視界がすっ、とすぼまっていく。

「なん、で……」

 自分の口から異形な声が漏れる。男とも女とも分からない、ぶれていて二重にも三重にもなった音が自分の耳に突き入れられる。

 自分の魂が肉体から離れていく間際だと分かっているのに、自分はほくそ笑んでいることが分かる。

「ーー……」

 ………視界が閉じていくその直前、獣に似た咆哮が聞こえた気がした。




──ピピピピピピピピ…!




 電子音の目覚まし時計が部屋を包むようにけたたましく鳴った。

 ベッドに眠っていた少女は寝返りをうちながらそれを止め、何事も無かったように眠ってしまう。


──ピピピピピピピピ…!


 2回目の……いや、数回目の電子音でも起きない。

 小柄な少女は、大の字で涎を垂らしながら寝ている。布団は蹴飛ばされかろうじて縁にかかっており、枕に至ってはベッドの下に落ちていた。

 少女は寝ぼけた頭で考える。

 今日は休日なのだ。だから起きなくても良いのだと。

「ミミ、あんたいつまで寝てるの起きなさい!」

 扉の外からでもはっきりと聞こえる怒りの声に、飛び上がる少女──ミミ。

「毎日毎日毎日毎日毎日! 同じことを言うけど、今日は休みじゃないからね!」

「え……てことは」

「遅刻よ!!」

 大きな青の瞳が余計に大きく見開かれる。

「待って、スミレ──痛ぁっ!!」

 急いで彼女のもとへ行こうとして──ここはベッドの上だと失念──ベッドから滑り落ちてしまった。

 痛みに悶える余裕も無く立ち上がり、走り出すが、ドアにぶつかり、廊下で滑りと散々な目に遭いながら、ドタドタと勢い良くスミレのいる下の階へに降りていった。

「ほっほっ。朝から騒がしいのぅ」

「じっちゃん起こしてよ、もう!」

 ミミの両親は冒険家だそうで(祖父からそう聞いたのだ)、家を空けているらしい。ミミが小学生の頃から会っていないため、もう顔もほとんど覚えていない。

 だから、彼らの代わりに祖父がミミ達を育ててきた。だから、ミミにとって祖父が親も同然だ。

「リュウは自分で起きて、とうに学校に行ったわい。自己責任じゃ」

 のんびりと告げてくる祖父に、ミミはガックリと肩を落とす。

 ミミには4つ下の弟、リュウがいる。といってもミミが(あまりにも)小柄なせいか弟の方が大きい。好き嫌いなくなんでも食べて牛乳も飲んでいるのにどうして自分は145cmほどしかないのだろうかと日々疑問だ。

「スミレは?」

「先に行ったぞ」

「高校違うから仕方ないか」

 スミレはミミの幼馴染みというか、家族に近い存在である。彼女の親は幼いころ交通事故で亡くなったので祖父が引き取って育てている…らしい。

 大人びた緑の瞳、腰まで真っ直ぐに伸びた黒いストレートヘア、前髪をピンで止めている。ぼんきゅぼんだ。この前両手で掴んだら殴られた。

 どうやらすごくモテているらしく、何度か告白されているらしい。でも、あそこは女子校だったと思ったが……。深いことには突っ込まないようにしようか。

 そういえば、付き合っている人はいるのかと聞いたが、はぐらかされてしまったことを思い出す。彼女の高校は謎めいている。

 パンを口に突っ込みながら話すミミの髪は茶髪のボブ。前髪が眉上に切られており、癖っ毛のせいでぼさぼさと跳ねている。

 今は寝癖の手助けもあってか、髪はボサボサの鳥の巣のごとくになっている。

 おじいちゃんは落ち着いた様子でズズッとお茶を飲み、窓の小鳥を遠い目で見ている。そこだけ時間がゆったりと動いている気がした。

「いってきまぁああす!」

「いってらっしゃい」

 玄関を蹴破り、ミミは全速力で道路を駆けた。

「間に合った……」

 ぜっぜっと肩で息をしながら扉を開ける。

 ミミが通う学校は共学。近所であることが利点だ。今日のように、毎日寝坊しても頑張れば間に合うから。

 朝からこんなことを繰り返しているせいか、足が速くなったように感じる。

 こんな馬鹿で馬鹿な馬鹿力を持つ自分と比べて、スミレは優秀の高校に通っている。そんな彼女に恨みの念を送りつつ、クラスメイトに挨拶を交わしつつ、自分の席についた。




「さーて、今日もやりますか」

 ミミは帰宅後、スミレが夕食を作るまでの間(手を出すなと言われた。解せぬ)、自宅の庭にて探検という名のサバイバルをしていた。

 ミミ達の家は民宿のような家で、古いがとても大きく、家賃等も安いのが特徴だ。じいちゃんのひいひいじいちゃんの代からここに住んでるらしい。

 庭全体がとても大きくほぼ森と化しているので、暇潰しにはもってこいだった。中には、彼女自身しか知らない秘密の場所もあったし、逆にまだ行ったこともない場所もあった。


日によっては、一日中そこに住んでいる動物達を観察したり遊んだりしていた。どうやら仲間だと思われているらしい。こちらからは危害を加えないしすんでいる動物は小型で温厚だ。それが理由なのか、ミミは動物に懐かれていた。

 そんなミミの子供からの日課があってか、常人離れした身体能力が身についていた。

 今日も、ミミは日が暮れるまで森で遊んでいた。







 そんなある日、ミミは探検中、崩れかけた小屋を見つけた。

 冒険心に心を躍らせたミミは、がたついた扉に手をかけ、ふん、という気合と共に壊し、中へと足を踏み入れた。

 古屋の中は意外と痛んでおらず、角のほうに蜘蛛の巣が張ってあるところくらいだった。そして、何より目を引いたのは、奥の壁に古い掛軸が貼ってあること。ミミは探検中ほかにも使われていない小屋や井戸などを見つけていたが、そのなかでもこの空間は不思議な感覚を覚えさせるものだった。

「なんだろ、ここ……」

 土足で床に上がり、好奇心に心を躍らせながら掛け軸に近づいた。

 紙は古びて褪せていたが、文字ははっきりと書かれている。解読出来ない古代文字のようなもので書かれている“それ”から、ぼんやりと光が淡く発していた。

「なんか、光ってる…。後ろになんかあるから光ってたりとか…」

 興奮と興味を一心に押さえつけ、震える手を動かし掛軸をおそるおそる触りゆっくりとめくってみた。

 しかしそこには何もなく、ただの木の壁があった。

「なーんだつまんないな。何もないじゃん」

 急に興味が失せると、欠伸をしながらその場を去った。

 その後ろで、掛軸の中の文字は主張するようにふわり、と一段と強く光ったかと思えば、部屋の電気を消すように、パチン、と消えた。


 それから数日が経って、あの小屋を忘れかけたある朝のこと。

「おはよ」

「おはよ。今日は早いね」

「何かあった?」と心配しているような嫌味にも聞こえるのスミレの言葉を軽く受け流し、朝食を食べているミミに、

「おーい。ミミ、こっちへおいで~」

「ん? なんだろ?」

「ミミ」とのんびり口調で呼んでいるおじいちゃんの元へ、口を動かしつつ向かった。

「何? おじいちゃん」口の中のものを飲み込み、そう問う。

 じいちゃんはどこからか小さな箱を取り出し、差し出す。

「ミミ、一日早いが誕生日プレゼントだ」

「わぁ~っ! ありがとう!」

「プレゼント」という言葉に感激。ミミは目を流星のごとくキラッキラしながらそれを受け取った。

「おじいちゃん、開けてもいい?」

「もちろんじゃ。これはな、我が家の由緒のものでな、なんと! 女神様が付けていて、魔法がかけられているという伝説が────」

 熱い眼で語るおじいちゃんを軽く無視し、興奮しながら箱の包みを破き、箱を開けた。

(ヘア………アクセ?)

 それを取り出してみてみると、どうやらカフスのついたアアクセだった。留め具から二つに分かれた色とりどりの繊細な紐の先に、片方には尻尾のようなフサフサした紐、もう片方には十字架の絵が入っているキューブ型のアクセサリー。カフスをつけてその上に紐を巻いて留めるのだろう。

 ミミはこれを見たとき、不思議な感覚があった。体の奥がざわついているような、そんな感覚だった。

「…………どうじゃ。気に入ったか?」

 一通り説明が終わったのか、おじいちゃんがニコニコとミミを見ていた。

「う、うんっ」

どぎまぎしながら返事し、ヘアアクセを握りしめ、「ありがとう」と言って、テーブルへ向かい食事を再開した。

(さっきの何だったんだろう。…………気のせいかな)

「学校行くよ」

「あ、待って」

 ミミは皿にあるものを口に流し込み「ごちそうさま」と手を合わせると、急いで歯磨き等を済ますと、鞄を引っ掴むと玄関まで走り、靴を履く。

「………早いわね」

 今にも外に出ようとするスミレは呆れた、と肩をすくませる。

「いつもあたしを置いてくくせに」

 べーと舌を出すと、玄関にある鏡を見てヘアアクセをつける。

「あ、待ってよぅ。途中まで一緒に行こうよ」

 下に置いていた鞄を持ち、すでに歩き始めているスミレを慌てて追いかけた。

 ミミは、自分の席でヘアアクセをいじくりながらずっと考え事をしていた。見たことあるような懐かしい感覚。何かが起こるような予兆。

 さまざまな感情がかき混ぜあって、ミミの心を満たす。

(ああ、そういえば今朝)

「ミミ可愛いね。似合ってるよ」

 学校へ向かっている途中のことを思い出した。

 ヘアアクセに気付いたスミレがアクセサリーをつんっ、とつつきながら笑う。

「実はこれね、物置小屋で見つけたの。何か不思議な感じがしたから、おじいちゃんに言ったら「あっ、これを美々の誕生日プレゼントに!」って言ってたよ。今年”も“だね。今朝包装頼まれたから包んだけど……。でも今年は変なのじゃなくて良かったね」

「はぁ!? また!? 喜んだあたしが馬鹿みたいじゃん!」

「まぁ…ね」

 オーノートはミミ項垂れる。がっくし。隣でスミレは苦笑した。

 そうなのだ。祖父は、がらくたの山のようになっている物置小屋から何かを発掘してはミミたちに渡し、それにまつわるうんちくを延々と語るのだ。

 今回“は”良かったが、去年までに貰った数々を思い出し、ぞっとするのだった。

「はぁ……」

(何だかなぁ……)

 思い出したミミは、盛大な溜め息を吐く。隣でクラスメイトが何か言ってるが、全く耳に入らなかった。

(物置にいろんなもの入ってるからなぁ。あたしも小さい頃からあそこで発掘ごっこしてたっけ)

 すぐ飽きたけど。

 自然にどこか遠い目をするミミ。近くにいた同級生は変な目で自分を見ているのに気付かなかった。


 そんな、いつものような(あれは、あれである)学校が終わり、夜────、


 ────夢を見た。


 とてもリアルだが、信じたくない夢。


 そして運命が変わる夢だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る