第3話

雪国に住む人々の中で雪道を好む人というのは少ないだろう。歩きにくく、また運転にも影響をもたらす。様々な危険が雪によって生まれるために、雪国の外から来られる観光客のように感動することもない。


窓越しの景色は、三月中旬とはいえ白く街を染めたまま。変わっていくのは積雪量と空模様。あとは、人や車の往来によって変化していく路面状況ぐらい。


まだまだ芯に刺さる寒さが、今冬を包み込んだ雪の季節に訪れる終わりが遠いことを伝えている。気温上昇のニュースはあれど、雪が解けて日の光によって乾いていくシーンは先なのだろう。


住民の自由や安全を白く強靭な腕で、それら輪郭すらも歪ませてしまう雪といえど、最近一つ気付いたことがあった。


ある朝のこと。その日は明け方まで降り続いた雪の影響によって、路面には新たな白く分厚い絨毯が敷かれていたのである。せっかく雪解けが進んでいた路面は面影もなく、アスファルトの黒さは雪の白さに覆われてしまっていた。


また歩きにくい歩道に逆戻りだと少々気分を落としつつ歩く。雪の影響で歩道も人一人が歩ける程度に狭まってしまい、目線を落とすと一月二月前の時間に引き戻されそうで。


そんな狭まった道なので、前方から人が来ると互いに半身になって歩くか、あるいはどちらかが立ち止まって相手が立ち去っていくのを待たなければならない。普通であれば不便で面倒な時間である。


しばらく歩いていると、やはりそういった状況に出くわすこととなる。ただ、ここで一つの発見をするのである。


半身になっても歩けないほどに道が狭まってしまった歩道で、わたしの方が譲るに譲れず引き返すにも微妙な所を歩いていると、相手方がわたしが去るのを待ってくださっていた。


ごくごく見かける光景であり、それ自体特別な事でもない。ぼうっと外を眺めていれば、何度でも見られるぐらいに珍しさもない。


待ってくださった方には「ありがとうございます」と伝えたわけだが、その方は笑顔で「いえいえ」といった具合に顔を合わせてくださった。


そうか、譲り合いが必要となる状況が増えたがゆえに感謝を伝え合う瞬間も伴って増えたのかと。そんなことに、ふと気付いたのである。


たしかに道を譲っても何も言わない人はおり、とはいえ別に何も思うこともない。譲ったのはわたしの意思で、頼まれたわけでもないからだ。


ただ、そういった小さな思いやりを受け止めた心は間違いなくポジティブであり、その要因をもたらした相手にお礼を伝える事で自分も相手もポジティブを重ねることが出来る。


「嬉しい気持ちを積み重ねてはいけない」というルールはない。積み重ねられるだけ積み重ねれば良いもので、気持ちという非物質ゆえ積み木のように崩れるようなものでもない。


不定期に綴っているこのストーリー。第一話でも「ありがとう」に関する事を綴り、また今回も感謝について綴っている。


わたし自身、これまで感謝について深く考えたこともなく雪道には嫌悪感を抱くばかりだった。ただ、見方を変えれば、期間限定の素敵なコミュニケーションというのは転がっている。


「ありがとう」を幾つ拾えるか。

「ありがとう」を幾つ与えるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心のことば むーるとん @Muulton

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る