お兄ちゃんと子育ての予行練習だよ。

『お団子取りが終わったら、お狐様をまつってある神社の鳥居前で待ち合わせね!! 絶対に誰にも内緒だよ……』


 真美の言葉の意味を考えながら僕は家路を急いだ。柿の木のある広場から僕の家までは目と鼻の先だ。


 誰にも内緒って!? いったい彼女は僕に何を相談したいのだろうか……。その考えをめぐらすには家までの距離があまりにも近すぎだった。


「遅いよ!! 陽一お兄ちゃん」


 玄関のドアを開けると開口一番、妹の日葵ひまりに文句を言われた。僕のたった一人の妹。色白な真美とは対象的によく日焼けした顔は普通にしていれば結構可愛い部類だと思うのだが、怒ってふくれっつらの表情に僕は思わず苦笑をしてしまった。


「もう!! お団子取りはスタートダッシュが肝心なんだよ。早くしないと、がめつい男子たちに根こそぎ盗られて、いいお菓子がなくなっちゃうから……」


 頭の横で縛ったぴょこんとはねた毛先が大きく揺れる。何でも妹は大好きな少女漫画の主人公の真似をしていて、この髪型はサイドテールと言うそうだ。花柄の髪留めがとても可愛いでしょって!! この髪型のお披露目のときに僕もむりやり同意を求められたっけ。


「日葵、大丈夫だよ。いったんお菓子がなくなってもまた補充してくれるから」


 そうだ、名称はお団子取りと言うが、僕たちのお目当てはお団子だけではなく、ほかのお菓子がメインだ。この八月に出る満月の一夜は子供たちだけで出掛けても、親も公認してくれる特別な日なんだ。八月下旬の満月にあわせて近隣の家の玄関や縁側にお団子やお菓子をお供えする。それを子供がこっそり盗むという、この辺りの伝統行事がお団子取りだ。別名でお団子盗りとも言う。


 由来は江戸時代までさかのぼるが、田んぼや畑の豊作を願い満月にお願いをする風習があって、子供にお団子を盗まれる行為が縁起が良いとされていたそうだ。


 難しいことはよく分からないが、僕たちにとっては夜に子供たちだけで出掛けられるということに加えて、その盗むという行為にとてもワクワクしたものだ……。


「さあ、早く出掛けて遅れを取り戻すよ、陽一お兄ちゃん!!」


「わかったから日葵、手を引っ張るな!! ちょっと靴を履くのを待ってくれよ」


 日葵に急かされつつランドセルだけ玄関に放おり投げて家を飛び出す。すでに暗くなりかけた川沿いの田舎道を月明かりがほんのりと照らし出してくれる。


「あれっ、真美ちゃんはこないの?」


 日葵に彼女の名前を出されて思わずドキリとした……。


「さっき家に誘いに寄ったんだけど、何だか急に家の用事が出来て、今日は出掛けられないんだって」


 とっさの嘘にしては上出来だ。


「残念、真美ちゃんとお話したかったんだけどな……」


 妹と彼女は同学年で同じクラスだ。活発なところがある妹とおとなしい彼女は正反対に思えるが妙に気があうようだ。


 歩く僕たちの背中を大きな月が、まるで後を追うように照らし出してくれた……。真美が来ないのは最初から分かっている。お団子取りは近隣の家を何軒もまわる。大体一時間位で終わる道順だ。僕たちは楽しみながらお団子取りをした。軒先に供えられたお団子やお菓子を盗るが、その際に大人は姿を現してはいけないというのが暗黙のルールだ。


「大漁だね、お兄ちゃん!!」


 日葵が戦利品のお菓子をいっぱいに抱えて、ご満悦な笑顔を見せる。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか……」


「そうだね、お兄ちゃん帰ろう!!」


 帰ろうとする妹に僕は意を決して切り出した……。


「悪いけど日葵、先に帰っていてくれないか……」


「えっ、お兄ちゃん何で!?」


「ちょっと生理現象が……」


 怪訝けげんな顔をする日葵。どうやら意味が通じなかったようだ。


「もう漏れちゃいそうだよ!!」


「お兄ちゃん、分かったから日葵の前でそれ以上は言わないの……」


 やっと通じたようだ。したいって。


「先に帰っているから、ちゃんと家で手を洗うんだよ、お兄ちゃん!!」


「分かった、気を付けてな」


 日葵を何とか先に帰らせて、お稲荷さんのある待ち合わせの神社に急いだ。神社はちょうど村の真ん中に位置していて、昼でも暗い雑木林の中にひっそりと建っている。鳥居の入口にお稲荷さんの像がある。その前で彼女が待っているはずだ……。


 思わず急ぎ足になる僕の頭上に、まるで落ちて来るような錯覚を感じるほどの巨大な月。普段は暗い夜道も気味が悪いほどに明るく照らし出した。その月明かりで普段は暗いはずの田舎道の先が見通せる。


 いきなり神社の鳥居が視界に飛び込んできた。神社の入り口に立つ人影をみて僕は思わず息を呑んだ。


 心臓が最大級の鼓動を刻んだ……。


 まばゆいばかりの月明かりの下で、可憐な少女が佇んでいた。僕にとろけるような笑顔を浮かべながら白い着物姿の彼女が振り向いた。


「陽一お兄ちゃん、約束どおりに来てくれたんだね……」


 真美の笑顔からは、いつもの困った表情が消えていたんだ。 

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