公主、友と博打を打つ

「おい、祥姫」


「おう、信」


 風信はうんざりした顔で友人である楽しそうな祥姫を見た。

 風信は祥姫の横に座り耳元で話す。


「賭場でよからぬ噂があると聴いたから、顔を出しにきたものの……なんで、お前がいるのだ?」


「いいでは無いか。龍とてたまには俗世の事を知るのも必要だ」


「今日はまたいつもの姿とは違うのだな」


「賭場だからなめられてはいけないからな」


 胸を張る祥姫に首をかしげながら、風信はこめかみをおさえる。


「しかし、何だ?着物はともかく、橙と桃の合わさったような奇妙な髪型は?」


「これか?西方の貴人たちの間ではこういう髪の色が流行りのようだからな」


「そんな髪型だと、賭場であろうが街であろうが目立つぞ」


「そうか?」


 首をかしげる祥姫に、風信はため息を吐き懐から金を出した。


「仕方ない、俺も加わる」


「おい、役人が賭博なぞやっていいのか」


「ここは、役人が正式に許可を出しているところだ。まぁ、裏でなんかいう輩もいるだろうが知らん顔をするさ」


 風信は、胴元に金を払い札を買った。


 □◆□


「それでは、はじめます。偶の数か奇の数かでお決めください」

 

 年老いた細目の壺振りが、賽子を入れる。



 軽く振った後、壺を台に置いた。


 周りの人間が偶や奇という。


 風信は、口元を押さえ考え込む。


「偶」


 静かに言うと、札を出した。


「それでは……」

 壺振りが開ける。


「奇ですね」


 あちらこちらで笑い声やため息が聞こえた。


「ううむ、負けてしまったか。それでは次にいこうか」


「おい、信」


「止めるなよ、祥姫。たまには俺も楽しませろ」


 口の端で静かに笑う風信に祥姫は少し寒気をおぼえた。


 賽子がふられる。


「……」


 風信は額に手を置くと、


「奇」


 と先ほどより強く言って札を多く出した。


 また、あちらこちらで声が聞こえた。


 祥姫が風信を見ると、静かに目を閉じ眉間にしわを寄せている。


 祥姫が声をかけようとすると、風信は立ち上がり、胴元のところに足早に歩いて

 行った。祥姫は顔を青ざめ追いかける。


「待て風信!私を止めに来たお前がのめりこんでどうするのだ!」


「離せ、祥姫。ここまでやられては俺の面子が立たん」


「面子にこだわる必要があるか!賭けは遊びであるといったのはお前だろうが!」


 祥姫は風信の袖を引き、必死に止めようとする。


 すると、風信は足を止めて


「なら、一つ頼まれてくれ」

 と、耳元でささやいた。

 

 □◆□


 風信は多くの札を買い、勢いよく座った。


 周りのものがひそやかに声を立てる。


 祥姫には聞こえる、あの役人もあの程度か。やはり世俗に塗れたかと。


(違う)


 祥姫は膝に打ち付けるように拳を握りしめた。


(違うのだ)



 細目の壺振りが、賽子を入れて壺を置く。


 風信は、口元を押さえしばらく考え込む。


「奇にしようか、負けを取り返さねばならん」


 札を多く置く。


 その多さに周囲からざわめきが聞こえた。


 壺振りは、うなづくと静かに壺を開けた。


「……奇です」


 絞るような声で、判定をつげる。


 風信はにやりと笑うと札を多くもらう。


「では、これを全て次に賭けようか」


 そのまま、風信は札をかける。


 賭場のどよめきがさらにましていった。


 ならば、俺も私もと賭ける者、無理だと降りる者が現れる。


 壺振りは、先ほどと表情は変わらない。賽子を入れ、壺をかけた。

 

 風信は、額に手を置く。


「奇……いや、偶にしておくか」


 壺振りは静かにうなづいた。


 静かに壺を開ける。


「……」


 壺振りは無言でうつむく、賽子の目は偶数だった。


 多くの声が聞こえる。風信は壺振りに目を向ける


「さて、勝ち逃げは許されんよな」


 壺振りは、目を開き鋭い眼光を風信に向けた。


「出来ますれば。私もこの賭場の壺振りとしての面子がございます」

 若干早口で話す壺振りに、風信はうなづくと札を出した。

 

 額に手を当てる。


 壺振りは賽子を静かに握り壺に入れ、置いた。


 風信は口元を押さえる。


 壺振りの細目が片方だけ大きく開かれたが、すぐに落ち着いた。


「先ほども偶で勝ったからな、同じといこう」


 風信は、札を多く出す。


 賭場が沈黙につつまれる。


 壺振りが、静かに壺を開ける。


「……奇です」


 賭場からため息が出てくる。風信は肩をすくめると、


「いやぁ、やはり熱くなっては負けるな。今日はこれくらいにするとしよう」


 立ち上がり、残った札を両手で持った。ふと、壺振りと目が合った。


「よい腕だ、さらに磨いてくれ」


「はい」


 壺振りは、目をさらに細め静かに笑みを浮かべると頭を下げた。


「さて、ここに賭場の悪い見本がいるのでな。皆も博打はほどほどにせよ」


 と、風信は笑うと皆もつられて笑った。


 風信は札を金に換えて賭場を出ると、祥姫も慌ててついていく。



 □◆□



「それで、どうだった」


 祥姫は風信の問いにうなづいた。


「あぁ、いたさ。まさか下で


其奴そやつらは?」


「少しばかり、しびれてもらった」


「道理でな、やはりいかさまをしていたか」


「風信は、分かっていたのか?」


「まぁな。ところでな。何か、違和感を感じた」


「そうか。しかし、人は小さなところで陰険な事をするのだな」


 祥姫はため息をついた。


「まぁ、それが人だ。俺も祥姫に手伝ってもらった以上、人の事は言えぬ」


 風信は、苦笑を浮かべ歩いて行く。祥姫は辺りの露店を見ながら尋ねた。


「しかし、最後は負けたな。あれもまた策か?」


「いや、あれはあの壺振りの腕の良さだ。俺が読み違えて負けたのさ」


「そうなのか?」


「あれで壺振りも少しは目が覚めたかもしれん。まぁ、俺の賭け分としては微々たる

 ものだが……」


 ため息を吐き、風信は祥姫の肩に手を置く。


 驚いた祥姫は、風信を見ると指がとある露店に指をさしていた。


「昼飯がまだなのだ、どうだ?」


「お前は先ほど、負けたであろうが!」


「祥姫の勝ち分は?」


 祥姫ははっと驚いた顔をすると、一瞬渋い顔をして


「次の秋祭りをしっかりしてくれるならば奢ってやる」


「承知した。あぁ、酒は飲まぬぞ。今は公務の途中であるしな」


「そこは実直なのだな」


 互いに笑うと風信と祥姫は露店で昼食を取るのであった。

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