廃墟生活始めました
城の敷地内をあらかた確認し終えて、三人で食事をとりつつ今後の方針について話し合う。
食堂は居室と定めた大樹横の半壊城の一階部分。外部に面した瓦礫類を取り除くと奥には予想外に広い空間が比較的ましな状態で残っていたため、利用することにした。
本来ならば主人と従者が一緒に食卓を囲むなどあってはならないことだが、誰か咎める人間がいるわけでもないし時間も惜しい。その方が効率的だと説明したら最初は渋った従者たちも渋々了承してくれた。
「だいいち、一人きりの食事って味気ないじゃない。皆で食べる方がおいしいわ」
パンを口に放りながら言えば
「他人の目だの効率だのおっしゃる前にそう素直に甘えていただければ、我々も意地を張らずさっさと食卓につきましたのに」
カインがスープを口に運びながら答える。いつも通りの無表情で、口だけもごもご動かしている。野菜たっぷりのあったかスープは長旅で疲れた体に染みる。
メリルがお嬢様至上主義な侍女であることは、私と彼女のやり取りを見れば知らない人間にも大体伝わるのだが、分かりにくいがこの男カインも私に相当甘い。先祖代々我が公爵家に仕えている執事の家系で、カインも漏れずに幼い頃から私の面倒を見てくれている。
当然私がお転婆令嬢であることも熟知しているし、メリルとは違う視点で常に私を見守ってくれていて、今回の追放劇にも快く同行してくれた。私にはもったいないほどのできた従僕である。
その広い視野で冷静な判断を下せるカインの調べたこの廃墟領の情報を三人で共有し整理していく。
「まず周囲の森についてですが、小型の魔獣が生息しているようです。臆病で積極的に周囲に攻撃を仕掛けるタイプではありませんが、無暗に手を出したり森の奥まで追ったりすれば危険もありますので城の敷地からは出ないようお気を付けください」
カインのひとつ目の注意事項、それは魔物に関することだった。
魔物――それは大気中に漂う、魔力の素となるエネルギーである魔素が大量に集まることで発生する、意思を持った存在である。魔素そのものが魔物を生み出すこともあれば、植物や動物を変異させることもある。動物が魔素によって変異したものが魔獣だ。魔物の多くは強い力を持ち、人間に害をなす存在で駆逐・討伐対象となるのだが、必ずしもすべての魔物が悪とは限らない。
幼い頃に公爵領内の穀倉地帯で見た群れで飛ぶツノミミトビノズミの光景は愛嬌もありなかなかに楽しいものだった。農家にとってはたまったものではないと知ったのはだいぶ後のことだが。
そんな迷惑な存在から街を守るための便利アイテムが魔道具『魔守石』であり、街を囲む外壁や主要な街道などに建材として広く利用されている。
この廃墟領にも魔守石の杭があちこちに埋まっているそうで、城の敷地に魔物の類が近づくことはないらしい。平和なのはいいことです。
次に食料の調達について。
現在この地に住人はいない。ここから一番近い町は馬車で二時間ほどの距離にある。大きくはないが様々な商店や旅館が揃いなかなか活気のある町なのだが、問題なのは他領という事だ。廃墟領ルシーダへの追放処分の身の上なので、他領へ気軽に出入りすることはできない。よって基本的に無人の領内で生活を賄うことになる。
まぁ、この地への追放と聞いた時点でその辺は覚悟していたので問題はない。
食料の調達方法は狩猟と採集。まぁ、とっても原始的! 森は手つかずなため豊かで、三人分程度なら問題なく調達できるだろうとのこと。
早速獣用の罠を用意し仕掛けてくるあたり、カインの有能ぶりがうかがえる。後でちゃんとねぎらおう。丁寧に撫で付けられた髪を無造作にくしゃくしゃと乱すのを、迷惑そうに眉間にシワを寄せつつも喜んでいることを私は知っているのだ。
「そんな事よりも、罠だけでは心許ないですから、お嬢様にも狩りを手伝っていただきますよ」
にっこり微笑みながら伸ばした私の手を軽く躱しつつ照れを隠すように言う。
「もちろんよ、腕がなるわね!」
「ああ、お嬢様の初めての狩りを思い出しますねぇ。あの時は馬から落ちて獲物の巣穴に嵌まったあげく……」
「メリル、そんな昔の事は忘れたわ」
黒歴史をちょいちょい暴露するのをやめて欲しい。二人とも周知のことであってもやめて欲しい。いたたまれないから。
「ひとつ問題がありまして、水の確保についてです」
私とメリルの戯言を意に介さず、珍しくちょっと難しい顔をするカイン。
水の確保が難しいのか。確かにこれは由々しき問題だ。カインの方に向き直り姿勢を正す。
「井戸はないんですの?」
この規模の城なら当然あるべき設備だ。尋ねてみると、もちろん井戸はあったのだがこの朽ち果てた環境である、多分に漏れず崩壊してるとのこと。
「それでは森の中に水源を探しに行くしかなさそうですねぇ」
「近場で見つかればよいのですが。何にせよ、森へ捜索に入るのは明日になりますが」
水を運ぶというのは重労働である。ただでさえ人手がないのだ。二人の従者の表情は重く暗い。
そんな二人の様子も目に入らず、私はひとつの記憶の糸をたぐっていた。
幼き日。私はこの廃墟領に訪れたことがあった。領主である父の視察に我がままを言って同行していた時だった。
その時見た光景。おぼろげながら、それはとてもきらきらと輝く美しいものだった。
そう、あれは確か城奥の庭園の先――
「お嬢様、どうされました?」
私の様子がおかしいことに気付いてカインが声をかける。
「ごめんなさい、ちょっと昔のことを思い出していたの。水場だったわね、私に一つ心当たりがあるの。明日一緒に探してもらえないかしら」
どういうことかと首を傾げつつも、私の言葉に二人は了承してくれた。
食事を終えると、半壊城の二階に整えた新居に登り――もちろん大樹を伝って――寝支度をする。
二階部分も瓦礫が散乱していたが一階ほどの酷さはなかった。正面側の壁が大きく崩れ前衛的で大胆な窓を形作っていたが天井の欠けは三分の一程度に留まり、雨にも負けず風にも負けず、室内の廃れ具合は左程でもなかった。この領の気候が穏やかなことも幸いしているのだろう。
無事であった寝台から古びた寝具を排除し持参した毛布を敷き詰めて上に横たわると、体はここ数日の疲労を思い出しあっという間に意識を手放した。
翌朝、私はメリルとカインを伴って城奥にあったはずの庭園に向かう。
崩れかかった大きな一枚壁を抜けるとテラスが現れ、そこから丘の斜面沿いに下方に庭園が広がる。中央には噴水が配置され、周辺を彩る植栽は花だけでなく食べられそうな実も豊かに実っている。
城の菜園も兼ねていたのだろう、これで食料の確保がさらに容易になりそうだ。
「噴水跡はありますが、水は出てないですねぇ」
「昨日軽く調べましたが水路は埋まっているようでしたね」
がっかり感を隠せないメリルをよそに、私はテラスから降り足元を確認する。
「うーん、確かこの辺り……」
記憶を辿りながら地面に目を凝らしていると、少し他と模様の違う石床に気が付く。邪魔な瓦礫をカインの手を借り排除すると、そこに目当てのもの、ひび割れた石床にちょうど子供が通れる程度の隙間が現れた。
……思ったより小さいわ。
「今潜り込むにはちょっと無理があるわね……」
「え、お嬢様、この隙間に入ったことがあるんですか!?」
「今更呆れることでもないでしょうメリル。それよりお嬢様、この下に何かがあるんですね?」
失礼なメリルに文句を言う暇もなくカインが続けると「ふむ」と周囲を調べだす。
そして、床が開いた。
「「お、おお~……」」
有能従僕の素早い所業を前に女二人で目を丸くし声を漏らす。どうやら石床が隠し扉になっていたようで、紛れるよう石の隙間に設置されたレバーを持ち上げると、ズンと、短く低い地鳴りがした後、地下へと続く階段が現れたのだ。
細く冷たい階段を降りた先には、あの日見た光景――
薄暗く開けた空間。四角く切り取られた周囲には柱が立ち並び、中央に向かってすり鉢状に下る段差の中央に見えるそれ。
天井の隙間から差し込む細長い光がきらきらと反射し美しく輝く、水を豊かに湛える泉がそこにあった。
「水場! 確保! これで当面の生活は安泰ね!」
「ここはまず美しいこの景観に対する感動を表す場面じゃないですかねぇ」
よしっ! と勢いよくガッツポーズを決める私に雰囲気ぶち壊しだとメリルが抗議の声を上げる。
馬鹿ね、メリル。感動じゃ生活は立ち行かないのよ。主たるもの、住人の生活の保証は義務だもの。現実を見なさい。
「何故地下に隠されるように泉があるのかなど疑問も拭えませんが……ひとまず水は確保できたという事でいいでしょう」
ほら見なさい。カインもそう言ってるわ。
目的を達成できたことで私は上機嫌で微笑んだ。
ひととおり地下空間の泉を確認し地上に戻ったころ、城門の方から何やら騒がしい声が聞こえる。
複数の男の声と、馬の嘶き。「おい、いたか?」「探せ!」と微かに聞こえる会話の内容はあまり平和的なものではない。
まさか野盗? 人の立ち入ることのない廃墟に入っていく馬車を目撃され狙われているのだろうか?
私たち三人は息を殺しながら、見つからないよう距離を取りつつ来訪者の様子をうかがっていると、男の一人が声を上げる。
「レティシア・グランドール!」
よく通るその声が、私の名を呼んだ。
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