泉の女神が提示する物品について

砂漠の使徒

第1話 斧

 不思議な出来事だった。

 俺はいつものように山で木を切っていた。

 だが、この日は少しばかり考え事をしていたから、つい力が入りすぎて斧が手からすっぽ抜けた。


「おおっと」


 危ない危ない。

 下手すりゃケガしてたぜ。

 と、思っていた矢先だ。


 ボチャーン!


 派手な水音が聞こえた。

 まさか……嫌な予感がした。


「あちゃ〜」


 斧が飛んでいった方へ走っていく。

 普段は行かない茂みをかき分けていくと、そこには泉があった。

 キレイに透き通る水が、波打っている。


「……」


 ということは。

 俺の斧はここへ落ちた……ってことだな。

 あーあ。

 長年連れ添ってきた相棒だったのに。

 余計な出費が増えちまう……。


「はぁ……」


「あなたが……」


「ん?」


 かすかな声が聞こえた。

 それはまるで、水の中から話しているようにくぐもっていて。


「落としたのは……」


「うわぁっ!」


 泉の中から美しい女性が現れた。

 それはまるで女神と呼べるほどにきれいな見た目で……。


「なんで……ここから?」


 まさか泉の中で昼寝していたわけでもあるまい。

 しかし、疑問に答えるまでもなく、相手は話し続けた。


「金の斧ですか? 銀の斧ですか?」


 スッと虚空から斧が現れた。

 女神の両手に握られた二つの斧。

 片方は金色に、もう片方は銀色に輝いている。


「えっ……と。ごめん、なんだって?」


 驚きすぎて聞いていなかった。

 その斧が……なに?


「あなたが落としたのは、金の斧ですか? 銀の斧ですか?」


 落としたのは……って?

 いや、たしかに斧は落としたけど。

 そんなきれいな斧は落としてない。


「悪いけど……人違いだよ。そんな斧は落としてないぜ。俺が落としたのは、もっとボロくて……」


 そう言うと、女神は優しく微笑んだ。


「あなたは正直者ですね。正直者には、全て差し上げましょう」


「全て?」


 女神は手に持っていた金と銀と……どこからか取り出した俺の斧を草むらに置いた。


「あ、これ……。ありがとよ」


 お礼をするが、女神はなにも言わずに泉の中へ消えていった。

 しばらく呆然とした後、俺は気になって泉の中を覗き込む。

 しかし、底は浅く、とても誰かが隠れているようには見えなかった。


「これ……おっも!」


 とりあえず金と銀の斧をなんとか担いで家に帰った。

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