第7話

「やだぁ、もう! 二人とも! そんな本当の事を言わないで! 恥ずかしい」

「本当だよ、義姉さんが一番美しいよ!」

「流石我が娘だ! ……こんな姿を見られて、悔いはない」


 クレシー三馬鹿侯爵家だ。

 と言うか、どうしてクレシー侯爵とブリジット嬢がここに?

 ここは入場する為に控える場所となるので、参加者は既に中へと入らなくてはいけない。そう、残っているべきはジャンだけなのだけれど……愚問ね。


「あの……申し訳ありません……そろそろお時間になりますので……」


 勇気を振り絞っただろう神官見習いの子が、恐る恐ると言った様子で、三人に少し震える声をかけた。


「あら、もうそんな時間?」

「じゃあ俺は先に入るね。義姉さんの晴れ舞台、楽しみに見ておくよ」

「私達は控室で待機しようか、ブリジット」


 そんな会話を聞いた神官見習いの子は慌てふためく。今日の新婦は今まさに、背後に居るのだから。


「え……あの……っ」


 侯爵に強くは言えないのだろう。別の神官見習いらしき子の声が聞こえたが、二人を制止する事は叶わなかったようで、控室であろう扉の閉まる音が聞こえた。


「さぁ! 開けろ! 入場する!」

「あ……は、はい!」


 ジャンの声に、狼狽えつつも返事をする別の声。

 ジャンが一人で入場する事は、何も間違ってはいないのだ。本来の式に乗っ取った進行である。


「あ……あの……」


 扉の閉まる音が聞こえたと同時に、私達を案内した神官見習いの子が、様子を伺うように振り返る。

 この子は何も悪い事をしていないというのに、気の毒だ。もう顔面が真っ青になっている。貴族相手にとてつもない無礼を働いて、処罰されるとでも思い、恐怖しているのではないだろうか。


「大丈夫です」

「悔いはない……ねぇ」


 私が勤めて、神官見習いの子を安心させようとしているのに、マリーは黒い笑顔を携えながら口角を上げて呟いた。その声に不穏を感じ取ったらしき神官見習いの子は、肩を震わせる。


「……マリー……」

「申し訳ありません。貴方に非はありません」


 呆れたように声をかければ、マリーは神官見習いの子にペコリと頭を下げて謝罪した。けれど、謝られたからと言って、今の状態は何も改善されているわけではないのだ。神官見習いの子は右往左往と、どうしたものやらと視線を彷徨わせる。

 いっそ、私達もこのままここで帰りたい。

 さっさと帰ってゆっくりしたい。

 着飾ってくれた皆には悪いけれど。


「……一応、ここで抵抗はしたという事実だけは作ろう」


 決意をした目で控室の方に視線をやるお父様。

 ちょうどそのタイミングで、クレシー侯爵と娘のブリジット嬢が扉を開けて出て来たのだ。


「あ、アンヌ嬢! 今日はおめでとう」


 初めてこの目で見るブリジット嬢の姿。

 正面から見れば、見事なマーメイドドレスで自身のスタイルを引きだたせている。首元には豪華なパールのネックレス。二の腕は細かいレースと花で彩られており、髪も白いバラとパールで飾られている。

 そして、後ろから見れば、素晴らしい程に細かい刺繍とリボンで飾られたロングトレーンドレスなのだ。侍女もおらず、どうやって一人移動したのだろうと思うのだけれど、そこはクレシー侯爵とジャンが何とかしたのだろう。

 確かに、ここまで凝ったドレスを着たブリジット嬢と並べば、どちらが新婦なのか分からない。というか、私の方が地味すぎる。

 流石に、こうもされると、怒りや呆れすら通り越してしまう。


「……どういうつもりですか」

「どういうつもりって?」


 もぅ、そんな事はさておき状態だ。

 とりあえず現状に対して抗議をしているという事実を残す為に、私は単刀直入に問うたのだが、ブリジット嬢は首を傾げ、何を言っているのか分からないといった状態だ。

 とぼけているのか、世間を全く知らないのか。クレシー侯爵が望みを叶えすぎている所を見れば、確実に後者だろうけれど。


「まぁ良いじゃないか」


 ブリジット嬢に腕を組まれながらヘラヘラと笑ってクレシー侯爵は言う。

 その言葉にいち早く反応したのは、お父様だ。


「何が良いと言うんだ?」


 鋭く反論するお父様は珍しい。

 そのせいか、クレシー侯爵の肩がビクリと上がる。けれど、ブリジット嬢は、そんなクレシー侯爵に全く気が付く事なく、腕をひいて扉の方へ行く。


「ブリジット嬢」


 短く、鋭く、声を上げて名前を呼ぶ。

 これが最後通告と言わんばかりに。

 けれど、そんなのに気が付くブリジット嬢ではない。隣に居るクレシー侯爵は身体を小さく震わせているというのに。


「お父様が良いと言うのだから、私がバージンロードを歩いても良いでしょう? 侯爵と子爵、どちらの家格が上かしら?」


 結局、それか。

 自分自身ではなく、親……否、家の力でしか何事も図れないのか。

 ブリジット嬢は、それだけ言うと私達へ振り返る事もなく、神官見習いの子達に扉を開けろと言い放った。

 子爵と侯爵……その言葉だけで、神官見習いの子達は、侯爵を伴った令嬢の言う事を聞くべきだと判断したようで、すぐさま扉を開けた。


「……契約書、覚えておいでですよね」


 呟いたお父様の言葉に、慌てて振り返ろうとしたクレシー侯爵だが、ブリジットに腕を引かれ、そのまま会場に入って行った。


「帰りましょうか」


 ざわつく会場。

 しかし、それを見届ける気も、最後を知る気もなく、私達は邸へと帰った。勿論、クレシー侯爵の家に行く事はない。

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