【完結】暁天の魔導師
なごみ游
第1話 揺籠からの召喚状
美しい環状の空中橋が夏の日差しを受けて白く煌く。
深い緑に包まれた湖を中心にした街並みは、色付きの焼き煉瓦に彩り豊かな張り出し屋根、咲き誇る無数の花々が飾られた窓やドアと、とにかく目に賑やかだ。基幹道路が同心円状に幾本も走り、それらを繋ぐように太い道路が放射状に伸び、そこからまた細やかな網状の路地が伸びている。それらはまるで日輪のデザイン画のようだ。
燦燦と降り注ぐ太陽は驚く程に爽やかだった。
空中回廊をだらだらと歩きながら、遥か眼下の街並みを見遣る。
「ここはいつも賑やかですねぇ」
年寄り臭く、そう独り
その年寄り臭い口調とは裏腹に、その外見は青年よりもまだ年若い、むしろ少年のように見える。
赤く煌く紅茶色の髪、白皙の肌は滑らかで、髪と同じ色の瞳を宿した目はくるりと大きく、はっきりとした二重に縁取られている。ほっそりとした手足は成長期の子供を思わせるが、伴う雰囲気がどことなく影に曇るようにも見える。陰気、という程ではないものの、子供らしい溌剌とした活気には程遠い。どこか疲れたような、何かを諦めたような、老成した大人のそれが見え隠れする。
服装は軽やかだ。
膝よりも少し長めに丈を詰めた簡素なローブに、足に沿った編み上げの長靴、魔導師の常として腰にはいくつかの装飾が施された革ベルトをしているが、それも、華美ではない。
そう、彼は魔導師であった。
人に似て、人ならざる者達―――神にも等しい力を操り、ありとあらゆる不思議を起こす者だ。
総じて成長は遅く、また、寿命も長い。その外見に『平均』というものがない所為で、彼らを見た目で判断することは非常に難しい。強いて言うならば『何年経っても変わらない』ということだろうか。人の子供が大人になり、自ら子を育てる頃になっても、彼等魔導師はその姿をほとんど変えることがない。彼等にとって十年、二十年などという時間はほんの瞬く間に過ぎず、畢竟、魔導師達は人の世界と関わることを良しとしない。その多くが隠遁し、人の世界から身を隠し、ひっそりと自然や竜達と共に暮らしている。
だが―――そんな魔導師達の中にも『変わり者』は居るもので、ここ、
絶大な力を持ちながら、それを人の世界の為に行使する彼等を、人々はいつしか敬い慕うようになっていった。
人と、人ではない者を繋ぐ者として、揺籠の魔導師達は自らを『善為れ』と戒めている。
そういう場所であるから、この夏の間、世界中に散らばる大勢の『魔導師の弟子』達が一斉に揺籠に帰郷する。彼等は魔導師から魔法を学んだ者として自らを『魔法使い』と呼称し、人と、人ではない者の両方の血脈を受け継ぐ者だと自負する。そうしてまた、彼等のような魔法使いが弟子をとり、魔法という力が世界に広がっていくのだ。それはまるできめ細やかな地脈の様に世界を包む。
賑やかな市街を遠目に見遣って、少年に見える彼―――アルフォンスは何となく溜息をついた。
理想に満ちた揺籠は常に美しく活気に満ち溢れ、そして酷く、正しい。
そのことが彼をほんの僅かに陰鬱な気分にさせた。
アルフォンス自身は人が好きでも嫌いでもない。
ただ、彼は自らの持つ力に絶対の自信がありつつも、同時にそれを恐れていた。魔導師らしからぬことだと思いつつ、髪を肩以上に伸ばさないのもその為である。
魔法を用いる為の根源的な力を『魔素』と言う。
古くはエーテルとも呼ばれたこの力は、人には見ることも触ることもできないが、魔導師ならば明確に自身の目で視ることができる。得意不得意はあるにせよ、魔素を自由に操ることができて初めて魔法を扱うことが可能になるのだ。
効率的に魔素を扱うには、自らの髪を用いる。細くしなやかで魔素の通りが良く、何よりも極めて表面積が広いからだ。故に魔導師達は少しでも効率的に魔素を扱う為に髪を伸ばし、ローブや装飾品にはエーテル伝導率を高めた特殊な銀を用いている。
だがそんなことをしなくても、アルフォンスが扱える魔素の量は極めて膨大で、それ故に、自身の力に恐れを抱いている。
揺籠の魔導師達のうち『始祖』と呼ばれるクラスの魔導師がそうであるように、アルフォンスもまた膨大な時間を過ごしてきた。人の時代など、もういくつを見送ってきたのかわからない。数百年ではきかない時を過ごし、年を数えることもやめて、もうかなりの年月が経つ。
何度目かの溜息を吐きつつ、アルフォンスは湖の中央、ここからだとまるで水面に浮かんでいるようにも見える尖塔付きの建物群に目を遣る。
通称、鐘の塔。
始祖の魔導師と呼ばれる者が暮らす、揺籠の中心部である。
普段は放浪生活をしている彼がわざわざ揺籠にやってきたのも、いわゆる呼び出しをくらったからである。応じる義務がある訳ではなかった。揺籠はあくまでも魔導師の自治区であり、大きな影響力は持っているが、すべての魔導師を代表するようなそれではない。魔導師達は
だから、冗談めかして召喚状と書かれた、古い友人からの手紙をそのまま無視してしまっても良かったのだが―――結局、彼は揺籠にやってきた。
世界の中央、その大陸の中央の、そのまた砂漠の中央の、湖を中心として広がる日輪のようなこの場所へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます