四方備忘録~魂喰ノカミ

しろめしめじ

第1章 来訪者の憂鬱

「失礼します」

 探偵事務所のレトロな扉が静かに開き、一人の中年男性が姿を現す。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 四方は席を立つと、彼を迎え入れた。

 来客者はネイビーのジャケットとベージュのパンツにストライブの入ったドレスシャツ。短めに切りそろえた毛髪はあえてそうしているのだろう、ハリネズミの様に立たしている。足元は凝ったデザインの皮靴。上から下まで高級ブランドと思われる衣裳を纏っており、しかもしっくり着こなされている感じから、日常生活でも普段着のレベルなのだろう。

「初めまして、四方です」

 四方は彼に一礼すると、名刺を手渡した。

「失礼、所長は? 」 

 彼は名乗ろうともせず、不躾な態度で四方に問い掛けた。

「私ですけど。桧山さんですよね? 」

 四方は客の無礼な態度をものともせず、落ち着いた表情で彼を見つめた。

 桧山は言葉を失った。

 白いブラウスに黒にスラックス姿の、見るからに華奢な若い女性が、自分を遥かに超越した重圧な気迫を放っているのだ。

「あ、はい・・・ご無礼をお許しください」

 桧山は四方を直視する事に耐え兼ね、視線をずらすと深々と頭を下げ、謝罪した。

 頭を上げ、慌てて名刺を取り出す。

 手が、小刻みに震えていた。

 彼は、四方の噂を知人から聞き、訪れたのだが、相手が自分よりも遥かに若い女性だと知った時、無意識のうちに彼女を見下していたのだ。一代で資産を築き、地位と名声を手中に収めたが故に、彼はどこか自分が上流市民であるかのような自惚れに囚われていたのだろう。

 彼の浅はかな価値観は、対峙する若い探偵に宿る底知れぬ気の圧力に翻弄され、瞬時にして崩壊していた。

「どうぞ、腰を降ろしてください。お話を伺いましょう」

 四方に促され、彼はソファーに身を沈めた。

 すると、部屋の奥から香ばしい香りと共に長い髪の若い女性が現れ、珈琲が注がれた白いカップを彼の前に置いた。

「よろしかったらどうぞ」

 彼女に勧められると、桧山は恐縮した素振りで俯いたまま会釈をした。

 彼女は美し過ぎた。

 艶やかな長い黒髪と澄んだ瞳が醸す清廉された美しさに加え、すっきりと通った鼻筋に薄い唇、究極の美を終結させた整った面立ちが誘う妖艶でミステリアスな魅力が、桧山の意識を圧倒していた。

 男を惑わすのではなく、その意識の奥底に潜む獣を平伏せさせてしまう不思議な圧に満ちていたのだ。

「彼女は私の助手の戸来です。同席させて頂きます」

 四方がそう紹介すると、つぐみは会釈をし、ソファーに腰を降ろした。

「では、お話をお伺いましょうか」

 四方が、口元に微笑を浮かべながら桧山に話し掛けた。

 桧山は顔を上げると、緊張で乾いた唇を無理矢理引き剥がしながら言葉を紡いだ。

「実は、娘の魂を取り戻して欲しいんです」


 



 

 

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