家出したその日にご令嬢と仲良くなった話
八雲玲夜
第1話
「はぁ……これからどうしよう……」
僕__
親に毎日のように勉強しろと言われ続けて我慢の限界になり、ふと言ったことで喧嘩になり、収まることを知らない喧嘩はそのまま激化していき、僕が家出するに至ったというわけだ。
「あー帰りたくない」
初めての感覚だった。たまたま、ただ勉強をしたくないと思いサボってゲームをしていて、それだけで怒られた。それに逆ギレして出てきたため帰るにも帰りたくないと思ってしまう。
大体、勉強を強制するのはどうかと思う。たしかにやらなきゃいけないことだとは分かってるけど、勉強って強制されたからと言って結果が出るものじゃないだろに。僕は記憶力は良いほうだから、強制されてもされなくても勉強なんてできる。それでも、たまにはサボりたいと思うことだってあるはずなのに、なんであの親はサボることを許してくれないのだろう。
そんなことを考えて途方にくれていると、公園の入口から誰か来ることに気づいた。
ちょうど僕の座っているベンチからはよく入り口付近がよく見える。
女の子? 僕の知らない人なのか?
いや、あの人は知っている。天月さんだ。
「あ、天月さん?」
「……え?」
ベンチのところに俯きながら歩いてきたため、気づいてないと思い声をかけると、天月さんは驚いた顔をして僕を見た。
あたりは暗くなっているというのに、この人はどこまでも綺麗だな。何がどうなったらここまでの容姿が手に入るんだ?
天月あかねさんは僕の通っている龍姫高校のマドンナ兼ご令嬢だ。才色兼備の美少女で男女問わず人気がある彼女が、なぜこんな時間にこんなところにいるのだろう。
「なんでここに……」
「あ、えっと……い、いえ……で……」
「? ごめん、ちょっと聞こえなかった」
「い、家出してきたんです……」
二度目にしてはっきり聞き取れた『家出』と言う言葉。天月さんでも家ではするんだな。というかご令嬢なら家出なんてそう簡単にできるはずなくなか?
「家出って……天月さん、執事の人とか探してるんじゃ……」
「かなり家から離れていますからそう見つかりはしませんよ」
「そっか、良くはないと思うけど、取り敢えず座る?」
僕は立たせているのも悪いと思い、ベンチの脇に少し体をずらして天月さんが座れるようにスペースを開けた。
天月さんは軽く礼をしてから腰をおろした。
流石はご令嬢。礼儀は忘れないんだな……
「何があったのかって聞いても良い?」
「聞いてくれるんですか?」
「僕で良ければ……」
「……ありがとうございます」
天月さんは俯きながらも僕に家出した理由を話してくれた。
僕は一言も発することなく天月さんの話を聞いた。話している時の天月さんの表情は落ち着いたのか安心しているのか、微笑んでいた。
「__というのが、理由です。くだらないですよね」
「そうかな? 僕と同じ理由な気がするけど」
「え? 月波さんも同じなんですか?」
「うん、僕も親と喧嘩して家を出てきたんだ」
天月さんの理由は全くと言っていいほどに僕の家出の理由と酷似していた。
「そっか、なんか親近感があるな」
「家出の理由が似ているからですか?」
「うーん、それもあるけど、天月さんもそういう理由とかで家出したりするんだなって思って」
「私ってそんな完ぺきな人に見えますか?」
「まあ、天月さんって学校では才色兼備のお嬢様って感じだからね。触れどころないっていうか」
成績優秀、運動神経抜群、加えて超絶美女、こんな人のどこに触れどころがあるというのだろうか。一生かけても見つからない気がする。
「お嬢様と言うだけでそんなふうに見えるのですね……私には想像できません」
「天月さん……」
再び俯き顔を曇らせた天月さんが僕は心配だった。たしかに、大手天月財閥のご令嬢だからと言って、完ぺきな人として捉えるのは僕たちの自己中だと思う。天月さんだって才色兼備だけど、普通の女の子のはずだ。
「私、どうしたら良いんでしょうか……」
「うーん、申し訳ないけど、僕にはわからないかな。天月さんの家のことは天月さんにしか解決できないと思う。でも、もし何か僕になにかできるなら手伝いたい。同じ境遇の人として」
僕には何もできないかもしれない。でも、今目の前には立っている場所は違えど、立場が同じ人がいる。その人を見捨てるのは人としてどうなのか。それに、僕は一般の家系だから家に帰って親と仲直りするなんて容易いことだ。でも、天月さんはそうもいかない。
「月波さんは優しいですね。こんな私に手を差し伸べようとしてくれて、同じ人として見てくれる。そんな人始めてです。月波さん、頼らせてもらってもいいですか?」
「それは……喜んで良いのかな? 僕には何もできないかもしれないよ?」
「それでも構いません。私はあなたにお願いしたい」
いつにもなく真剣な表情で僕を見ている天月さんは輝いていた。
こんな顔されたら__
「ぼ、僕で良ければ……」
陰キャである僕には拒否権がなかった。
__数分後
「……ただいま」
「あかね! 心配したじゃない! どこに行ってたのよ!?」
「……っ、お母さん……」
天月さんに連れられてやってきたのは天月さんの自宅。いきなりこんなところに来て良いものかと思ったが、天月さんの家の外装を見てそんな思いは吹っ飛んだ。豪華すぎるでしょ。
家に入るやいなや、玄関で出迎えてくれたのは天月さんのお母さんだった。天月さんに負けず劣らずの美人で、一瞬だけ見惚れてしまった。感動の再開(?)をした天月さんのお母さんは天月さんに抱きついて怒っているようで、心配をしていたことを伝えた。天月さんはと言うと泣かないように必死に堪えているのが後ろ姿から伝わってきた。
「あかね、
「……嫌だ。お父さんとは話したくない」
「あかね……!」
「天月さん、ここは僕が」
見ていようにもいられなくなっっため、僕は天月さんより一歩前にでて、仲介に入った。天月さんと天月さんのお母さんは驚いていた。それもそのはず、見ず知らずの他人が突然として自分たちの前に現れたのだから。天月さんは他人というわけでもないが、いきなり前に出てこられれば驚くのも無理はない。前に出てから思った。
__出るタイミングミスったぁぁ
気づいた時には時すでに遅し。
「あなたは?」
「あ、すみません。いきなり出てきて。天月さんのクラスメートの月波橙雅です」
「あら、クラスメートの方でしたの? ごめんなさいね。お見苦しいところをお見せして」
天月さんのクラスメートと知ると、先程までの態度を改めて、客人を見るような視線へと変化した。
天月さんは僕の後ろで状況をいまいち掴めずに、心配の視線を送っていた。
「もしかして、あなたがあかねを連れてきてくれたのかしら?」
「まあ、連れてきたと言われれば微妙ですけど、僕もちょうど家出をしていて、公園で途方に暮れていたところにあま、あかねさんが偶然来たってところですかね」
「それでお互いの話を聞いてあかねはあなたを連れて戻ってきたということね」
すごい、今の会話だけで僕たちがお互いの話をしたことを見抜くなんて。人をよく見ているのだろうか。
「あかねさんからの大体の事情は伺いました。あと、今のあかねさんはお父さんと会わせるのは僕としてはおすすめしません」
「あら、なぜそう思うのかしら?」
笑っているようでその裏には僕を試しているかのような重圧の視線を向けているもう一人のあかねさんのお母さんがいた。怖いという思いを必死でこらえながら的確に答えていく。
「確かに、親子喧嘩の最中なら早急に話し合うことも大事だと思います。でも、それはあかねさんの意思に反するとも思います。話したくないなら今から話す必要もないと思います」
「あら、随分あかねのことを知っているかのような言い方をするわね。あなたにあかねの何がわかるというのかしら?」
「……あかねさんのことを……」
僕は不意を疲れたように黙り込んでしまった。
思い浮かんだのは『人間には人のことを家族以上に知ることはできない』ということだった。
今すぐにでもここから逃げ出したい。僕にできるはずがない。そう思う。
でも、それは本当に良いことなのか?
あかねさんは僕に対して「頼ってもいいですか?」と聞いてきた。僕は確かに「僕にできることがあるなら」と答えた。ならその言葉通りのことをしなければいけない。あかねさんのためにも__
だから僕は、さっきまで緊張のあまり引きつっていた表情から、澄ました顔に変えて思ったことを素直に伝えようと思った。
「たしかに僕にはあかねさんのことが分かりません」
僕の表情が変わったことに気づいたお母さんは驚いていた。それでも表情が変わらないことはもはやすごいの一言で表せない。でも、僕も引き下がるわけにはいかない。
「あかねさんとお父さんが何を思って今回みたいな喧嘩をしたのか、僕には知る権利なんてないのかもしれない。でも、あかねさんが僕を頼ってくれたのであるなら、僕はその思いに答えます」
「月波くん……」
僕はあかねさんの思いを背負い、あかねさんのお母さんの目を見た。
「わかったわ。私は折れましょう。あなたのその視線にには勝てる気がしないわ」
あかねさんのお母さんは白旗を上げた。
あかねさんはぱーっと明るくなり、喜んでいた。僕は軽くため息を付いた。怖かった……
「月波くん、大輝さんとお話してくれるかしら?」
「……はい、僕で良ければ」
まずは第一関門突破言ったところか。これからが険しくなる。
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