第6話 ジュリアの遍歴

 ジュリア・レーゼルバールの人生はある程度の波乱を有している。


 その波乱の幕開けは齢12歳にして両親を崖からの転落事故でそろって亡くす、という不幸から始まった。


 それによってこれまで辺境伯の一人娘として婿を取ってそちらを後継とすることがほぼ決まっていたジュリアが、それまでそこそこの経営の勉強と花嫁修業しかしたことのなかったジュリアが、突然伯爵として皆を率いる立場になってしまったのだ。

 つまり予習も何もなく、いきなり一人で領地の舵取りをするはめになったのである。


 ストレスで、まず白髪が増えた。


 正確には一人ではなく、少しの協力者とたくさんの邪魔者がいた。

 両親が亡くなってすぐにジュリアの親戚達は領主邸を訪れては皆口々に慰めの言葉を告げ、ジュリアはそれに涙を流して感謝した……――が、それは三日と持たなかった。

 訪れた親戚達が次々と屋敷のものを持ち出して売り払うという裏切り行為に走ったためである。

 気づき次第、ジュリアはすぐに親戚共を叩きだした。


 ストレスで、夜にあまり眠れなくなった。


 幸いなことに屋敷で共に過ごした使用人達は協力的で、領地経営自体の手伝いは出来なくとも事務仕事や他との折衝などを手伝ってくれた。

 そうしてなんとか領地経営が軌道に乗り始めたあたりで突然、魔王と呼ばれる巨大な黒竜の出現により税の値上げや魔物の活性化と非常に物騒な情勢へと変化してしまった。


 ストレスで、暴飲暴食をするようになった。


 幸いなことに世界情勢そのものはジュリアが17歳になる頃には魔王の影はありつつも低空飛行の状態で落ち着きを取り戻し、領地の経営も安定したどころかかなり向上して豊かになった。

 しかし、その代償は意外な所に現れた。


 身長152cmと小柄ながらにして、体重70kgオーバーの巨体。

 寝不足と心労、そして暴飲暴食による肌荒れによりにきびがなかなか治らず、その痕はしっかりとクレーターとして肌にシミを残した。

 生来の赤毛に白髪はあまりに目立つため、染め粉を使用したが、そのことによりけばけばしい派手な緋色になってしまい髪質もちりちりととっちらかるようになってしまったため、潔くざっくりと切り落としておかっぱのような髪型に落ち着いた。


 ジュリア、20歳現在。

 立派なデブでブスな行き遅れ女伯爵のできあがりである。


 17歳の誕生日の時、その自らの姿を鏡で見たジュリアは我に返るような気持ちになった。

 これまで両親が亡くなってからひたすら必死に働いて、あっという間に時間が過ぎてしまっていたが、やっと一息をついて現実を落ち着いて見つめられたような気がした。そしてそのことが、ジュリアの腹をくくらせた。

 昔着ていた華奢で装飾のある可愛らしいドレスは全て捨てた。細いヒールの靴も、可愛らしい髪飾りも、邪魔だと思う物は全てだ。

 今のジュリアに必要なのは、自分を可愛らしく演出するための飾りではなく周囲を威嚇するための牙だ。

 はっきりとした色味のシンプルだけれど上質な布地のドレス。存在感を出すために高く音の鳴る、けれど歩きやすい靴に、経済力と豊かさをアピールするための宝石。

 背筋を丸めるような真似はしない。不幸を嘆くことも、悲しみに暮れることも、過去の己の愚かさを振り返ることも、その全てが時間の無駄だ。

 そんなことよりも大地に足を踏みしめて、しっかりと立つことが大事だ。

 そんなジュリアに、幼少の頃からジュリアを見守り仕事に関しても尽力してくれている使用人達は当初は苦言を呈した。


「お嬢様、我々はお嬢様が素晴らしい方であることを良く知っています。お嬢様が跡目を継いでから、レーゼルバール領は前伯爵を上回る発展を致しました。それにも関わらず、中央の連中はお嬢様のことをやれ豚のようだの見苦しいなど言いたい放題で。見た目一つで侮られるのが悔しくてたまりません!」


 しかし、それをジュリアは鼻で笑って一蹴した。


「あら、悔しがる必要性などかけらもないわ。あなたのお嬢様の価値は見た目ではないのよ。そう言うやつらはせいぜい見る目がないのね、と失笑してやりなさい。そんなくだらない他人の価値観に依存する考え方をすることがあなたのお嬢様にとっての一番の悲しみよ。あなた、他人に誇れないと私のことを嫌いになるの?」

「いいえ、そのような……」

「ならば、胸を張っていなさい。私は貴方がみこむ通りの素晴らしい人間よ。他人の評価ではなく、貴方の信じた事実こそを重んじなさい!」


 虚勢で張っていた胸は、いつの間にか本心からの姿勢となった。

 ジュリアの姿勢が変わると、それに伴って周囲の見る目も徐々に変わっていくのがわかった。

 『可愛らしいお嬢さん』に付け込もうとは思っても、今のジュリアをどうこうしてやろうという輩は非常に少ない。

 周囲に舐められるような真似を、今のジュリアは決して許さない。

 もう弱い顔は見せない。他人が付け込むような隙は与えない。侮るような真似も、そしるような真似も、少しでもこちらを害そうというのならば徹底的に叩きつぶす。

 強いジュリアの周りには、自然と守ってもらいたいと考えるような人間が集まった。彼らを守ることでジュリアは様々な恩恵を受け取った。あるものは知識を、あるものは財産を、あるものは技術をジュリアに与え、それをジュリアは領地に還元することで人々から信頼と賞賛を得た。

 その結果、最初こそ年若いジュリアが跡を継ぐことに不安そうだった領民達も今は厚い信頼をジュリアに預けるようになった。

 ジュリアは、実力で周りからの信頼を勝ち取ったのだ。

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