僕ら

堕なの。

僕ら

 洋と和も、近代と中世も、混ざったようなファンタジーな風景である。灰色の外套を着た男は踵を返して遠ざかっていく。この街の根源とも言うべき時計台から。

 そして数分程歩いた先の川沿いで、赤い制服に身を包んだ少年と合流した。俯きがちな少年の眼は濁りを宿している。

「お兄さん、どうだった?」

「もって後数時間といったところだ」

 二人して空を見上げる。先に目線を戻したのは男の方で、男は少年の方へと寄っていった。少年はそれに気付き一瞬驚くが、特に咎める様子もなく二人の距離は縮まっていく。

 男は躊躇いがちに手を少年の頬に近付け、そして触れる決心も付かずに下ろした。

「どうする?」

 少年の試すような瞳が男を射貫く。男は鞄からファイルを出した。そこに挟まれているたった一枚の紙。婚姻届と書かれた紙には男の名前のみが書かれている。

「気楽で何も持たぬ約束事だ。誰も許さず、誰も認めず、誰も知らぬまま始まり終わるだけの関係だ。……お前と一緒がいい」

「僕も、それが良い」

 少年はボールペンで一字一字丁寧に書いた。そして徐に紙を半分に引き裂いた。名前の書かれている方を男に渡す。

「世界の寿命が尽きるとして、それは僕らの終わりではない。世界の寿命が永遠だとして、それは僕らの関係が永遠であることではない」

「この世界が壊れる前に二人で……」

 少年はネクタイを解いて、自分の左手と男の右手を繋いだ。そして、先程の紙を抱く。

 そして二人、望まれぬ場所に飛び込んだ。苦しさも、悲しさも、辛さも、優しさも、愛しさも。表現の仕様もない感情が現れては消えて、波のように揺蕩う。二人は、同じ時間に息を引き取った。

 その瞬間、世界が崩壊を始めた。様々なものが溶けて、砕けて無くなっていく。そんな中、二人の周囲だけが綺麗なままで。まるで世界が二人を守っているかのような光景だった。

 心中とは、来世で結ばれることを祈ってする行為だと二人が知っていたのかは分からない。だが、世界は確かに結ばれぬこの二人を守るように、崩壊が終わる最後まで存在し続けた。

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僕ら 堕なの。 @danano

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