振動

 新宿がハラワタをこぼしている

 腹に手を当て、口元は血反吐にまみれて

 新宿がハラワタをこぼしながら歩いている

 俺は異邦人

 彼がその後、どうなったのかは知らない


 人、人、人

 着ている服が違う

 顔だって、精神だって違う

 時代遅れの色鉛筆持ってこい

 時代遅れの色鉛筆を、俺の脳幹にぶっ刺して

 灰色の車内に飛び散る赤、赤、赤


 東南口の改札で鎮痛剤を飲んで

 何の言葉も湧いてこない

 すれっからしの曠野

 空っぽになった心身をぶら下げて

 歩く、歩く、歩く

 道行く死体の群れ群れの間に、好き勝手に読点を打つ


 空中に

 散布する

 無関心

 闊歩する


 最善の精神がビニール傘の先

 滴り落ちる雨の粒に触れて、少しだけ濡れる

 コンクリートの上に木霊する亡霊の声を聞き

 耳を聾するほどの天啓を全身に浴びた

 余りにも物々しい鉄塊のような

 或いはただのノイズ

 鼓膜を溶かして、三半規管を揺り動かすヴァイヴ


 あの頃

 西口前の通りに隕石が落ちて、老人だけが死んだ

 犬と猫たちは無事だった

 指先ひとつで占う未来

 液晶画面の向こう側で首脳会談

 脳髄を見張る警察

 四角い無菌室の上をなぞる親指

 エピファニーの過剰摂取による発熱外来を

 片っ端から俺の色鉛筆が塗り潰してゆく


 新宿がハラワタをこぼしている

 腹に手を当て、口元は血反吐にまみれて

 新宿がハラワタをこぼしながら歩いている

 俺は異邦人

 彼女がその後、どうなったのかは知らない


 歩いている

 歩いているぜ世界

 歩いているなら当然

 摩擦が起こるはずだろう

 君も経験があるはず

 振動、振動、振動が


 内外の摩擦

 精神と外界との葛藤

 火花を散らすこの絶対的な現在

 微熱、鬱病、高血圧、糖尿病を遥かに凌駕する

 この現在の振動

 世界経済にぶっ刺ささる

 誰にも気付かれずに

 誰にも悟られずに


 針の先が迫る

 初めて刺青を入れたあの瞬間のように

 針の先が、俺の右腕の前腕部に触れる

 あの瞬間のように


 シンドウガ

 オレノヒフニ

 ツキササル


 この瞬間を今すぐに保存してほしい

 この瞬間を今すぐに拡散してほしい


 この振動のフリースタイル

 儚い遠心力

 何度、胡座をかいて瞑想しても

 得られないほどの確かな、不確かさ


 そして、晴れ渡る空の隙間

 脳天に突き抜ける直射日光が

 さっきからこの海馬をじっくりと焼いているのは

 思考を見張る警察たちを掻い潜るために

 硝子窓の向こうの多次元宇宙で

 カインとマグダラが将棋を指しているのが見える

 誰にも気付かれずに

 誰にも悟られずに


 新宿がハラワタをこぼしている

 腹に手を当て、口元は血反吐にまみれて

 新宿がハラワタをこぼしながら歩いている

 絶対的な現在

 絶対的な振動


 天啓エピファニーの雨

 天啓エピファニーの晴れ


 俺はこの街を歩く

 歩く、歩く、歩く

 誰にも気付かれないまま

 誰にも悟られないまま


 伽藍堂の心身を突き動かす

 振動だけがここにある

 分かってくれ、世界

 俺を殺ってくれ、世界

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