第19話 新たな聖女の目覚め(1)
オリアーナはまもなく、神殿へ出向いた。聖女としての資質を確かめるために人知れず洗礼の儀を受ける。魔法を扱えないオリアーナは、与えられた試験を通過することができず失敗。しかし、洗礼の儀を受けた直後から、精霊が見えるように。
「これもまた神の采配でしょう。あなたには、魔力核を取り戻してからもう一度洗礼の儀を受けていただきます」
「はい。分かりました」
「健闘を祈っておりますよ」
気のいい神官に励まされ、オリアーナは自分を鼓舞した。
新たな聖女候補の誕生の発表は、オリアーナが非魔力者であることを考慮して先延ばしにされた。だから、オリアーナが次期聖女ということは、魔法学院の教員と、神殿の限られた者しか知らない。両親さえも知らない。
神官と別れ、荘厳豪華な回廊を歩いていると、とある人物に遭遇した。
「オリアーナ……」
目の前にいたのは、レックスだった。
オリアーナは今日、洗礼の儀を受けるために聖女の仮の装いをしている。
「ご無沙汰ですね。レックス様」
「その格好、修道女にでもなるつもりか?」
「……まぁ、そんなところかな」
聖女候補ということが知られても面倒なので、適当に受け流す。修道女になるということは、俗世間から隔絶され、恋愛や結婚をせずに生きていくということだ。
「はっ、滑稽だな。僕に捨てられて他に嫁の貰い手もおらず、家族にも愛想を尽かされたのか」
「……ええ。まぁ」
こちらに近づいてきて、蔑むような眼差しを向けてくるレックス。昔から彼には、始祖五家の出来損ないだと馬鹿にされている。
彼は侯爵家出身で、格上の始祖五家に劣等感があるから、よりオリアーナに冷たく当たるのだ。――その血筋への嫉妬から。
「せっかく始祖五家に生まれておいて、才能に恵まれず修道女になるとは情けないな。さすが、アーネル家きっての出来損ないだ」
「……はは、耳が痛いな」
『出来損ない』と言われることには慣れている。オリアーナが少しもショックを受けずに余裕たっぷりに笑って返せば、レックスは悔しそうに歯ぎしりした。
「お前、なんでいつもへらへらしてるんだ? つくづく生意気で可愛げがないな」
ずいとこちらに迫って来て尋ねる彼。レックスからすると、どんなにひどいことを言っても怒らずに平然としているオリアーナは気味が悪いらしい。
オリアーナが寛容で穏和な性格なのは、元の気質と、厳しい家庭で抑圧されて育ったことが要因だ。
「――そこまでだ」
そこに新たに現れたのは、リヒャルドだった。彼はオリアーナの肩を組みながら、レックスを牽制するように見据えた。
「誰が出来損ないだって? レイモンドの器が大きくて良かったな。俺だったら冗談でもブチ切れてるぞ」
レックスはリヒャルドの姿に目を見開いた。
「リヒャルド……王子殿下」
リヒャルドは身体の気を清めるために、週に何度か神殿で参拝しているという。精霊が見える彼だが、その信心深さゆえかもしれない。
「始祖五家への侮辱は、ともにこの国を建国した王家への侮辱とも取れる。お前、命が惜しくないのか?」
「そ、それは……っ」
いつもあっけらかんとしているリヒャルドが、珍しく威圧的な態度で。それは、王族然とした佇まいだった。
「引け。――目障りなんだよ、お前」
「申し訳ございません……!」
レックスは転がるように逃げて行った。その後ろ姿を茫然と眺めていると、リヒャルドに胸ぐらを掴まれる。
「おい! なんで笑ってんだよ!」
「ちょ、離し――」
「なんで……何も言い返さないんだ! あんな風に格下に馬鹿にされて、悔しくねぇのか!?」
「…………」
だって、自分はレイモンドではなくオリアーナだから。紛れもない――出来損ないの方の。
「つかなんでお前、修道女の格好なんか……」
オリアーナはリヒャルドをまっすぐ見据えて答えた。
「レックスの言うことは間違っていませんよ。私は――レイモンドの姉、出来損ないのオリアーナなんです」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするリヒャルド。
「私は訳あって、レイモンドの身代わりに魔法学院に通っているんです」
「は、はぁぁぁあ!?」
リヒャルドは襟を離して、一歩、二歩と退いていく。そして、かつてオリアーナの胸を触った手に視線を落として、「じゃあ、あのときのは……本物の……」などとごにょごにょ呟いた。
認識操作の魔法がかかっていることを打ち明ければ、彼が解除の呪文を唱えてきた。
ふわりと弱い風が吹き、魔法の効果を体感する。直後、オリアーナの目の前でリヒャルドが目を見開いた。彼がよく知るレイモンドと似てはいるものの、紛れもなく別人がそこにいたから。
窓から差し込む陽光が、オリアーナの艶やかな金髪を照らす。完璧に整った顔と凛とした佇まいに、リヒャルドはどきっとする。
「綺麗だ……」
弾みでリヒャルドの口を衝いて出た言葉。すると、みるみる彼の顔が赤くなる。
「わっ、い、いやなんでもない! マジかよ……じゃあ俺、レイモンドだと勘違いしてオリアーナ嬢に、あんなことやこんなことを……」
そう言って手に視線を落とす彼。お願いだからあの事件のことは思い出さないでほしい。こっちも恥ずかしくなるから。
さっきまで赤くなっていたリヒャルドは、今度は青くなりながら頭を抱えた。忙しい人だ。リヒャルドは基本人懐っこい性格で、他人との距離感が近くスキンシップが多い。
会えばベタベタ触ってくるし、組み技を悪ふざけで仕掛けてくることも。もちろん、そのときはコテンパンにやり返すが、それは男女の触れ合いで許容できる範疇を超えていた。
リヒャルドは直角に腰を折り曲げて叫んだ。
「悪かった! 知らなかったとはいえ、未婚の令嬢にとんでもない無礼を働いた! 死んで償う!」
「ま、待った待った! 早まらないでください」
杖を出し、死の魔法を詠唱し始める彼を必死に止める。
「お気になさらないでください。悪いのは、騙していた私の方ですから。むしろ、すみません」
それからオリアーナは、リヒャルドにこれまでの経緯を打ち明けた。レイモンドが伏せっていることを聞くと、彼は切なげに顔を歪めた。
「どうして俺にそれを話した? ……身代わりなんてトップシークレットだろ?」
「リヒャルド王子に頼みたいことがあるからです。弟を救うために、私に力を貸していただけませんか」
「ああ。俺にできることならなんでもする。あいつは、俺の親友だ」
「ありがとう。あなたならそう言ってくれると思っていました」
リヒャルドは詳細を聞くよりも先に二つ返事で了承してくれた。オリアーナから具体的な内容を聞いた彼が反芻する。
「つまり、精霊と意思疎通する練習に付き合えばいいんだな? 分かった」
魔力核の移植を行う大前提として、オリアーナが精霊と意思疎通をはかり、依頼することができなければならない。
施術の日は、ユフィーリアが神気が最も高まる日を選んでくれた。およそ一ヶ月後である。そこに備え、オリアーナは修行に励む。
具体的な修行計画は、神殿が考えてくれた。毎日早朝の最も空気が清らかな時間に、神殿の敷地にある神木の根元で瞑想し、精霊たちに様々な依頼をして課題をこなすというもの。
エトヴィンからは、修行の際、万が一何かあったとき対応するために、最低一人は実力のある魔法士を伴うようにと言われている。
オリアーナはすでに、その保護役をジュリエットとセナに頼んでいた。そしてもう一人、精霊を見ることができ、始祖五家と同格の魔法使いであるリヒャルドが決まった。
「んで? 俺は週初めの二日担当でいーんだな?」
「はい」
「了解。レイモンドにもよろしく伝えてくれ。それじゃまたな。オリアーナ嬢」
リヒャルドは小さく笑って立ち上がった。オリアーナの元を去る前に、こちらを振り返って言う。
「言い方は悪いがあんなろくでなし、別れられて正解だったと思うぜ」
「はは……」
「これでセナも心置きなくお前を口説けるようになるしな」
「セナが? どうして?」
なぜセナがオリアーナを口説かなければならないのだろう。こてんと首を傾げる。
「どうしてって、そんなの決まって――まさかお前、気づいてないのか」
「え……?」
「割と有名な話なんだけどな。まぁいいさ。俺から言えるのは、セナはいい男だってことだけだ! 俺の次にな」
「はぁ……」
脈絡がなくて意味が分からなかったが、リヒャルドはそれだけ言い残して行ってしまった。
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