第4話 魔法学院に現れたミスプリンス(2)

 

「レイモンド様ぁ。お会いしとうございました! 生徒代表の挨拶、素晴らしかったですわ」

「わっ、ジュリエット……!」


 セナとともに教室に入ると、真っ先に可憐な美少女がオリアーナに抱きつき、頬を擦り寄せて来た。彼女はこちらを見上げて、うっとりと目を細めた。


「レイモンド様は今日も世界一麗しいですわぁ!」


 縦巻きロールの長い桃色の髪に、ルビーのような赤い瞳をした彼女は、ジュリエット・エドヴァール。火を司る始祖五家エドヴァール公爵家の令嬢で、戦闘に特化した魔法士だ。


 彼女はオリアーナのしなやかな頬を両手で包み込み、感触を確かめるように撫でた。そして、恍惚とした表情で呟く。


「ああ……なんてお美しいの。精巧を極めた陶器のようなしなやかなお肌……。わたくし……来世はレイモンド様の皮膚を組織する細胞に生まれ変わり、他の細胞さんたちとダンスしたいものですわ」


 彼女は学院に入る前から見知った仲だが、可憐な見た目に反して、少々エキセントリックな性格をしている。


「皮膚になったんじゃすぐに免疫細胞に取り込まれて消化されちゃうよ。僕は来世も人間として君に会いたいけど」

「はぅぅ……お姿だけでなく内面まで素敵すぎます」


 にっこりと微笑みかけると、ジュリエットは感涙にむせぶ。後から教室に入ってきたセナが、「突っ込むとこそこじゃないだろ」と呆れている。すると、ジュリエットはセナの姿を見るやいなや、まるでゴミを見るかのような冷めた目を浮かべた。


「セナ様。レイモンド様とお話しているときに割り込んでこないでくださいまし」

「変わり身が凄いのな」


 セナはどうでもよさそうに返した。ジュリエットは再びオリアーナの手を取り、花が咲いたような笑顔で言う。


「さ、お席にご案内いたしますわ。レイモンド様のお席は、わたくしの隣です」

「ありがとう、助かるよ」


 オリアーナはジュリエットと並んで着席し、他の生徒に聞こえない声で耳打ちした。


「ジュリエット。よく私だって気づいたね。さっきセナに認識操作の魔法をかけてもらったんだけど」

「ふふ、愛の力ですわ」

「はいはい」


 ジュリエットは決まりよく目配せをした。

 彼女の先程までの振る舞いは、オリアーナをオリアーナと認識してのものだ。なぜなら彼女は昔から、レイモンドではなくオリアーナだけに執心しているから。

 しかし、セナの魔法を看破するとは、さすがは始祖五家の令嬢だ。


「レイモンド様の体調……よろしくないのですね」

「……うん」

「事情は察しました。わたくしは、全面的に揚げ玉に協力いたしますからね」

「替え玉って言いたいのかな」

「親玉でも悪玉でも目玉でもなんでもお任せあれ、ですわよ」


 彼女は得意げにぐっと親指を立てた。彼女は魔法士としては優秀だが……頭は悪い。少し。

 協力を得られたのは心強いが、入学して早々二人に正体をバレてしまうなんて、この先が思いやられる。


「――ところで、本日は魔法の杖を現出させる儀式を行うそうですが、対策していらっしゃいますの?」

「うん、大丈夫」

「そう……なら、安心ですわ」


 そっと、左手の人差し指に着けている指輪を撫でる。透き通る金色の大きな魔法石が嵌め込まれた指輪は、魔道具としての機能があり、必要に応じて魔法の杖や空飛ぶほうき、戦闘用の武器に姿を変えさせることができる。


 生徒たちは、五つの属性の内、自分の適性の石を与えられ、常に指輪として身につけることを義務付けられている。

 そして入学式の今日は、オリエンテーションを兼ねて魔法石を杖に変形させる稽古を行う。


 杖というのは、使い手の魔力の性質によって多様な形を現すのだが――非魔力者に石を杖に変えることはできない。普通なら。




 ◇◇◇




「それでは皆さん、魔法石の指輪を用意していますね?」


 講堂に、クラスメイトたちは移動した。

 女教師マチルダが、教壇に立っている。彼女はふくよかな中年の女性で、高く伸びた鼻に、つり目がちな目で、尖った帽子を被っていて、さながら物語の魔女のような風貌をしている。


「皆さんには魔法石を杖に変化させてもらいます。このように――」


 指輪を外して手のひらに乗せ、呪文を唱える。



 《――現れよイマージ!》



 すると、白い煙が立ち込めたのと同時に、木製の長い杖が現れた。その杖を構えて、更に詠唱する。



 《――風よウィンド



 その刹那、講堂の中に強い風が吹きすさび、生徒たちの身体の線を揺らした。マチルダの魔法属性は『風』だ。


「では、実践の前にもう一名、お手本を見せてもらいましょう。レイモンドさん。お願いできますか?」

「え……」


 彼女が指名したのはまさかのオリアーナだった。レイモンドは学院の首席合格者。この程度の魔法は本人なら朝飯前だろうが、ここにいるのは、非魔力者の双子の姉の方だ。

 慣れないことを人前でして上手くいくだろうかと返答に迷っていると、生徒の中でひとり手が挙がった。


「俺がやります」


 自ら立候補したのはセナだった。オリアーナをフォローしたのだ。


「まぁいいでしょう。では、お願いします」

「はい」


 セナはそう言って、左手の人差し指から指輪を外し、親指の指先でパチンと弾いて宙に浮かせた。指輪は回転しながら空中へ飛んでいく。



 《――現れよイマージ



 宙に浮かぶ指輪は、またたく間に黒々とした光沢のある杖に変わった。マチルダのものより細くスタイリッシュで、先端に黒い稲妻が走っており、『闇』の力を象徴している。

 セナは杖に《――戻れリターン》と命じ、形状をデフォルトに戻した。彼の迅速な魔法展開に、生徒たちは「おお」と感嘆の息を漏らした。


「ありがとうセナさん。では、他の皆さんも――始め」


 マチルダは手を叩いて合図した。

 オリアーナはおもむろに、制服のシャツ越しにペンダントに触れた。胸には、アーネル公爵家の家宝である魔法石が引っ提げられている。その石は、非魔力者であってもある程度の魔法を行使できるという代物。


「本当に大丈夫ですの? レイモンド様」

「多分ね。やってみるよ」


 こちらを心配するジュリエットは、すでに杖の現出に成功しており、赤い炎をまとう杖を握っている。彼女に見守られながら、オリアーナは呟いた。



 《――現れよイマージ



 すると――。

 凄まじい光が辺りに離散する。目も開けていられないほど強い光が収束すると、生徒たちは何事かとこちらを振り返った。


「小さ……!?」


 オリアーナの手の上に、小指程度の長さの杖が転がっていた。白い本体に緑と黄色の緻密な模様が描かれており、上部が窪んでいる。よく見ると杖は筒状になっており、杖というより――笛に見える。


(まぁ、私の力量ではこんなものか)


 ささやかすぎる自分の杖を、訝しげに眺めていると、血相を変えたセナが声を張り上げた。


「レイモンド! それをすぐに捨てて破壊しろ!」

「――え?」


 いつもは無表情で冷静な彼が取り乱している。その直後――講堂内が凄まじい何かの雄叫びに揺れた。


『ウオオォオオオーーーー!』

「…………!?」


 肝心の、声の主の姿は見えない。けれど、確かに存在する何かが、どこかからけたたましい咆哮を上げている。唸り声が部屋に反響し、鼓膜を震わせる。生徒たちは当惑し、耳を塞いでうずくまったり、恐怖に悲鳴を上げたりしている。



 《――風の刃ウィンズ・ブレイド



 マチルダが呪文を唱えると、オリアーナの杖はパリンと音を立てて割れた。手のひらに乗った物体に魔法を命中させる精密性は見事だ。マチルダは額に汗を滲ませ、ひどく動揺した様子でこちらに駆け寄った。


「レイモンドさん! あなた、なぜそれを!? なぜ『呼び笛』を出せるのです!?」

「呼び笛……? なんですか、それは……」


 全く見当もつかずにいると、彼女はゆっくりと息を吐いた。そして、懐から透明な小瓶を取り出して蓋を開いた。

 粉砕されたオリアーナの杖が、物理法則に逆らって吸い取られるように瓶の中に収まっていく。彼女は瓶に蓋をしてこちらに言った。


「これは私が預かります。あなたはしばらく、杖の現出を固く禁じますから」

「……! どうして――」

「いいですね? これは命令です」

「は、はい。分かりました」


 一体何が起きたのか訳が分からない。魔法と離れた場所で生きてきたオリアーナは、魔法で起こる事象に疎いのだ。


 ふと、セナの方に視線をやると、いつも澄ました顔をしている彼が、悲しそうな表情でこちらを見ていた。


(セナ……?)

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