第13話 初めての会話。だけど、雰囲気は最悪で……

「痛いなぁ、何するんだよ」


 カズキくんからラルクと呼ばれた少年は、頭を擦りながら、しかしちっとも痛くなさそうなそぶりで薄く笑みを浮べてカズキくんを見る。


「人を惑わすようなことを言ってるからだろ。クリスが困惑してるじゃないか」


 ラルクくんに答え言葉をいったん切ると、カズキくんはわたしに顔を向け片手を上げ軽い感じ調子で言葉を紡ぐ。


「やあ、クリス。こんなに早く再会できるなんて思わなかったよ」


「あはは、そうね……」


 わたしは苦笑しながらそう答えた。いつか再び出会えるとは思っていたけどあの酒場での出会いと別れから僅か1時間足らずで再会することになるとは思わなかった……。


「ところで、さっきの話だけど、なんで無関係なんて嘘を吐いたんだよラルク。それにクリスをナンパなんてしてさ……」


「ふ……町中で考えなしに大暴れするような連中とは仲間と思われたくないだろ? それに言い訳するわけじゃないけど別に僕は彼女をナンパなんてしてないよ、ただこんな場所で美少女が一人でいたから声を掛けただけだ」


 呆れたように言うカズキくんに対して、涼しい顔で答えるラルクくん。


 カズキくんは“町中で考えなしに大暴れ”という部分を聞いた途端うっと小さく呻いて黙り込んでしまった。


 まあ確かに相手が相手だったので仕方ないことだけど、なかなかの大暴れだったといえるかもね。


 カズキくんが放った一撃で壊れた建物もあるし……。


 幸いというか町人はすでに避難を完了させたようで、事態の収束を知って戻ってくるまでは多少時間がかかるだろうからしばらくはこのままで大丈夫そうだけど……。


「それより、君の方こそ、この子と親しいみたいじゃないか。いつの間に知り合って、仲良くなったんだい?」


 わたしを目線で指しながらニヤニヤした顔でそう続ける彼に、カズキくんは気を取り直したように、


「別に大したことじゃないさ。ただ、酒場で絡まれてるところを助けてあげただけだよ」


「まるで物語みたいな出会いしてんなお前……」


 言いながら歩いてきたのはリューヤくんだ、どうやらカズキくんがわたしたちと話してるのを見てこちらに来たらしい。


「助けただけじゃ名前を聞くような展開にはならないんじゃない?」


 続けて、アリッサさんがそんな事を言いながらこちらにやってくる。


 その口調にはどこか棘があり、カズキくんを非難するような響きがあった。


 もしかしてだけど、嫉妬という奴だろうか? あるいはカズキくんの手の早さ(?)に呆れているのか……。


 どちらにせよ、あまりいい感じではなさそうだ……。


 それはさておきこのアリッサさん。間近で見るととんでもない美少女だ。


 三角帽子を目深に被り、さっき帽子が飛ばされたときは遠目かつカズキくんの身体が邪魔になって顔がよく見えなかったけど、こうして近くで見るとその美貌がはっきりとわかる。


 陶磁器のように白い滑らかな肌、切れ長の瞳と長い睫毛、整った鼻筋、そして色艶血色ともに完璧な小さく形の良い唇……まるで童話に出てくるお姫様のような美しさだ……。


 ただ、口調や雰囲気からして結構キツめな印象を受けるけど……。


「何よ、人の顔をじろじろ見て」


 そんな感じで彼女を見ていると、キロッと鋭い目で睨まれてしまった。


「ご、ごめんなさい、つい……」


 慌てて謝るわたしに彼女はふんと鼻を鳴らし、「まあいいわ」と呟くと、再びカズキくんに向き直り糾弾するような口調で言葉を放つ。


「それで、一体どんな経緯で、名前を呼び捨てにするような仲にまでなったのかしら?」


「い、いや、それはなんていうか流れで、さ……」


 ヘラヘラッと笑いながら誤魔化すように言うカズキくんに彼女は、


「ふぅーーーーーん」


 と目を細めてじろりと睨みつける。


「な、なんだよ」


「べっつにぃ……。ただ感心しただけよ、あなたのその人懐っこさとコミュニケーション能力の高さにね」


 そう不機嫌言うアリッサさんだけど、内容に関しては同感だ。確かにカズキくんの人心掌握術は大したものだとわたしも思う。


 実際あの酒場のやり取りだけで大分彼にやられちゃってるぐらいだし……。


 いや、もちろん恋とかそういうレベルにまでは至ってないよ? わたしそこまでチョロい女じゃないし。


 ただ、一歩間違えればそうなりそうなぐらい彼の言動には不思議な魅力があると思う。


 そんな事を考えつつも、不機嫌さを隠そうともしないアリッサさんを宥めようとするカズキくんを眺めていたのだけど、


「まあまあ二人とも、クリスさん……だっけ? も戸惑ってるじゃないかよ……」


 とリューヤくんが二人の仲裁に入った。


 確かにわたしは彼らのやり取りに圧倒されていた、なんというかあまり他人が踏み込んではいけないような空気が漂っているように感じられたからだ。


 とはいえ圧倒されてばかりもいられない、わたしは気を取り直すと口を開く。


「それにしてもすごいわね、あの怪獣をあんな簡単に倒しちゃうなんて!」


「たいしたことないわよ、あなたも冒険者みたいだけど、あんなので驚いているようじゃまだまだね」


 アリッサさんがわたしに向かって挑発的に言ってきた。


「う、うるさいな……」


 わたしは思わずムッとなった。


 この子なんでいきなりこんなこと言ってくるのよ、わたしはそう思って彼女を睨んだ。


 しかし、彼女はわたしの視線など気にした風もない。


 わたしは彼女の態度が気に食わなかったので、何か一言文句でも言ってやろうと思った。

 しかし、その前にカズキくんが口を開いた。


「アリッサ、そんな言い方はないんじゃないか? クリスはただ感心しただけだよ」


 カズキくんは優しい口調で諭すように言う。


「ふん、なによ、大した知り合いでもない相手にずいぶんお優しいのね……」


 そう言ってプイッと横を向いてしまう。


 その時わたしの肩を横からちょいちょいと叩く人がいた。


 見るとリューヤくんが頬を掻きながら小声で話しかけてきた。


「えーと、クリスさん、アリッサのことはあんまり気にしないでやってくれ、あいつちょっと事情があって他人にあまり心を開かず俺たち――カズキだけが心の拠り所なんだ、だからあんたに自分の領域を侵されたと思ってああいう態度を取っているんだと思うんだ」


 なるほど、そんな理由があったのか……色んな事情、ね……。


 わたしがアリッサさんが抱えるものに思いを馳せている間にリューヤくんは再びカズキくんとアリッサさんの方に視線を向けて頬を掻く。


 視線の先では不機嫌そうに腕を組むアリッサさんをカズキくんがなんとか宥めようとしているがうまくいってないようだった。


 その時、ラルクくんが口を開いた。


「カズキもアリッサも初対面の女の子の前で喧嘩するなよ、恥ずかしいなぁ。君たちの仲間であることを僕に後悔させないでくれよ?」


 彼はやれやれといった風に肩をすくめつつそう言った。


 その言葉を聞いて二人……というか、主にアリッサさんはハッとした表情を浮かべた。


「……悪かったわ……悪い癖ね、少しでも他人が自分の領域に入ってくるとイライラして当たってしまうの」


 アリッサさんはバツが悪そうに俯いて謝罪の言葉を口にする。


「誰だってそういう部分はあるさ。オレだって、アリッサやリューヤ、ラルクがオレの知らない他人と仲良くしている光景を見せられたら心がざわつくかもしれないからな」


 カズキくんがフォローするように言った。


 その言葉を受けてアリッサさんも顔を上げる。

 その顔はどこか安堵したように見えた。


「でも、そのイラつきを緩和する方法がある」


 ニッと笑ってそう続けるカズキくんに、アリッサさんは「え?」と声を漏らす。


「見ず知らずの他人じゃなくなればいいのさ」


 続けて言ってそこで一旦言葉を切ると、カズキくんはわたしに視線を向けてニッコリ笑いながら言った。


「というわけでクリス、全員で自己紹介をし合おうじゃないか。そうすりゃオレたち全員顔見知りの友達だ、だろ?」


 わたしはその言葉に少し呆気にとられたが、すぐに笑って頷く。


「ええ、そうね! それがいいわね!」


 こうしてわたしたちは互いに名乗り合うことになったのだ。

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