拝啓夏色の私たちへ

あおまる

プロローグ・私からの手紙

 「拝啓、未来の私へ

今何を見て何を楽しんでいますか?好きな人はできましたか?少し大人になれましたか?今の私にはわからないけれど、好きなことや好きな人をいっぱい好きでいてください! 2015年2月27日の私より」

 小学6年生の頃に授業で書いた自分宛ての手紙を、本棚の隙間から見つけた。

「小学生の頃と何も変われなかったな。」

静かに呟きながら過去の私への返事を手紙の余白につづる。

「何も変わっていないよ。何も変われなかった。ごめんね。 2019年4月4日の私より」

変に静かな部屋の中、コツコツとボールペンの音だけが響いた。

 私は明日に入学式を迎える新高校1年生だ。しかし特に新たな環境へ心を躍らせているわけではなく、淡々と入学式へ向けての支度を進めていた。

「やっぱり入学式は荷物が少ないな。」

10分程度で荷物の準備が終わり、夕飯までの時間を埋めるため柄にもなく本棚に目を向けたところで手紙を見つけたのだった。返事を書き終え、やっと小説を手に取る。部屋はついに秒針が刻む時間とページをめくるサラサラとした音だけが残った。紙の香りと手触りは緊張を溶かしてゆき、物語の世界へ没頭することができた。

ノックの音がしたと思うと、ドアが開き母が顔を覗かせて、

「ご飯できたよ〜」

と知らせに来てくれた。

「すぐ降りる。」

と返事をし、物語をしおりで一時停止した。ふと時計に目を向けると時針は7の数字をさしていた。今日の夕飯は心做こころなしか少し豪華に見えた。


 夕飯を食べ終え手を合わせた。リビングにあるソファに腰掛け、テレビでバラエティを眺めて少し笑った。今日笑ったのは初めてかもしれない。

そうこうしている間に聞き馴染みのある「人形の夢と目覚め」のメロディが流れ、「お風呂が沸きました」とどこか安心する声がした。バラエティ番組を途中で終わるのは少し不服だったが、仕方がなく体を温めに風呂場へ向かった。

湯船に浸かりながら、入浴剤の柚子の香りに包まれながら、ぼーっと天井を見上げる。すると小学校の頃の毎日を楽しんでいた思い出が浮かび上がってきた。小学校の頃の自分と今の自分を比べ、少し鬱屈うっくつとした気分になった。

お風呂を上がり、寝支度を整え部屋に戻ると時針は10の数字を指していた。

「そろそろ寝るか。」

と呟いて布団に潜る。明日を思うと少し不安な気持ちにはなったが、かすかに残った柚子の香りと羽毛に包まれ暖かくなった体は自然と私を夢へと溶け込ませていった。


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