2.慈悲の大神官 プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム
「待ちなさい! 私はここにいます」
その声は、どこからともなく聞こえて来た。
私とシャランジェールは、剣を構えて回りを見回すが、その声の主の姿は見えない。
(あの声、女の声だな。大神官の声か? いったいどこにいる? さっきの声は、どこから聞こえた?)
私は、大神殿全体から聞こえてくる声に警戒した。
「おい、リーゲ! あそこ、あの光の渦は何だ?」
シャランジェールが目を丸くして教えてくれた。
祭壇前の広場に、その光の渦を見た。
金と銀と白と黄色、それらの光が入れ替わり、時に互いに混ざり合い、渦を巻いていた。
そこから力強く、しかし、優しい風が周りに広がっていく。
そして、その渦が徐々に薄くなり、その中から光に包まれた神官の衣装を着た女性が現れた。
その女神官は、『大神官 プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム』だった。
(先ほどまでは、何もない広場だったのに)
二十代の若い女性が、大神官の衣装を着て、そこに立っていた。
両手に長い杖を斜めに持ち、きりっとした顔で我々を見つめていた。
その
私とシャランジェールは、言葉を失った。
その神話の物語の様な現れ方もそうだが、その女の大神官の
若い女性のキリッっとした姿に、私達の殺意は消えてしまっていた。
「プレア様、出て来られては駄目です。どうか、お逃げください!」
”最後の守護団”の一人が、涙ながらに訴えた。
大神官プレアは、その者に視線をやるとニコリと笑い、こう言った。
「もう、良いのです。もとより覚悟してたことです。あなた方を犠牲にして生き延びて何とするのでしょう。私は大神官。この国を見捨てた王族や貴族とは違います。とにかく生き延びれば良いという覚悟で、神に仕えているつもりはありません」
「プ、プレア様」
その者は、涙を流しながら顔を伏せた。
その様子を確認した後、大神官プレアは私達の方に向きなおした。
「あなた方の目的は、大神官の私を殺すこと。それが果たせるなら、この者達は関係ないはずです。この者達の命を奪うことはやめて欲しい」
少し表情は硬く、だが卑屈でもなく、横柄な感じでもなく、努めて静かに彼女は言った。
「……」
私もシャランジェールも、直ぐに答えを返せなかった。
彼女のその姿に、飲み込まれてしまったかのようだった。
「あの? 聞こえておりますでしょうか?」
大神官プレアが、少し困った顔で尋ねた。
「い、いったい、どこにいた? さっきまで、そこには誰もいなかったのに」
シャランジェールが尋ねる。
「それは、もうどうでも良いでしょう。こうして姿を現したのですから」
大神官プレアは言う。
「もう一度お尋ねします。この者達を見逃して頂けますか?」
我々の目的は、大神官プレアを殺すことだ。
その答えに対しては、YES(イエス)と答えるだけだ。
だが。
「……」
我々は、再び沈黙してしまった。
”最後の守護団”の連中も、私達の様子がおかしい事に少し戸惑っていた。
先ほどまで、問答無用に剣を振り回して来た暗殺者が、棒立ちしているのだ。
何かの策なのかと、警戒する者もいた。
「結界を張っておりました。それで、私の姿が見えなかったのです。見えないというより、違う空間にいたようなものです」
我々の様子を見て、大神官プレアは話し始めた。
「これで、疑問は晴れましたか?」
大神官プレアは、小首を傾げて問いかけて来た。
「わ、わかった」
私が先に答えた。
「そうですか? それで、この者達の助命は聞き入れて貰えますか?」
プレアは言う。
「わかった」
私はシャランジェールに視線をやり、それで問題ない事を確認し合った。
「い、嫌です。大神官様。あなた様を犠牲にして、我々が逃げるなんて。嫌です」
涙ながらに訴える”最後の守護団”達。
慈しむような目で、その者を大神官プレアは見つめていた。
そして、大神官プレアは言う。
「もう、十分守ってもらえました。あなた方が傷つくのには、やはり耐えられません。もとより神に捧げた命。いつ尽きようとも。どのような形で尽きようとも。覚悟はできておりました。いつも、そう伝えてきたはずですよ」
優しい表情で大神官プレアは言う。
「あの、あなた」
大神官プレアは私に向かって話しかけてきた。
「先ほどの二人は、女性騎士と少年騎士の二人は、殺していないですね?」
大神官プレアは、私の方を真っすぐに見ていた。
「そうだが、どうしてわかる?」
私はぶっきらぼうに答えた。
「そうですか? それがわかれば良いのです」
プレアはニコリと笑顔になった。
その涼しげな笑顔に視線を奪われてしまった。
そして、”最後の守護団”の1人に伝えた。
「直ぐに行って手当をお願いします。大神殿の医務室に直ぐに」
「あ、はい。直ちに!」
その者は、幾人かを引き連れて行った。
普通に見たら、刺し殺しているようにしか見えないだろう。
だが、我々は、絶命させたり、殺さぬように刺したりするなど自在にできる。
それは、最小限の殺人で、目的を遂げるための我々のルールの様な物である。
やがて、先ほど私が刺した二人を”最後の守護団”の者達が連れてきた。
大神官プレアは歩み寄り、二人を抱きしめた。
「ごめんなさい。良かれと思って受け入れた選択が、あなた達を傷つけてしまった」
息も絶え絶えの二人は、目に薄っすらと涙を浮かべ、何かを話そうとしているが、声になっていない。
「ええ、もう大丈夫ですよ。早く手当を受けてください」
そう言って、連れて来た者達に合図をして運ばせた。
「改めて聞く。大神官 プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルムよ。この者達は、何の集団だ?」
シャランジェールが尋ねた。
「この方達は、貴族の御曹司、聖騎士、元聖騎士、引退した老剣士、元神官、平民、奴隷達です。皆、私を庇う為に駆け付けて来て下さった方々です」
大神官プレアが答えた。
そう、”最後の守護団”の者達は、彼らが即席で結成された姿だったのだ。
この”前の国”の王族貴族達は、大神官プレアと生贄にして、自分達は生き延びようとしていたのだった。
この大神官の周りの神官たちも、例外ではなかった。
しかし、大神官プレアは、”後の皇帝”による支配を断固拒否し、敵意を露わにしていたという。
故に、命を狙われることとなった。
決して、国民が虐殺されるというわけではなかった。
だが、大神官プレアは、”後の皇帝”に対しては手厳しく、尋常ならざる怒りを表していたという。
”前の国”の次の皇帝として支持しようとはしなかったそうである。
この大神官を守ろうと、一部の国民と”前の国”の政府と内戦になりかけた。
しかし、大神官プレアは、それを止めたのだった。
だが、この大神官を守りたい。
その一心で集まり、プレアを国外に逃そうと身分を捨て安住な生活を捨てて駆けつけてきたのだ。
「プレア様」
”最後の守護団”の者達は、大神官プレアに向かって跪きながら涙を流していた。
「さあ、皆外に出なさい。帰ったら、私に騙されたと言って戻りなさい。そうすれば、咎められることはないでしょう」
というプレア。
「そ、そんな!」
その話を聞き、彼らはうな垂れる。
私は困っていた。
どうしたものかと。
黙って大神官を切れば済むこと。
だが。
だが。
そんな気持ちは彼女を見た時に、一瞬にして消し飛んでしまっていたのだ。
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