もー反発的恋愛感!

@alc8_tsuyoi

第1話

                   ♤


 浅井秀斗あさいしゅうとが、幼馴染の香月かつき……いや、高垣舞依たかがきまいが地方の進学高校に転校する、ということを知らされたのは、ほんのたった数日前のことだった。


「おい舞依!」

「……ん、なにか?」


 放課後。生徒はすっかりけきっていて、教室には人っこ一人としていない。

 夕陽の茜色が窓から差し込んだムードある箱の中で男女が二人、机を向き合わせているシチュエーションというのは、なかなかどうしてロマンティックな想像を掻き立たせるものだが。


「ん、じゃねえよ! 勉強はどうした勉強は」


 机をバンバンと叩く秀斗に対して気にした素振りも見せず、その向かいに座る舞依は、チョコスナックの袋を開けてはボリボリと食べていた。


「休憩だって言ってんでしょ、うっさいわね」

「そう言ってから何分経ってると思ってんだ、せっかくこの俺が勉強教えてやってるってのに」

「なによ厚かましい、ありがとうございますって感謝してほしいわけ?」

「あのな……そもそもお前が、『転校したら勉強に付いていけなくなるぅ~、ぼっち確定だ~』とか言って泣きついてきたんだろうが」

「あーまあ、そうだったかも?」


 目を逸らしながら、しかし、そのチョコスナックを口に入れる手は依然止まらない。


「疑問符を付けるな、食う手を止めろ、テキストにこぼすな!」

「あーもう! 将来は絶対バカの嫁になってやる!」

「…………」


 浅井秀斗、高校二年生……この方十数年、勉強において悩んだことは一度としてない。

 生まれ持った才能と呼ぶべきか、物に対する理解力は人一倍長け、それを応用する柔軟性も充分に兼ね備えていると自負している。

 そのおかげで、定期試験では常に三つ指以内をキープ、周りからも期待され、彼自身も自分の才能を自覚して生きてきた。


 それだってのに――。


(なんでこんなヤツ好きになっちまったんだ……俺は)


 自覚したのは高校入学あたり、今まで幼馴染としてずっと一緒に居た舞依が、急に大人びた姿であいさつしてきた時だった。

 ほんとに自分のことながら、なんて単純なんだと思う。


(告白は高校卒業の時にって決めてたっつのに、こいつときたらなんでこう、いつも俺の予定を…………まあ、こいつが悪いわけじゃないんだが)


 情けないが、今のものの数分のやり取りからしても、気持ちを打ち明けることが簡単じゃないことくらい分かっている。


「……ほら、秀斗」


 舞依の声に意識を戻されて顔を上げると、舞依は眉を八の字にしながら上目遣いでこちらを睨みつけてきていた。

 手に持ったチョコスナックがずいっと差し出される。


「……なんだよ」

「あげるって言ってんの、疲れたんでしょ? 頭使ったら糖分を取ると良いんだって、林先生がテレビで言ってた」

「バカのくせに、そういうことだけは覚えがいいんだな」

「はぁ? バカって誰のこと言ってんの⁉」


(ああ、やっぱり――)


「いいから、勉強戻るぞ。ぼっちになりたくないんだろ」


 なだめるように言って席に着くと、ようやく舞依も大人しくスナックの袋をしまってくれた。


(告白は、大学入学の時だな)


 だが、秀斗が入る予定の大学はもちろん国立だ。

 今の舞依じゃ背伸び何十個積んだって届かない。

 ――だから舞依が引っ越す半月後まで、叩きこめることは叩きこむ。


 そう改めて自分の中で誓いながら、秀斗は舞依から受け取ったチョコスナックを口に入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る