あなたのことを××になれますように

しろがね

今日も私は願う


 私は、自分のことをつくづく最低な人間だと思う。


「しーちゃん、好き……」


 ベッドが軋む音がした後、るりなが抱き着いてきて、私の唇を奪った。


「んん……」


 息が漏れた。


 そして、るりなの舌が私の唇を割って入ってきた瞬間、脳が蕩けそうになって、意識が遠のいていく。


 頭がボーっとしてきたところで、るりなが唇を離した。


 寝起きみたいにぼんやりした視界で私は、るりなを捉える。


「えへへ」


 るりなが幸せそうに微笑んできたため、私も微笑み返した。うまく笑えているか自信がない。


 私のそんな不安を他所にるりなが頬をすり寄せてくる。私は、そんなるりなの長い黒髪を優しく梳くように撫でる。


「しーちゃんがいてくれてよかった」


 頬をすり寄せるのをやめて、真っすぐ私を見据え、満面の笑みを浮かべながらるりなが言う。


 るりなのプリズムみたいに輝く瞳には、どんな私が映っているのだろうか。思わず目を逸らしたくなる。


「私もるりながいてくれてよかったよ」


 ごまかすようにぎゅっ、と強くるりなのことを抱きしめた。


 私は、るりなに心底感謝している。だって、るりなは私の大好きなソラの身体で、顔で、キスしたりしてくれる。


 あの「このまま親友でいたい」と言った声と同じ声で私のことを「好き」と言ってくれる。


 ――中学二年のときにソラに告白して振られてしまって潰えた夢を叶えてくれるのだ。


 でも、どこか物足りない。物足りなさを埋めるように私は今まで何度もるりなを求め続けてきた。


 そのたびに心が黒いもので染まっていくような気がする。でも、止められない。どうしようもない。


 もはや中毒症状だ。


 決して叶うことのない恋だと、とうの昔に諦めていたソラに対する恋心。それを二重人格で記憶が共有されないことをいいことに、私はるりなにぶつけ続けている。るりなには、そんなこと関係ないのに。


 一年前にソラの中に生まれたるりなは、普段、高校で、ソラが二重人格であることを気づかれないようにソラのように立ち振る舞う。そのため、素顔を見せれるのは、私しかいないのだ。


 だから、るりなに私のことを好きになってもらうのは、簡単だった。


 最低だ――。


 こんな風にるりなのことを利用し続ける自分は最低最悪だ。


 でも、どうしても、私の一番はソラであって、そこは譲れない。


 そんなことを考えていると――、


「後ちょっとで交代の時間だから、離れないとね」


 時計を見たるりなが少し膨れた顔を見せてきた。


 るりなは、子供みたいに無邪気で本当に可愛いと思う。これは、私の本心だ。


 でも、このまま抱き合っているわけにもいかないのだ。


「そうだね」


 私は、そう言って、私に抱き着いたままのるりなの背中をトントン、と優しく叩いた。


 悲しそうな顔をしているが、渋々といった様子でるりなは私から身体を離した。


「ソラにバレたらなんて言われるかわからないから……。ごめんね」


 私は、そう、うそぶきながらるりなの頭を撫でる。


 るりなには、ソラに私たちの関係を秘密にするようにお願いしている。


 他の人と付き合っているとソラに知られたくない。そんな酷い理由からのお願いだ。本当に最低だと思う。


 ソラに関しても、性格上自分のことをあまり話さないため、私が昔告白したことをるりなにわざわざ話すようなこともしないと思う。実際、るりなは、何も知らないし、大丈夫だ。


 何でもソラ。ソラとの関係が優先。


 るりなへの罪悪感を感じずにはいられない。でも、やめられない。


 罪悪感を感じながらもるりなの頭を撫でている右手へと視線を落とす。


 撫でられた猫みたいに目をつぶってるりなが喜んでいる。


 こういうところが好ましいと思う。でも、好きじゃない。


 そう思ってしまって再び自己嫌悪。


 その瞬間――。


「あ、多分、そろそろ来る」


 そう言って、るりなが慌ててベッドから立ち上がり、私から離れた。そして、後ろを向いた。その後ろ姿に哀愁を感じてしまうのは、罪悪感のせいだろうか。


 しばらくの静寂の後、るりなの頭がガクッと下がる。


 部屋の壁かけ時計が時を刻む音がよく聞こえる。


 私はひたすら、ただ、そのときを待つ。


 そして――、


「おはよう。栞」


 彼女が振り返った。


 ソラだ。


 一目見てすぐわかる。


 その落ち着いた口調に。その冷たい表情に。私の心臓が跳ねあがる。


 るりなのあどけない少女のような表情とは全く違う。見たもの全てを突き刺す氷みたいなソラの表情。背筋がぞくぞくする。


 その表情に私は、ああ、やっぱり一番はソラだ、と思ってしまう。最低だ。


 でも、この気持ちはどうしても止められない。


「おはよう。ソラ」


 目覚めたソラに私は、努めて冷静に言った。


「るりなと何してたの?」


「ただ話してただけだよ」


「そう」


 訊いてきたのはそっちなのに、興味なさげな顔をして、ソラはそのまま読みかけだったと思われる文庫本に手をのばした。でも、それでいいのだ。


 一切、こちらに視線を向けないソラ。


 昔、告白されて振った相手のことを全く意に介さないような態度に私は、安堵する。


 こういうソラを見ると、私は、まだソラと一緒にいていいんだ、と安心できるからだ。


 一番好きなソラと一緒にいれて、るりなに願いを叶えてもらう。


 こんな関係、間違っていると思う。でも、最低最悪な私は、この関係を望んでしまうのだ。


 何度も何度もこの関係をやめようとした。


 しかし、終わりを告げようとしても、いつも言葉がつかえて出てこない。そうして、結局、何も知らないるりなを求め、ソラに知らん顔を貫くのだ。


 結果、今日も自己嫌悪。無限ループだ。


 だから、私は、今日もこう願う。


 ――あなたのことを嫌いになれますように。


 そして。


 ――あなたのことを好きになれますように。

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