着物生活、始めました

土橋俊寛

着物生活を始めたわけ

五年くらい前から着物生活を始め、一週間の半分ほどは普段着として着物を着ている。


「何かきっかけがあるのですか?」


安直な理由ながら、きっかけはある。


大学に所属する研究者は一定の条件を満たすと研究休暇を取得することができる。私はこの研究制度を利用して一年をスペインで過ごしたのだった。着物生活を始める前年のことだ。


ある日、バルセロナの繁華街を歩いていると、浴衣に身を包んだ若いカップルに出くわした。私は驚いて思わず声をかけた。


「その浴衣、いったいどこで手に入れたの? いや、そもそもどうして浴衣を着ているの?」


見知らぬ日本人に突然そんなことを訊ねられた彼らは当然戸惑ったが、それも一瞬のことで、すぐに満面の笑顔になってこう教えてくれた。


「この先の広場で日本フェスをやってるんです。そこで浴衣を買ったんです」


今度はその答えを聞いた私が驚く番だった。まさか遠くスペインで日本フェスなどというのが(たまたまこの時期に)開かれていて、スペイン人が浴衣を楽しむなんて。


さっそく広場へ足を向け、その日は屋台のたこ焼きを食べ、日本式の将棋を指せるブースでスペイン人と対戦し(そして見事に打ち負かされ)、浴衣姿の外国人を見やったのだった。そして、こう思ったのだ。


――日本文化、なかなかあっぱれではないか。


そして、こうも思った。日本に帰ったら夏はきっと浴衣を着よう、と。


実際に帰国後は浴衣をあつらえ、短い夏の間中悦に入って過ごした。夏が終わるとさすがに浴衣というわけにはいかず、まだまだ物足りない私が秋から着物を着始めたのは当然の流れだった。そして現在に至る。

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