徒然なるままに、日暮パソコンに向かいて。

土橋俊寛

ワインの海

一日の中で最も好きな時間というのは人それぞれだろうが、私にとっては仕事を終え、自宅に戻り、夕食を摂り、そしてそのあとに来る、読書の時間だ。文字通り机に積まれた「積ん読」の本を1冊手に取り、のんびりした気分の中で本を読むのが私にとっては至高の時間なのである。そして、たいていはお酒が読書のお供を務めてくれる。


その日は赤ワインを満たしたグラスを脇に置きながら本を読んでいた。また一口飲もうとグラスに手を掛けると、小さな虫がワインの海に浮かんでいるのが見えた。そういえばさっきまで八の字に飛ぶ虫が時々視界に入っていたような気がする。


流石にそのまま飲むわけにはいかない。グラスに小指を入れて虫を取り出した。すると意外なことに、小虫が指先に移動し始めた。てっきり溺れて死んでいるのだと思っていた。


何となく楽しくなって、虫が潰れないよう気をつけてティッシュペーパーの上に移した。ティッシュペーパーに紫色の染みが広がる。この大きさの虫にとってワインはとてつもなく粘性の高い物体だろう。でもしばらくして身体が乾けば、そのうちにまた飛び立って行くのだろうと思う。もう二度とワインに溺れないように。

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