kalei do scope②
「ただいま、ソフィア」
ソフィアがその声を聞いたのは実に三年ぶりだった。
「お帰りなさいませ」
主はやけに疲れた顔をして扉を開けると、そのまま椅子に座り込んだ。
「やっぱり家は落ち着く。あぁ、そうだ。アレはどこに?」
主の言う「アレ」とは、何だったかと思うよりも早く、彼女はすぐ近くの書棚の中から一冊の本を抜き出すと、「こちらです」と差し出す。
「ありがとう」
主は礼を述べると、その本を徐に開く。それから何もないページにそっと手を触れると、そのページが急に燃え上がり、やがてその炎と同じぐらい色鮮やかな、小指の先程の大きさの、オレンジ色に輝く石が着いたピアスが一つ現れる。彼女の緋色の髪の毛とは少しだけ違う、でも、とても美しいそれ。
もう何度も見たはずなのに、その光景を見ると、あぁ、彼女がここに帰って来たのだと実感できるから不思議だ。
「今回はどちらへ?」
ソフィアはそんな気持ちに蓋をして、主の好きな紅茶の葉でお茶を淹れながら、世間話程度に訊ねる。
「ん? あぁ。今回はモルガナ国にあるとある田舎町にね。久々に長居してしまったよ」
主は慣れた手つきでオレンジ色の石が着いたピアスを右耳にぶら下げると、ソフィアから受け取った紅茶を一口啜りながら、深々と息を吐き出した。
「確かにそうですね」
主は今までも家を空けることはよくあった。しかし、長くても一年ほどで、今回は今までで一番の長さだった。
「何かお気に召すことでも?」
ソフィアは主の後ろに立つと、置物のように、じっと彼女の緋色をした髪を見つめた。
「んー? お気に召すって程じゃ無いけど、ちょっといい出会いがあってね。金髪のくるくるした髪の、面白い少年がいたよ」
主は愉快そうに笑うと、勢いよく紅茶を煽った。別に、主が家を空けるのは心配していなかった。一度結びを行ったことで、彼女が死ぬまでソフィアの身体が滅ぶことは無い。それが分かっている以上、自らの身体に何も無ければ主には何事も無いことは分かっていた。
「そうですか」
ソフィアの言葉に、主は苦笑いを浮かべた。
「寂しかったかい?」
主はくるりと振り返ると、自らの使い魔を見た。彼女の魔法で、大きなものの少女と同じくらいになったその使い魔は、表情こそは無表情だったが、何処か拗ねているような印象を受けた。
寂しかった、のだろうか。ソフィアは主のいない生活を思い出していた。することは主が居るときとほとんど変わることは無い。庭の手入れをし、家を掃除し、料理を作る。ただ、それが自分のためか、そうでは無いかだけの違い。
確かに、主がいない間は、家ががらんとしていたように思う。けれど、それだけだった。
だからこそ、ソフィアには分からなかった。
「分かりません」
ソフィアはそう正直に答えると、一礼をして自らの寝床である屋根裏へと続く階段を登っていく。主はそんな彼女を見て、年頃の娘を見るような、そんな視線を向けた。
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