kalei do scope

kalei do scope①

 頭より大きな花冠を、そっと抱きしめる。それはほんのりと暖かく、この花が生きているのだと小さな妖精に実感させた。


 大きなものは彼女達家事妖精をブラウニーと呼んだ。けれど、その妖精は他のどのブラウニーよりも小さく、周りは彼女のことを役立たずだと笑いものにした。


 周りのみんなは立派に家事妖精としてそれぞれ大きなものの家に憑いているにもかかわらず、小さな妖精は未だ何処の家にも憑くことが出来ないでいた。そんな彼女が唯一居座ることが出来たのは、誰も住み着くことは無いようなこの小さく、見窄らしい小屋だけだった。


 誰もいない独りぼっちの空間。自分以外にいるのは花と、虫だけ。それでも彼女は構わないと投げ遣り気味に思っていた。他のブラウニー達と居れば、自分は馬鹿にされるだけ。それに、例え自分が大きなものの家に憑くことが出来たとしても、このサイズでは何の役にも立たないだろう。


 小さな妖精は溜息を吐いて、とぼとぼと歩を進めた。せめて翼でもあればもう少し変わったのだろうか。そんなことを考える度に、彼女の顔には自嘲の笑みが浮かんだ。


 彼女が辿り着いたのは、拾い集めた金屑と、少量の布で作った小さな小さな寝床。小屋の隙間から吹き込む風も、この中でなら少しも寒くは無かった。


 だからその日も、小さな妖精は今までと同じように眠り、今までと同じように目覚めると思っていた。


 ――コンコンッ。


 控えめなノックの音が小屋の中に響く。小さな妖精は最初、石か何かが転がってきた音だろうと考え、少しも気に留めなかった。しかし、ある一定の間隔で、何度も何度もノックの音は部屋に響く。流石にこれは変だと思い、彼女はそっと寝床を這い出した。


 仲間のブラウニーが訪ねてきたのだろうか。いや、それとも他の妖精か。どちらにせよ、彼女にとっては初めての訪問者だった。少々不安になりつつも、それ以上の高揚が、彼女を扉の前まで大急ぎで移動させた。


「だぁれ?」


 小さな妖精が扉の前で訊ねると、返事をするように、もう一度だけ扉をノックする音が聞こえた。


「……誰か」


 それは風が吹けば一緒に飛んで行ってしまいそうなほど、とても、弱々しい声だった。


「どうぞお開けください。私は身体が小さく、その扉を開くことは出来ないから」


 小さな妖精の言葉が届いたのであろう、扉は遠慮がちに開いていく。


 月明かりが少しずつ部屋の中を照らし、やがて一つの大きな影をかたどった。逆光の中でも、それが一人の大きなものであると小さな妖精は分かった。ただ、普通の大きなものとは違う、こちらの生き物と同じ匂いと、彼、彼女らのそれが混ざったような匂いがした。のちに、目の前の人物は、そんな自らを『半端モノ』だと卑下した。


「やぁ、君は……ブラウニーかな?」


 大きなものは小さな妖精の姿を確認すると、優しい声音で訊ねた。逆光であっても、大きなものが微笑んでいるのだと分かった。


「私は……」


 彼女は少しだけ口ごもると、か細い声で、ブラウニーです、と答えた


「そうか。やっぱりブラウニーだったか。だとすると、ここにはあるじがいるのかい?」


「いいえ。ここにはずっと私だけ。主様あるじさまなんていないわ」


 小さな妖精が諦めた声音で答えると、大きなものは小さく笑った。


「なら、わたしと同じだ」


「えっ?」


 彼女が驚いていると、大きなものは、軽く頷いた。


「わたしもね、一人だ」


「一人……」


 小さな妖精はまるで譫言のようにその言葉を繰り返した。


「そう一人。だから、わたしには何処にも行く当てが無いのさ」


 大きなものはそう言うと、悲しげに微笑んだ。その笑みがとても痛々しくて。小さな妖精は気が付けば叫ぶように言っていた。


「どうせならここに住めばいいじゃない」


「ここに?」


 小さな妖精は何度も頷く。すると大きなものは喉の奥でくっくっと笑った。


「こんな見ず知らずの魔女が住んでも構わないのかい?」


「魔女?」


「そう。わたしは汚く、醜い魔女さ」


 大きなものはそう言うと、指を軽く振った。すると、今までぼろぼろで見るに堪えなかった小屋が一瞬にして見違えるほど綺麗で、生活感のあるものへと変わった。


「凄い……」


 小さな妖精は思わずそう漏らしていた。


「これで信じて貰えたかな?」


 そう言った大きなものの顔はランプの灯りに照らされて、先程まで分からなかった隅々まで窺い知ることが出来た。まず目に飛び込んできたのは、ランプの灯りよりも、もっと朱い緋色の髪の毛。中途半端に下半分だけは艶やかな黒色をしており、そこから大きなものの匂いがした。


 顔は恐らく東の者の血が混ざっているのだろう。こちらでは余り見かけない顔立ちをしていた。それでも、美しく整った顔立ちであった。これのどこが汚く、醜いのだろうか。むしろ、夜明け前に見られる、白銀の空のような壮麗さだと小さな妖精は思った。


「信じるもなにも、貴女からはずっと私達と同じ匂いがしていたもの」


 小さな妖精が胸を張って言うと、大きなものは興味深げに声を漏らした。


「どうやら、わたしもやっと、少しだけでもそちらの仲間入りが出来たようだ」


 大きなものは少しだけ悲しそうに微笑んだ。小さな妖精はどう言うことだろうか、と頭を捻る。しかし、大きなものはそんな様子を見て見ぬふりか、次の言葉を伝える為に口を開いた。


「出会って間もないのだが、もしよかったらわたしがここに住んでも構わないだろうか。それに、君さえよければ、わたしが君の主となろう」


 大きなものは、その両手でそっと小さな妖精を掬うと、自らの視線の先へと持って行った。美しいダークブラウンの瞳がじっと彼女を見つめた。


「本当に? 本当に貴女が私の主様になってくれるの?」


 小さな妖精は自分でも驚くような大きな声でそう尋ねた。大きなものは優しい笑みを浮かべて、もちろん、と答えた。


「あぁ。わたしが君の主となろう」


 大きなものはその結びを噛み締めるように、そっと繰り返した。


 結び――それは妖精が主を得、そしてその主と全てを共有する契約のこと。


 遠い昔、ブラウニーの誰かが教えてくれた。私もいつか結べるだろうかと、小さな妖精はずっと思い続けていたこと。


「私は小さく、何の役にも立たないブラウニーなのよ?」


「構わないさ。役に立つ、立たないでは無く、わたしと同じ、一人ぼっちの君との結びを誓いたい」


「変わり者ね」


 そう言って小さな妖精は笑った。


「そうかもしれないな」


 大きなものは優しげな笑みを浮かべた。


「さあ、名を教えておくれ、小さなブラウニー」


 大きなものは目を閉じると、祈るかのように呟いた。


「名前――」


 妖精や、魔力を持つ生き物にとって、名前とは大きな力を持つ。故に、名前を教えると言うことは、仕える主人の魔力が尽きるその時まで仕え続けるという盟約となる。


「私の名前は――ソフィア」


 名を告げた瞬間、小さな妖精の身体は淡く、白い光に包まれる。


「ソフィアか……良い名だ」


 大きなものは目を閉じ、そう囁いた。


 この日を境に、小さな妖精は、魔女の使い魔となった。

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