丸山幸太郎とあるパワースポットにいる人ならざるモノとの関係
田吾作Bが現れた
とある日のこと
「ヒィッ!? ば、化け物だー!! 」
そう言いながら男は青ざめた顔で山を一気に駆け下りていく。パワースポットとやらに連れて来た相手のことも忘れ、男はただ一心不乱に走っていった。
「化け物って……そりゃないじゃないか。せっかくここに連れて来たってのにさぁ」
それを見た当人は今回もため息を吐いてしまう。昔はともかく、今はしょっちゅうここに連れてきては逃げ出すものだから、彼もそれに慣れてしまっていた。ただしそれが嫌かどうかはまた別問題だ。
『当然だろうが。普通は俺を見たら逃げ出すに決まってる』
するとこの山のパワースポットと呼ばれる『三つ子岩』からニュルリと人ならざるものがツッコミをしながら現れる。
姿かたちは人のそれに近いのだが、着ている着物ごと体は全体的に透けており、またはだけている上半身のところどころに見える亀裂はいずれも口のそれであった。当人の顔にある口も耳の近くまで裂けており、いずれの口も不規則に開くものだから余計に不気味さを感じさせる。
「そうはいうけどさーウテツー、あの人絶対驚かないって言ってたんだぜー。信じてたのになー先輩」
しかしバイト先の先輩を連れて来たこの男にとっては大して反応することでもない。むしろバイト先の先輩が自分の言をひるがえしたことに傷ついていたぐらいだ。
『お前は誰であっても無条件に信用するのをやめろ。あの反応が普通なんだよ』
そんな彼にウテツと呼ばれた人ならざる存在はまた呆れた様子で注意をする……頭に手を当てながら、長年の友人のように振る舞うこの男を人外の存在は見つめるのであった。
◇
バイト先の先輩を例のパワースポットへと案内した丸山幸太郎は、幼少の頃より人ならざるものが見えていた青年である。
「なぁウテツ、ここ最近で俺が連れて来た人以外に誰かか何かって来た?」
『いいや微塵も。昔だったらお前があくせく働く必要すらなかったし、俺が相手を選んでも何一つ問題ないぐらい余裕があったな』
人ではない“何か”というものに興味はあったものの、物心ついてからすぐに家族にそのことを話して『それは絶対に他の人には話すな』、『それに触れてはいけない』と忠告をされたため、聞き分けの良い彼はそれをある時までずっと守ってきていた。
「そっかー。参ったなぁ。一応PostEXでも拡散しているってのに収穫なしかー」
『そのぽすて、っくすだったか? 要は
しかし彼の両親と姉はそんな彼自身のことをカミングアウトした時から不気味がっていた。今ではまだマシな具合には落ち着いたものの、それを薄々感じ取っていた幸太郎は大学に進学すると共に一人暮らしをしている。
『しかし難儀なものだな。当たり前といえばそうなのだが、お前が連れてくるのは真っ当な奴じゃなくて物好きばかりだ』
そしてウテツが述べた通り、幸太郎の今の知り合いはそういった輩ばかりである。もちろん昔は普通の友人がいたのだが、今となっては疎遠となってしまっていた。
「まぁね。でも仕方ないよ。あの時ウテツが助けてくれなかったらどうにもならなかったし。その恩返し」
が、そのことを幸太郎は深刻に捉えてはいなかった。それは過去にウテツが彼を結果的に助けたことがあったからだ。それは幸太郎が中学二年生だった頃、襲い掛かってきた怪異によって彼はほんの数日で死ぬ呪いがかけられたことがあったのである。
『例のよくわからん奴か。ま、同類が欲しかったんだろうよ』
家族の言いつけをずっと守って生活していた幸太郎であったが、だからといって何事も無かったという訳でもなかった。怪異の方から襲い掛かられることもそれなりの頻度で起きており、それをどうにか紙一重でかわし続けていた。
「うん。けれどもあの時はウテツがいなかったらやつれて死んでたって確信があったし」
だがある日、家への帰りで出くわした怪異――三メートル程の人とムカデとヤドリギを足した何かに追い掛け回され、背中に種のようなものを植え付けられてしまったのだ。『おマエはミッかゴになかマになル』と言い残して怪異は去ったが、その頃から自分にだけしか見えないヤドリギのような何かが急速に伸び始め、みるみるうちにやつれていったことがあったのである。
幸太郎は何としても生き延びようと不審に思った家族共々様々なオカルト関連のものに手を出し、怪しい祈祷師や坊主に連絡を取っては無理矢理会って何とかならないかと相談したこともあった。しかしいずれも不発に終わり、『お前が変なのに手を出したのが悪い』と最終的には親や姉になじられる始末であった。
『だろうな。アレの呪いは中々に強力だった。まぁその分旨かったがな。奴も含めて』
そんな時、
そこでウテツと出会い、彼から呪いを食らってもらった上に自分を追いかけて来た元凶すらも腹に収めてくれたのである。その恩から幸太郎はここをよく訪れるようになったのだ。
『しかしお前も本当に変わり者だな。何も用事が無くともこうして顔を出すからな。まぁ退屈はしなくて済むが』
「まぁねー。俺の恩人だし、色々と話聞いてくれるし」
しばらくは恩を返そうと菓子やら何やらを持ってここを訪れたのだが、そのウテツからすればそういったものは価値のない代物でしかなかった。悪霊や人に仇成す何かを食らう存在であったため、報いるのならばそれを連れてくるか喋り相手になれと言ったのである。
結果、人ならざるものに苦しめられているやもしれない人を連れて来ようとしたり、話に興じるようになったのである。例のバイト先の先輩もそうだった。
「そういえばウテツー。あの人に憑いてたヤツ、食った?」
『その前に逃げられたぞ。全く、アレに憑いていたのは中々大きかったな。それが食えなかったのが悔しくて仕方ない』
「そっかー」
それらを十年近く繰り返し、幸太郎はウテツと“友達”に近い今のような気安い関係となっている。ウテツとしても十回に一度程度は怪異の類を食らうことが出来る上、貴重な話し相手ということもあって幸太郎を気に入っていた。
「最近はからかいに来る人もいなくなったしねー。何度かアカウントも変えては誘ってみてはいるけど失敗ばっかだし。そこだけはなー」
しかしそれ故に幸太郎からは真っ当な人間が寄り付かなくなってしまった。『悪霊が見える』だの『妖怪を呼び寄せる奴』といった悪評がついて回り、また元から人ならざる存在が見えていたものだから否定できない。
ウテツに入れ込んだ辺りから昔からの友人とも疎遠となり、家族との溝も少し深まってしまったのだ。けれども自分に対しての悪く言われることだけは彼はそこまで気にしてはいなかった。
「このままじゃウテツもヤバいじゃん……悪霊とか食えなくなって消えたらどうすんのさ」
幸太郎にとって一番懸念しているのはウテツの存在である。人ならざる身であれど、彼とて腹を空かせるが故に怪異を食えないことが続いて消えてしまわないか不安で仕方なかったのだ。命の恩人であるこの怪異に入れ込んでいるが故の悩みであった。
「やっぱりここ数か月は失敗がやたら多いし、もっと何か根本的な――」
『やめろ馬鹿』
どうすればいいかと真剣な表情で思案する幸太郎を、ウテツはたしなめるような声色で止める。振り向けばやや呆れた様子でウテツが幸太郎を見つめていた。
『数か月そこらで消える? 馬鹿抜かせ。俺はな、ここが悪縁切りの名所として世に広まった頃から存在してたんだ』
その一言でようやく幸太郎は思わずハッとした。そう。この山のパワースポットは他の場所と比べたらそこまで有名ではないにしても、かつて自分が三日間御利益のある場所を調べてヒットした程度にはここは名が知れているのだから。
『そりゃあ最盛期の頃と比べりゃ細々としてはいる。近頃はどいつもこいつも山に登って俺に参ろうって気概がねぇ奴らばかりだ。だが、訪れない人間がいないって訳じゃねぇ。お前の助けが無くってもな』
そう言われてしまうと幸太郎としても委縮するしかない。何せこちらが何もしなくってもなんだかんだウテツはここに存在し続けていたのだから。申し訳なく思っていると、またウテツは大きくため息を吐いて幸太郎の方を見やる。
『まぁだからって俺と長々話すような数奇者はお前だけだがな。俺のためにわざわざ何度となく足しげく通うような奴もな。悪縁を切るよう祈ってそのまま来ない奴らよりは少なくともマシだ』
「ウテツ……!」
その言葉を聞くと同時に心が晴れたと幸太郎は感じた。己の中の焦りや申し訳なさが無くなったからである。長くパワースポットの主としてここにいるウテツの存在のすごさに感服しつつも幸太郎は決意を新たにする。
「ありがとうウテツ。でも俺やるよ。あの時も今回もウテツに助けられたんだから」
『ハッ。だったら何人もの人間がここを毎日訪れるような場所にしてみせろ、坊主』
「うん! やってみせるよ!」
遠慮のないウテツの一言に幸太郎は意気揚々と返事をする。それを見てがっはっはと豪快にウテツは笑い、つられて幸太郎も笑みを浮かべた。
「……あ。もうこんな時間。ごめんウテツ、また今度」
そうしてまた談笑に興じているといつの間にやら日が沈んでおり、それに気づいた幸太郎は名残惜しそうに別れのあいさつをしてから山を下りていく。
『おう。次は俺が食える悪霊憑きを連れてこいよ』
「あはは。そういうので困ってる人なら絶対連れてくるから!」
去り際に毎度やるあけすけな要求にも幸太郎は笑顔で返し、そのまま彼の足音が遠ざかっていく。
『……ま、別に悪霊の類なんぞ食わなくともどうとでもなるがな』
……そして幸太郎がいなくなると共にウテツはやれやれといった様子で漏らした。
この山でウテツが祀られるようになったのはかれこれ四百年近く昔のこと。生前のこの存在は幼少より不思議な力を持ち、元々は『他人の負の感情を無に帰す』ものであった。それ故に村の者たちから奉られ、生前のウテツもまた村の者たちのために己の力を振るったのだ――それは死した後にもだ。
その死を以て人を超え、更なる才を得て我らを護りたまえ。そうして村人から『
『奴が連れて来たあの男の感情は多少は食らえたからな。焦りと嫉妬、侮蔑に満ちた情。中々に美味であった』
幸太郎が連れて来た先輩とやらに憑りついていた、二つの頭に三つのクチバシを持ったカラスが如き様相の怪異を食らうことは失敗した。しかしその憑りつかれた当人の感情は食えたのだ。少量とはいえ、それだけでも十分に腹を満たせたほどに。
『それに……奴の心配も焦りもひどく甘美だったぞ。くくっ』
それは幸太郎の抱いた焦りや申し訳なさに関してもだ。これほどまでに純粋に自分を思う存在が抱いていた感情は特に旨く感じ、しばらくは食らわずとも問題ないと思えるほどにウテツは満たされていた。
『これほどまでに俺を思うのだ。ならば貴様の“友”としてやっていかねばなぁ。幸太郎』
それ故にウテツは幸太郎を気に入っている。ウテツは人の感謝の情などは食えない。祈りを力にすることは出来ない。されど己に寄せる“負の感情”だけは手に取るようにわかる。故にウテツは己の“友”とまた会える日を心待ちにするのであった。
丸山幸太郎とあるパワースポットにいる人ならざるモノとの関係 田吾作Bが現れた @tagosakudon
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