scarlet philosophia③

 彼女と出会ってから既に数日が経った。僕は彼女と初めて出会ったあの日、スズナの作ったという猛獣除けのお守りを持って何度も彼女の小屋を訪れていた。


 彼女の小屋は森の奥に有り、お世辞にも綺麗とは言いがたかった。けれど、木々の優しい雰囲気がそこに居るだけで心が落ち着くような気がした。


 スズナ曰く、この森には化け物はいないが、熊や猪といった猛獣が出るらしい。だから、大人達は子供達が近づかないように、あのような嘘を言っているとのことだ。


 彼女の家の周りには見たことも無いような植物が多く栽培されており、僕が訪れると、毎日それらを適当に摘んで美味しいお茶を淹れてくれていた。


「ねえ、どうしてスズナは毎日薬草を採りに行ってるの?」


 僕はその日もスズナに作って貰ったお茶を啜りながら、気になった事を尋ねる。スズナは読んでいた小説から顔を上げて、指を軽く振った。すると、部屋に置かれている戸棚の扉が勝手に開き、中から数個の小瓶がふわふわと躍り出てきた。


「おいで」


 スズナはそう言って優しく微笑むと、僕に手招きをした。僕が近寄って中を覗き込むと、深い緑色をした液体がぼこぼこと音を立てて入っていた。


「これはキバナノクリンザクラにマンドレイクの声帯を混ぜた物。後は妖精の力なんかを借りてるから、普通の鎮痛剤よりも何倍も効くよ」


 彼女はそう言って指を突っ込むと、どろりとした液体を指に纏わり付けて僕に見せた。


「これは君の村で配っている物だから、きっと君の家にもあると思うよ。帰って確かめてみると良い」


 スズナは指に付いた薬をぺろりと舐め取ると、またもう一度指を軽く振って小瓶を元あった場所に戻した。


「スズナって本当に魔女なんだね……」


 僕が目を丸くしていると、スズナは楽しげに笑った。


「今更だよルーベンス」


 彼女はハハッと楽しげに笑ったかと思うと、今度は急に真剣な顔をして考え込んでしまう。


「ど、どうしたの……」


僕が少しおどおどして尋ねると、スズナは悪戯を思いついた子供のような無邪気な顔でにやりと笑った。


「そうだ。ルーベンス。薬草の調合を手伝ってくれないか?」


「ぼ、僕が……?」


「ここに、君以外のルーベンスと名の付く人間がいるかな?」


 スズナは何を言っているのか分からないとでも言いたげな視線を僕に向けると、小さく小首を傾げる。


「いやいや……僕はただの人間なんだけど……」


「なんだ。君はそんなことを気にしていたのかい? ならそんなことは気にしなくて良い。わたしが今から君に教えるのは特別な薬草や、魔法なんかを使わないような本当に基礎的なものさ」


「えっ? そんなものがあるの?」


 僕が驚いていると、スズナはさも当然だとでも言いたそうに頷いた。


「もちろん。わたしがしていることは、薬の効果を最大限に高めることをしているだけさ。別にさっきの薬だって、マンドレイクの声帯や、妖精の力を借りずとも十分な薬となるんだよ」


 スズナは少しだけ得意げに言うと、持っていた本をぱたりと閉じて立ち上がった。


「じゃ、じゃあ僕のこの髪の毛も、スズナみたいな真っ直ぐな髪に出来る薬も作れるのかな?」


 スズナの後を追いながら僕が興奮気味に尋ねると、彼女はくすりと笑って、それは君次第かなと答えてくれた。


「僕でも出来るなら……僕も学んでみたいな……」


 スズナはその言葉を待ちわびていたとでも言いたげに、にやりと笑うと、指をくるりと回した。すると、棚から分厚い本がふわりと浮かび、やがてそれはスズナの手の中に、すっぽりと収まった。


「では、今から私が君の師匠になろう」


 そう言って笑うスズナの表情は、何処か誇らしげだった。

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