scarlet philosophia

scarlet philosophia①

――僕の出会った魔女は、全然魔女らしくなんかなかった。


「どうしてスズナの髪は緋色なの?」


 森を歩きながら、ふと疑問に思ったことを尋ねる。すると、スズナと呼ばれた女性は愉快そうに笑って、自らの髪を軽く撫で付けた。


「知りたいかい?」


 スズナの言葉に、僕はゆっくりとした動作で頷く。


「それはね。わたしの髪には火が取り憑いているからさ」


 スズナはそう言うと、腰まで伸びた髪を軽く握って、触ってみるように促した。


「……暖かい」


 彼女の髪の暖かさは、人肌に温められたそれとは違う暖かさがあった。これが彼女に取り憑いた火の温度なのだと考えると、少しだけぞっとした。


「いいかい、ルーベンス」


 スズナの言葉に僕は髪から手を離して、彼女を見つめた。


「魔法というのはね。すぐに掛かる魔法と、ゆっくりと掛かる魔法があるんだ」


 彼女はそう言ってしゃがみ込むと、地面をノックするように軽くトントンと叩いた。すると、青い茎がするすると伸びて、ある高さまで来ると、ふわりと朱色の花を咲かせた。


「これがすぐに掛かる魔法」


 スズナは静かに立ち上がると、悪戯っぽく笑った。


「じゃあ、ゆっくり掛かる魔法は?」


 僕の問いに、スズナは自らの髪を指さすことで答える。


「この髪はすぐにこうなったわけじゃ無い。まるでわたしの身体を蝕むようにゆっくりと染まっていったのさ」


 彼女がそう言った瞬間、一陣の風が吹いた。風は僕らの髪や服を愉快そうに揺らすと、そのまま何事も無かったかのように走り去る。


「いいかい、ルーベンス」


 スズナは、先程と同じ言葉を、先程と同じような口調で言った。


「魔法は掛けるのも解けるのも一瞬だけではないんだ。ゆっくりと解けることだってある。それこそ雪が春の陽気で溶け出すように。まあ、魔法を解くには何かしらの鍵が必要となるんだけども」


 スズナはそう言って優しく微笑むと、背を向けてゆっくりと歩き出した。木々はスズナが歩くのを邪魔しないようにさっと道を空ける。僕も再び木々が閉じてしまわないうちに、彼女に着いて行く。


「人間関係も魔法も。なーんにも変わらないんだ。覚えておくと良い」


 スズナは一度も振り返らずに歩き続ける。彼女が言っていることの真意は分からなかった。けれど、彼女が自分を思って言ってくれているということだけは分かった。


 彼女の言葉の一言ひとことがまるで、魔法のようだ、と思った。


 そんなスズナの背中を見て、ふと、自らのことを「魔女」だと語る、彼女に会ったのはいつだっただろうかと頭を捻る。


 その答えが出るのと、コスモスが一面に咲き乱れている場所に出たのは同時であった。

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