俺に訪れるトラゲティ

はづき

第1話:初めての後輩

 高卒3年目の春。速多月輝はやたひかるはこの辺では唯一の建設会社、中木なかぎ建設の事務員として働いている。周辺は中古のアパートが並び、スーパーもあり、そこそこは栄えている街だ。去年から1人暮らしを始め、毎日充実した日々を送っていた。


 新年度初日。去年はいなかった新入社員が1人、来ると聞かされている。今、社長とお話し中のようだ。


侑生ゆう先輩、どんな人なんですか? 面接は来たって聞いたけど、何者かまで分からなくて。」


「女の子だな。ついさっき初めて会った。高卒とは思えないぐらいしっかりしてそうな子だった。『今日から、よろしくお願いします!』と深々とお辞儀してたし。」


社長室のドアが開く。


「ま、お前さんにとっては初めての後輩になるんだ。仲良くするんだぞ?」


そう言って月輝の左肩をポンと軽く叩いたのは、入社5年目で経理課の課長になったばかりの木崎きさき侑生だ。この男はかつて新人時代の月輝の教育係を務めていた。


 新入社員の子が月輝たちの前に現れた。


「今日から中木建設の事務員として働くことになりました、山内やまうち珠々すずです。よろしくお願いします!」


珠々は緊張しながらも、はきはきした口調で挨拶をした。挨拶の後、温かい拍手が送られた。


「では、人事課の速多くん。」


「はい?」


社長から月輝宛にその場でお声がけがかかる。


「山内さんの新人教育係、引き受けてくれるかね?」


「は、はいっ! やります…!」


こうして、先輩としての日々が始まる。


☆☆☆


 珠々はエクセルやワード、簿記の検定を持っており、月輝から教えることは最低限で済んでいる。初仕事を終え、珠々は緊張が解けたのか、ゆっくり深呼吸していた。退社し、帰り道。


「先輩、教えるの上手いですねー。退屈しないで済みました!」


「いや、俺は何もしてないよ。山内さんがこんなにパソコンできるとは驚いた。」


自分が新人の頃より明らかにできる後輩を見て、月輝はただただ驚いていた。分かれ道で珠々と別れ、近所のスーパーに寄り夕食の材料を買いに行った。買い物を終え帰宅しようとすると、自分の家の近くに畳まれた引っ越し屋さんの段ボールが複数置いてあった。


(何だこれ? そういや、昨日か一昨日ぐらいにトラック来てたなぁ。)


そのうちこのアパートの新入りさんが挨拶に来るだろうと思っといて、帰宅。


 翌日。月輝は思いもよらない形でこの新入りさんと鉢合わせすることになる。


「え? せん…ぱい?」


先に声を発したのは珠々だ。


「山内さん、君かーい! 引っ越してきたのは!」


「えへへ…、すみません。ばれちゃいましたね。」


月輝からの突っ込みに苦笑いを浮かべた珠々。


「気を改めまして。今日もご指導願います。月輝。」


「おう!」


同じアパートからの一緒の通勤がおまけとして付属。これは、単なる偶然に過ぎない。お互いにそう思っていた――


☆☆☆


 珠々が中木建設に入社し、一緒に通勤するようになって1か月近くがたった。月輝は慣れない教育に、珠々は初めての書類作成に悪戦苦闘していた。2人にとってあっという間の1か月だった。既に珠々は1人の先輩として月輝のことを信頼していた。


「先輩、助けていただいてありがとうございました…。締め切りに間に合わないかと思いましたよぉ…。」


書類を出し終え、ひと仕事を終えた珠々は疲れ切っていた。


「本当にご苦労さん。俺もそんな頃あったなぁって思いながら見守ってたよ。」


「そうだったんですか?」


「うん。侑生先輩からビシバシ鍛えられてねぇ、毎日が地獄だったよ…。」


数秒間の沈黙の後。


「仕事は大変ですけど! 月輝先輩のおかげで地獄じゃないですっ!」


「本当か?」


「はい! 大変ですけど、楽しいです。こうして毎日のようにお話しできますし。私……今までそんな友達いなくて。高校まで友達って言える人がいなくて。ずっと1人ぼっちでした。だから、地元を出たくてこっちに来たんです。」


珠々が初めて明かした本音。それを聞いた月輝は何も言ってあげられなかった。

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