スキ探し

ざるうどんs

第1話

授業中という言葉を聞いて、どんな情景が浮かぶであろうか?


 しっかり授業を受けている者、居眠りをしている者、内職に励む者。思い思いに六十分間を過ごす。


 そんな中、私は窓の外の彼に釘付けであった。そこに居たのは、数日前に亡くなった彼であったから。彼が何かを伝えようとしているが聞こえない。私は返事の代わりに笑顔で手を振り返す。


──「百花がスキです。付き合ってください」


 数ヶ月前、彼から告白を受けた。彼は同じクラスメイトの安藤。野球部のエースで、顔も良く、クラスの人気者であった。


「はい」


 私は彼が大嫌いであった。だが、首を縦に振った。私の今の生きがいは、スキを見つけることであった。スキを見つけるためならなんだってするつもりだ。


 彼は私の返事に、白い歯を見せて嬉しそうに笑う。私にもこういう風に笑える日が来るのだろうか。そんな不安とともに彼との交際をスタートした。


 学生カップル定番の、カラオケやカフェなどでデートした。だが、一向にスキを見つけられそうになかった。どうしてもスキを見つけたかった私は、最終手段にでることにした。


「ねえ、私の家来ない?」


「悪いからいいよ」


 彼はどこか嫌がっているように見えた。


「私一人暮らしだから大丈夫」


 私は強引に彼の手を引っ張って家に向かう。


「ただいま」


 返事が返ってくることはない家に帰宅を知らせる。数年前までは、一卵生で双子のつくもお姉ちゃんと二人で暮らしていた。


 だが、交通事故で失ってしまった。名目上ではそうなっているのだ。名目上というのも、私はお姉ちゃんの本当の死因を知っている。お姉ちゃんは、殺されて死んだのだ。


「お邪魔します」


 彼がそんな寂しい家に渋々上がる。


「私の部屋で待ってて。お茶持ってくから」


 私はお茶を注ぐと、自分の部屋に向かった。部屋にお茶を運ぶと彼はベッドに座っていた。


「よく私の部屋分かったね」


「いや、たまたまだよ……」


 彼が目線を逸らす。


「安藤って私のお姉ちゃん殺したでしょ?」


 私は今までに出したことないくらい冷たい声が出ていた。


「知ってたんだね」


 安藤は一瞬驚いた表情を浮かべたが、落ち着いた面持ちで俯く。


──生前、安藤とお姉ちゃんは付き合っていた。私は毎日のように安藤の話を聞かされていた。そんな幸せそうなお姉ちゃんを見てるのが私の幸せであった。


「ただいま」


 いつものように家に帰ると見慣れない、男性用の靴が並べられていた。安藤が家にいることに気づいた私は、一目散にお姉ちゃんの部屋に向かう。お姉ちゃんの笑顔の根源である彼氏を、一目見てみたかったのだ。部屋の扉に手をかけた時、もめていることに気がつき手を止める。


「ぎゃー」


 お姉ちゃんの悲鳴とも雄叫びともとれる不気味な声が聞こえ、恐る恐る扉を開ける。扉の先では、血を流したお姉ちゃんと窓から飛び降りて逃げる安藤の姿があった。私は声にならない叫び声を上げ、家を飛び出す。


 どういう経路で着いたのか分からないが、昔お姉ちゃんとよく遊んだ公園にいた。どのくらい立ち尽くしていたのだろう。夜風に当てられ、冷静さを取り戻した私は急いで家に帰る。しかし、家にはお姉ちゃんの死体どころか、血痕すら見当たらなかった。


 さっき見た出来事は全て夢だったのではないかと思っていた時、家の電話が鳴った。私は吸い寄せられるように電話に出る。警察からの電話であった。お姉ちゃんらしき人が交通事故で死んだので、身元確認をして欲しいというものであった。人違いであって欲しい、その一心で病院に走った。


 医者に案内された先には、さっき家で殺されたお姉ちゃんが横たわっていた。その時、私の中のなにかが崩れ落ちると同時に、安藤への復讐心が燃え上がっていた......



──「私、あんたを殺すためにここまで生きてきたの。あんたのこといっぱい調べたんだよ。そしたらびっくりしたよ。あんた人工知能搭載のアンドロイドだったんだね。人工知能の発展のために、人間と同じ環境で学習させるなんて研究者もすごいこと考えるよね」


「……」


「正直半信半疑だったけど、そのお茶飲んで死んでないってことは本当にアンドロイドなんだね。人間が飲んだら一滴でも致死量だよ」


「百花、聞いて……これは……?」


 彼の声にノイズが入る。


「あんたの『隙』を見つけるの大変だったよ。色々調べたけど、あんた頑丈すぎ。唯一弱点だったのがあんたのバッテリー。あんたのバッテリーはある一定の電磁波を受けると消耗が早くなって故障するの。この部屋はその電磁波を出せるように改造したの」


「本当に……すまないことをしたと……思う……」


「今更命乞い?」


「この……メモリーを……」


 安藤は私にメモリーを渡すと、完全に動きをとめた。復讐をやり遂げたが、達成感を感じることはなかった。それよりも生きがいを失い、損失感の方が大きかった。


「あはははは」


 私は泣きながら笑った。悪の根源を潰しても心の穴は埋まることはなかったのだ。


「お姉ちゃん……」


 安藤の頭には映像を記録したデータがあることを思い出した。私は急いで工具を持ってくると、安藤の頭を開く。沢山のコードの中、視覚記録用と記されたUSBを見つける。


「これならお姉ちゃんを見られるかも。」


 私はそのUSBをパソコンに繋ぐ。ファイルを開くと、安藤目線のお姉ちゃんが映し出された。


『……やめて、とめないで』


 お姉ちゃんと安藤がもめていた時の映像であった。


『そんなことしても、つくもは幸せになれない』


『百花と私は同じ顔なの。それって安藤は百花の顔も好きってことでしょ。だから百花を殺すの。そうすれば安藤は私だけのものになる……』


『やめてくれ! もう君達が死ぬのを見たくないんだ!』


『何を言って、ぎゃー』


『違う、これは僕がやった訳じゃ……』


 この後は、私の見た光景と同じであった。


「分かんない、分かんない、分かんない、お姉ちゃんが私を殺そうと……ありえない、ありえ……」


 私の声にさっきの安藤と同じようにノイズが入り、その場に倒れこむ。意識が朦朧とする中、二人の男性が部屋に入ってきた。


「また失敗ですね所長。なかなかいい塩梅のAIの調整出来ませんね。しかも、今回は九十九号と百号だけじゃなくて安藤までやられちゃいましたね」


「我々人類はAIに頼りすぎてしまった。そのせいでAIが学習し、感情を持ち暴走を繰り返すようになった。だからといって我々の生活からAIを取り除くことはもう死を意味することに等しい。だからもしかしたら調整してるのは我々人類じゃなくてAIの方なのかもしれないな」


私はメモリーを握りしめ、静かに目を閉じた。

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