水槽姫③
日を追うごとに、水槽の中には色が増えていった。色が増えるたびに彼女は花が咲いたように朗らかに笑い、そして、初めてガラス玉を放り込んだときと同じように、やがて退屈な表情を浮かべるのであった。
今日は何を入れてやろうか。何を入れれば彼女は喜ぶのだろうか。それを考えることはこの退屈で、色味のない生活に充実感を与えてくれるものであった。
そんな生活を続けていたある日のことだった。いつも届く食料と共に、不格好に切り取られた数枚の新聞記事が庭先に届けられていた。これは珍しいこともあったものだと嬉しくなったが、そんな気持ちも記事を読めば途端に失せてしまった。
どれを読んでも似たような話ばかり。馬鹿馬鹿しい。
苛立たしげに床に投げ捨てると、朝方に入れた蛙を模した玩具で遊んでいた少女がおびえたようにこちらを見た。そのとき、彼女が着ていた白いドレスが、水中でふわりと揺れた。
「最近、村に鬼が出るようになったらしいんです。それも一度ではなく、数度に渡って」
読んだ内容を簡潔に話してやるが、少女には意味が分からなかったようで、可愛らしく小首を傾げただけであった。その様子があまりにも愛らしかったから、思わず笑みを零してしまう。そんな様子を見て、彼女は口からぽこぽことあぶくを吐き出しながら、今度は反対側に首を傾げるのであった。
「人という生き物は、悲しいかな。自らの罪を自分以外の誰かに。いや、ときには存在すらもあやふやなものに、自ら犯してしまった罪をべったりとなすり付けようとする。自分の手垢ほど、汚らしく見える物はありませんからね。人間とは、実に身勝手な生き物だとは思いませんか?」
水槽の中でこちらを見つめる少女の黒い瞳の色が、心なしか深くなったような気がした。
「なすり付けようとするのは何も罪だけではありません。責任だってそうです。自分が可愛いからこそ、自分を危険から少しでも遠ざけたいと考える。そのためなら、平気で他人を蹴落とし、そして、傷つける」
今、自分の顔はどれほど醜く、ゆがんでいるのだろうか。
ここに、鏡がなくて、良かった。
「その被害者はいつも、他者にお前は優しいと言われ続け、結果的に都合の良いお人好しに成り下がった馬鹿か、発言することも許されない弱者です」
知らずしらず握りしめた拳から、ぎちぎちと嫌な音がもれた。その音にはっとなり、咄嗟に拳を開く。けれど、今まで強く握られていた手はじんじんと鈍く痛んだ。
「少し、興奮してしまいました。怖い思いをさせてすみません」
できるだけ優しく微笑み、床に散らばった記事の一つを拾い上げる。ただの紙の破片であるはずなのに、それは確かにはっきりと感じられる重量があるような気がした。
「鬼が、また村の若い女を攫ったそうです」
それから、吐き捨てるように、くだらないと独りごちて、手に持った記事をびりびりに破いた。
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