鳥人間

ざるうどんs

第1話


 白衣を身にまとい、日々研究に打ち込む。私は研究者だ。たった1粒の錠剤の為に、昼夜を問わず開発に打ち込んできた。そして今、その研究を完遂した。私は大きな達成感と共に、余韻に浸ってた。


「ついにこの日が来ましたね」


 目の下に大きなクマを携えた研究助手が、涙を浮かべながら話しかけてきた。そんな研究助手を、私は抱きしめる。


 こんなことをするタイプではなかったが、ついやってしまったのである。私の手はぐっしょりと濡れていた。私は濡れている手を洗い流すと、薬を持って病院に走って向かった……


──時は20XX年。人類は大きな問題に直面していた。科学の進歩で平均寿命が延び、人口が年々増え続けていた。それに伴い、土地・食料不足などの数々の問題を人類は抱えることとなった。


 政府は「火星移住計画」を進め、問題解決に取り組んでいた。そんな中、人口のインフレ自体を解決する為、水面下では人口を減らす計画も進められていた。その名を「鳥人間化計画」。名前の通り、人間を鳥に変えてしまおうというものである。


 この計画が出された当初は、人道的ではないと非難され、すぐに白紙となった。しかし、「火星移住計画」が思うように進まず、「鳥人間化計画」も並行して水面下で進められる運びとなった。この「鳥人間化計画」の薬を開発することが、私の役目である。


 一度は子供の頃に「この大空を自由に翔いてみたい」と、考えたことがあると思う。私は大人になってもその夢を追い続けていたのである。いや、それしか考えられなかったのである。


 高校から大学にあがった私は、将来のことを考えるようになっていた。だが、私には満員電車の荒波に呑まれて生きていく自信も、やる気もなかった。なので、「鳥になりたい」なんて夢物語を描いては、現実と睨めっこしていた。しかし、夢物語はただの寝言に過ぎず、現実だけが重くのしかかってきていた。


「大学院に行けば学生を続けられるよ」


 レポートの答えを教え合うだけの友達がそんなことを言っていた。就職よりは楽かもしれない。早く進路選択という名の魔物から解放されたかった私は、大学院に進むことに決めた。


 しかし、大学院も通過点に過ぎなかった。そのため、またすぐに魔物と対峙することとなった。そんな時に「鳥人間化計画」を知り、私は迷うことなく飛びついた。


 夢物語を現実にするのは、そう甘いことではなかった。ゴールの見えない失敗続きの日々、上からの「早く完成させろ」と言う重圧、私のメンタルは削られていった。ゲームが好きでプロゲーマーになった人が、ゲーム嫌いになるのと同じようなものである。好きなだけではやっていけないのである。


「あなたの研究への姿勢に惹かれました」


 研究から逃げたくて行った合コンの集まりで、その人は私に声をかけてきた。


 四六時中研究に打ち込む日々であり、現代から取り残されていた。そのため、話せる話題は研究のことしかなかった。もちろん、そんな私の話に興味を持たれるはずもなく、引かれてしまっていた。


 そんな中、その人だけは楽しげに話を聞いてくれていた。認められたことが嬉しくて、段々とその人に惹かれ、興味を持つようになっていっていた。


 意気投合した私達は、初めて肌を重ねた。その時、私の中の何かが進み始めた気がした。


 向こうからのアプローチで、私にとっての初めての恋人となった。研究から逃げたくて行った合コンで、研究がキューピットになるとは、神様は皮肉が上手である。


 付き合い始めて、私の世界は彩りを取り戻した。いや、私は初めて彩りのある世界に浸った気がする。横断歩道すら彩りを持っていた。モノクロな世界からうって変わり、ハイカラな世界が広がっていた。恋の熱にあてられ、研究への熱も燃え上がっていた。


 しかし、始まりがあれば、終わりがあるのが常設である。幸せな時間はそう長くは続かなかった。食料不足問題が悪化し、法制度が機能しなくなっていた。


 そんな犯罪が横行する世の中で、私の恋人は標的となった。強盗に襲われ、重体を負ったのだ。すぐに緊急搬送され、なんとか一命を取り留めた。だが、全身麻痺の後遺症が残り、病院生活を余儀なくされた。


 私は毎日病室に通い詰め、他愛もない話をした。しかし、返事が返ってくることはなかった。優しく微笑んでくれていたあの頃の面影は失われていた。


 身寄りのない私の恋人は、私以外に見舞い客はいなかった。つまり入院費用は私が負担するしかなかった。だが、苦に感じることはなかった。それくらいその人のことを愛していたから。


 だが、私にも自分の生活があり、私だけでは負担出来なくなってきていた。そこで両親に助力を求めることにした。


「その人とは別れなさい」


 私の話を聞いた両親は、少しの沈黙の後、口を開いた。私は言葉の意味を理解するのに時間を要した。渋々ながらも助力してくれると思っていたからである。しかし、助力どころか「別れろ」とまで言われてしまい、私は言葉を失った。


 私は気がつくと実家を飛び出していた。両親が私を引き止めることはなかった。いや、出来なかったのであろう。本当に申し訳ないことをしたと思う。


 両親と別れても、恋人が重体であっても次の日は当然の如くやってきた。私は、そんな憂鬱な日々の憂さを晴らすかのように、研究に没頭していた。


 いつものように実験体に投薬していた際、鳥へと変化を遂げたのだ。まだ人間サイズへの投薬は難しいものの、小さな動物なら鳥化させることが出来たのである。さらに副作用で死んだ細胞を活性化させる効果を持ち合わせていることが分かったのだ。これは大きな一歩であり、人類に適用する為の大きな礎となるはずであった。


 しかし、この頃「火星移住計画」が軌道に乗り始め、「鳥人間化計画」の中止が言い渡された。さらに、「鳥人間化計画」の存在自体をもみ消したかった政府は、研究に携わった者の口を封じるという暴挙にでていた。


 ほとんどの仲間は政府に雇われた殺し屋によって消されてしまった。そんな中、間一髪で回避した私は、少しの間雲隠れすることにした。


 臨時で入った大金があったため、金銭面は問題なかった。だが、恋人の容態がいつ急変しても不思議ではなかった。なのでこの研究を完遂させるほか、助けられる道は残されていなかった。


 私は、1人で密かに研究を続けることにした。そんな矢先、殺し屋に見つかってしまった。だが、私の想いを知り、恋人に投薬するまでは研究助手として手伝ってくれることになった。あと、「同じ匂いがするから」とかなんとか言っていた。研究を完遂した後、私は太平洋で魚の餌になるのだと思う。それでも、私は恋人を助けるために昼夜を問わず、研究に打ち込み続けた。


──「ついにこの日が来ましたね」


 目の下に大きなクマを携えた研究助手が、涙を浮かべながら話しかけてきた。そんな研究助手を、私は抱きしめる。


 こんなことをするタイプではなかったが、つい殺ってしまったのである。私の手はぐっしょりと濡れていた。私は濡れた手を洗い流すと、薬を持って病院に走って向かった。


──「欠伸ばっかりしてどうしたの、寝不足?」


「お隣さんがうるさくて寝られないんだよね」


「前に言ってた、最近引っ越してきた白衣姿の人?」


「そう。ずっと家にいて、1日中誰かと話してるみたいなんだよね」


「今お隣さんの家の小窓空いてるし、見てみようよ」


 そう言って覗いた小窓の先には、鳥籠に向かって話し続けている人影があった。そして鳥籠の中ではそれに答えるかのように、4羽の鳥が鳴き続けていた。

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