(4)
――
「さ、着いた着いた。行こ、ルーティアさん」
「こ、ここが…… 『すーぱーせんとう』か」
ルーティアの頭の中の文字変換は『スーパー戦闘』だったので、どんな場所だったのか皆目見当が付かなかった。
待ち合わせの噴水広場から歩いて10分ほど。
賑やかな城下町からはやや山の方へと進み、緑の自然豊かな土地。
疎らにある住居達の中心に君臨するように、その建物はあった。
大きな二階立ての建造物。
住居とは明らかに違う大きさに、奥行きは見えないほど広くある。
微かに奥の方からは……湯気のような煙がちらついていた。
「……なにをするところなんだ?ここは」
ルーティアの質問に、マリルは驚いた。
「え、温泉とか来たコトないの?ルーちゃん」
「いや、噂には聞いたことがあるが……ん?ルーちゃん?」
聞き慣れない自分の呼び方に思わずルーティアはマリルの方を向く。
「あ、ルーティアさんってずっと呼び続けてるのもなんだかなぁと思って。ルーちゃんでいい?」
「え、あ……構わないが」
構う構わないというか、そんな呼び方をされた事すらないので戸惑ってついオッケーを出してしまった形となる。
「ん、良かった。あ、アタシもなんでもいいからね。マリちゃんとかマルちゃんとかマリっぺとか」
「あ、そ、そうだな……。……とりあえず、マリルで」
「オッケー」
……なんの話してたんだっけ?
ルーティアは少し脳内を遡らせて、質問を思い出す。
「で、ここは何をする所なんだ?温泉……というのは、噂でしか聞いた事なくて……」
自然にお湯が出てきている場所、というくらいの知識しかないルーティアに対してマリルはもう一度驚いた顔を見せた。
「わー、ホントに来た事ないんだー。ふむ、よろしい。マリルさんが一から説明してあげよう」
少し自信ありげに微笑んだマリルは腕組みをして説明を始める。
「まあ、
ココはお風呂に入る以外にも色々と中に施設が入っている入浴施設なのよ。そういうのを大体スーパー銭湯、っていうんだけど……まあ、ここは温泉ね。
あ、銭湯っていうのはお湯を張ってある場所の事で、温泉っていうのは自然から出ているお湯が張ってある施設の事。……これも知らない、んだよね?」
「うん、知らなかった」
「はえー……天然記念物並に世間知らずなのね、ルーちゃん」
「で?なにがスーパーなんだここは」
「さっきも言ったように、中に温泉以外にも色々な施設が入っているのが『スーパー』たる
「な……も、もう入るのか。武器や装備を整えてからの方が……」
「ダンジョン入るんじゃないんだから。癖になってるんでしょそれ」
言われた通り、見知らぬ場所に入る時は所持品や装備を確かめるのがルーティアの癖になっていた。
財布くらいしか持って出かけていない今日のルーティアに、確かめる装備も今日は無いのだが。
――
「はい、じゃあ下駄箱に靴を入れて。ルーちゃん、10ガルン硬貨持ってる?」
「ああ、あるが……どうしてだ?」
※ガルン……この世界の通貨単位です。ぺ○カの逆で、日本円のおよそ10倍くらいの単位。100円=10ガルン。硬貨と紙幣もそのままです。
「下駄箱に入れてないと、鍵が引き抜けないのよ。靴、盗まれると困るでしょ?」
「まあ、確かに。でもどうして10ガルンの硬貨入れるんだ?」
「さー……言われてみればどうしてでしょうねえ。結構コレやってるスーパー銭湯多いから。あ、お風呂場のロッカーも10ガルン入れるからね。あとでちゃんと返ってくるから安心して」
「ううむ……謎だ」
理解できないシステムに戸惑うルーティアだが、そんな様子にはお構いなしにマリルは下駄箱の先の受付へと向かう。
受付から先は、館内の様子が見渡せる。
ルーティアは口をポカンと開けながらゆっくりとマリルの後へとついていった。
木の香りが優しく館内を漂い、大きな窓からは日の光が燦燦と室内へと降り注ぐ。
大きなリュックやタオルを持った街の住民たちは、受付を済ませると次々と施設の奥の方へと入っていく。
青い暖簾には『男』、赤い暖簾には『女』と書いてある部屋へと吸い寄せられるように入っていく人々。
逆にその場から出てくる人々の頬は紅潮し、頭からはほんのりと湯気が出ている。
その表情はまるで毒を抜かれたように穏やかで、どこか幸せそうな表情をしているのであった。
風呂に入る施設だ、という事はマリルから教わった。
しかし……あくまでルーティアの意識として、風呂というものは『身体を洗い清める場所』程度のもの。
それがどうして、あのようなまるで天国に行ってきたような表情を出てきた者達は浮かべているのだろう。
ルーティアの疑問は尽きないのであった。
「いらっしゃいませ。お二人様……って、マリルさんですか。珍しいですね、今日は一人じゃないんですね、お友達と……」
受付の活気のありそうな若い女性は、マリルを見て驚く。
そして、ルーティアの顔を見て更に驚いた。
「え、ええっ!?王国騎士団のルーティア様ですよね!?どうしてこんな場所に……!?」
「これこれ、受付さん。自分の商売場所に『こんな場所』はないでしょうに。今日はアタシとルーティア様で休暇とりにココにきたのよ」
「こ、こんな街外れの温泉にですか……?国の保養地とかに行かれるのかと思っていましたが……」
「だから『こんな』はやめなさいって」
マリルに苦笑いしながら窘められ、受付の女性は少し恥ずかしそうにした。
どうやらマリルは、このスーパー銭湯とやらによく来る常連らしい。マリルの隣で、ルーティアは小さく頭を下げた。
「世話になる」
「る、ルーティア様に来て頂けるなんて……あわわ、どうしましょう」
慌てる受付を落ち着かせるように、マリルがカウンター越しに肩を叩いた。
「普通のお客さんだと思って接客してくれていいから。今日は……まあ、お忍びのプライベートみたいなものだからさ、ルーティア様の。変に構えないで。ね?」
「そ、そんな事言われても……」
まだ謙遜する受付に、ルーティアからも一言加えた。
「うむ、いつも通りにしてくれ。普段の様子が私は知りたいんだ」
「そ、そうですか……?では……」
ルーティア本人から言葉を貰った事で、受付もようやく落ち着いたらしい。
コホン、と一つ咳払いして、受付は振りまく感じの笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ、スーパー銭湯『ドラゴンの湯』へようこそ。お二人様ですね?それでは下駄箱の鍵をお預かりします」
マリルは、ルーティアの鍵と合わせて2つの下駄箱の鍵を受付に預けた。
「お一人様85ガルンになります。お帰りの際に清算させていただきますので、よろしくお願い致します」
「あ、受付さん。貸しタオルセットつけてください」
マリルの言葉に反応し、受付は「かしこまりました。こちらです」と透明なバッグに入った黄色のタオルセットを2つ差し出した。
「かしたおるせっと?」
「ルーちゃん、今日タオル持ってきてないでしょ?施設にもよるけど、ココは受付で最初に借りておく形式だから」
「風呂場にタオルがあるんじゃないのか?」
「あー、そういう形式の銭湯はまずないね。ほら、嫌じゃない?誰か分からない人の使ったタオル自分が使うの」
「……むう」
確かにちょっと嫌だな、とルーティアは思った。
貸しタオルセットのバッグを受け取り、受付は説明を続ける。
「タオルセットは15ガルンになります。中に大きなバスタオルと小さなタオルが入っております。返却は風呂場の回収ボックスにお返しください」
「小さいタオル?バスタオルは身体を拭くのに分かるが、小さいタオルはなにに使うんだ?」
ルーティアの疑問に、マリルは顎に手を当てて考える。
「ふむ……まあ人それぞれって感じかな。でもまあ大きな目的としては、風呂場で身体を拭く事が大きいかも」
「身体を拭く?それはバスタオルでやる事だろ。小さいタオルでもやるのか?」
「ふっふっふ。まあそれは、現場を見ないと分からない事かもね。さ、とにかくお風呂場へいこいこ、ルーちゃん」
「あ、ああ……」
マリルに手を引かれ、ルーティアは戸惑いながら進む。
暖簾の奥に続く部屋へと、二人は姿を消していくのだった。
「……後でサイン頼も……」
受付は、こっそりと決意を言葉に出した。
――
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