第15話 俺のパンツ、盗まれる3

 俺自身もなぜこの状態になったのか良くわからないが、黒川さんに先導を任せた結果、俺の部屋のテーブルを下着泥棒の女と俺と黒川さんで囲むことになってしまった。

 下着泥棒の女は正座をして俯いており、その姿を恐ろしい形相で黒川さんが睨んでいる。その姿は正に蛇に睨まれた蛙そのものだった。

 黒川さんが白目を充血させながらを彼女を睨んでいたので、なぜそんな怖い顔しているのか耳打ちして聞くと、犯罪者だから――と一言だけが返ってきた。

 どうやら、黒川さんと下着泥棒の関係は黒川さんが自身を被害者だっと思っていないために成立しているだけで、その他の場面では下着泥棒自体を良しとは思っていないようだ。 

 「すみませんでした!!」

 唐突に下着泥棒の女がテーブルに頭をぶつける勢いで謝罪をした。

 「許しません」

 怖い顔をした黒川さんが即答した。

 「いや、なんで黒川さんが勝手に裁いちゃってるんですか」

 「沢村さん。下着泥棒の再犯率はご存知ですか? 初犯でも厳しい裁きが必要です。今すぐ警察に突き出しましょう。大家さんにも言ってここに住めないようにして、何なら――」

 「待って待って! 黒川さん落ち着いて!」

 目をうるうるしている下着泥棒の前で俺は目を血走らせている黒川さんを落ち着かせる。

 「――沢村さんは女の涙に惑わされる系の人ですか? 泣き落としなら私には通用しませんので沢村さんの変わりに私が正当な裁きをこの女に――」

 「だから落ち着いてって黒川さん! 怖いから!」

 立ち上がろうとしていた黒川さんの肩を押さえつける。

 「黒川さんがそんな感じだと一向に話が進まないんで落ち着いてください! とりあえず、あなた! 隣人さんですよね? 何でこんなことしたんですか?」

 「まが――」

 「まが?」

 「間が指しまして――」

 ぐわっと立ち上がった怒り心頭の黒川さんを羽交い絞めにする。

 「あなた! 間がさしたの一言で終わらせるつもりですか!?」

 「ひいぃぃぃ」

 下着泥棒の女が脅えている。

 ――脅えたときにひぃぃぃって言う人始めてみたかも。

 「黒川さん。また同じことしたら、退場ですからね」

 不服そうな黒川さんは静かに座る。

 「それで、下着を盗んだ理由は間がさしたから――なんですね」

 「――はい」

 下着泥棒の女は俯きながら頷いた。

 「沢村さん。もう暴走しないので私が尋問していいですか?」

 「尋問って。黒川さんが犯罪者にならないでくださいよ?」

 「分かってます。――まず、あなたは沢村さんのお隣さんで間違いないですよね?」

 「はい」

 「名前は?」

 「立花です」

 「では立花さん。さっき間が指して犯行に及んだと言っていましたが、正直、印象が悪いです。ちゃんと理由を言ったほうが自分の為ですよ?」

 その言葉を聞いて、下着泥棒の女――立花さんはもじもじとした後、静かに答えた。

 「――――さ、沢村さんのことが好きだからです」

 驚きの回答に俺と黒川さんは顔を向き合わせた。

 「え? 俺のことが好き? 本気で言ってます?」

 「――はい」

 もじもじと立花さんが答える。

 「沢村さん。この女、土壇場で嘘をついているのかも……」

 「嘘じゃないです!!」

 立花さんがテーブルに身を乗り出した。

 「私がしたことは悪いことです! でも沢村さんが好きなのは本当です!」

 黒川さんがじっと立花さんの目を見つめると、それに負けじと立花さんも目を見返した。

 「どうやら、嘘じゃなさそうですね。ですが、あなたが沢村さんを好きだろうと無かろうと関係はありません。沢村さん。彼女をどうしますか?」

 「んーー」

 そんな急に判決を下せと言われても戸惑う。

 立花さんを見る。

 好きだと言われてしまったせいもあって、立花さんの肩を持ちたくなっている自分がいる。

 「――あの、俺のどんなところが好きなんですか?」

 「へ? えっと、沢村さんがここに引っ越してこられたとき、私の部屋に挨拶しに来てくれましたよね? そのときにちょっと会話したと思うんですけどそのときに一目ぼれして……。私、出不精で学校意外で家から出ないんですけど、たまにアパートの近く出会うと私に挨拶してくれたりとかして……あと――――」

 「――沢村さん。気のせいでしょうか。立花さんの頭の周りにお花畑が見える気がします」

 ほわほわとした雰囲気で話し続ける立花さんを見ていると、何となく黒川さんが言っていることが分かる気がした。

 「――あの。もう大丈夫です。ありがとう」

 あまりにも俺の良いところを述べてくれるので、恥ずかしくなって話を遮った。

 「とりあえず、好意を持ってくれたことは嬉しいんですけど。立花さんがやったことは下着泥棒で犯罪行為ですよ? 好きな人にそんなことするんですか?」

 図星の立花さんは静かに俯いた。

 「――本当にごめんなさい。 沢村さんに彼女がいることを知ってから私、引き下がろうとしてたんです。 でも、中々引き下がれなくてこの気持ちの思い出のためにって……。 そしたら沢村さんが干していた洗濯物が目に止まって……。本当にすみませんでした!」

 立花さんが一通り話し終わった後で、俺と黒川さんは目を合わせた。

 思っていることは同じことだと思う。

 ――俺に彼女っていたっけ?

 「あの……。 立花さん。 俺の彼女って一体誰ですか?」

 「――へ? 横の女性が彼女でないんですか?」

 「私は沢村さんのただの友達です」

 俺が答える前に黒川さんが答えた。

 「でも、休みの日とか、夜も部屋を出入りしているのを見ましたよ!」

 「あれは別に趣味が一緒だからちょくちょく遊びに行っていただけです。ですよね沢村さん?」

 ――いや。一緒ではないけど。

 「ま、まあそうですね。趣味が一緒なので遊んでいただけです」

 それを聞いて立花さんはぽかーんと口を開けてしまった。

 「それじゃあ、私――」

 「勝手に失恋したと思い込んで傷心して暴走したみたいですね」

 黒川さんに要約された立花さんは顔を赤くして、

 「本当にすみませんでした!」

 テーブルに額をぶつけて謝罪した。

 「沢村さん。ということだそうです。どうします?」

 「まぁ。今回は大目に見て大事にはしません。でも、立花さんは反省してくださいね?」

 「ありがとうございます!」

 「沢村さん。本当にいいんですか?」

 「はい」

 「そうですか。――でもこういう事は痛い目か恥ずかしい目を見ないと反省しないので私個人としてお灸を添えさせていただきますね」

 ――え?

 「では立花さん」

 「はい?」

 「一つ質問をします。ちゃんと答えなかったら、私が今回の件、大家さんに口を滑らせるかもしれません」

 「!? 何でも答えます! 何でも答えます!」

 血相を変えた立花さんが激しく頭を上下させた。

 「何でもって言いましたね? では質問します」

 「はい」

 「――盗んだ沢村さんのパンツはどうするつもりだったんですか?」

 立花さんは少し遅れてから顔を真っ赤にさせて、

 「わ、私は決してそんなことのためには――」

 「そんなこととは?」

 立花さんははっとした顔を見せると、更に顔を赤くさせた。

 黒川さんの視線に耐え切れなかったのか立花さんは俺に視線を向けて、

 「さ、沢村さん。私は本当に何もして――」

 「何もとは何かしようとしたんですか?」

 黒川さんが立花さんの弁解を遮った。

 俺を見つめる立花さんの目は次第に潤んで行き――。

 うわーーーん。

 泣き出してしまった。

 それでもガン詰めを続ける黒川さんを横に俺は立花さんをなだめる。

 ――俺らが捕まるような気がしてきたんだけど。

 

 

 

 

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