第3話 奇抜な趣味、隠語は釣り
黒川さんが時間の指定をしなかったので、16時を過ぎたところで黒川さん宅の呼び鈴を鳴らすと直ぐに扉が開いて黒川さんが現れた。
「入ってください」
「お邪魔します」
年齢の近い女性の部屋に入るのが始めてで緊張してしまう。
「好きなところに
そう言われて通された黒川さんの部屋を見て驚愕する。
部屋のあちこちに下着が
好きなところに掛けろと言われても、床に座れば確実に一つは下着を尻で潰してしまうほどのこの状態で、簡単に腰など下ろせるわけがない。
「あの……黒川さん。床に色々散乱してるんですが……どこに座ればいいんですか?」
「下着のことですか? てきとうに
――触っちゃっていいのか?
女性の下着を触ることに少し抵抗を感じる。
黒川さんは合って間もない男に下着を触られて何も感じないのだろうか?
俺なら、パンツが散乱した自身の部屋に女性は呼ばないし、てきとうに放ってくれとは絶対に頼まない。
「――そこの下着はちゃんと洗濯してますよ?」
「あ、いや。そんな心配をしてるわけじゃないんで。あはは……」
黒川さんは俺の言葉を聞くと少し考えて、
「――! ごめんなさい。触りたくないですよね……今退かすので」
「あ! いやいや! 気を使わなくて大丈夫ですよ! ほら、今退かしてるので!」
テーブルの前のスペースに散乱した下着を丁寧に退かしていく。
俺が変に気を使ったせいで、返って黒川さんに気を使わせてしまったらしい。
「あの! 触りたくないから戸惑っていたわけじゃなくて! 男の俺が不用意に下着に触れてしまったら黒川さんも嫌かなと思って! それだけです!」
「――そうですか……」
コーヒーを用意してくれた黒川さんとテーブルを挟んで向かい合うように座る。
「それでは、これからお互いに協力し合う関係になるということで自己紹介から始めますね……。
黒川さんがコーヒーをすすり始める。
自己紹介は以上らしい。
「
黒川さんの趣味のせいで、俺の趣味が個性に欠けているような気がしてくる。
「では一から沢村さんに私の趣味を教えますね」
話が長くなりそうなので、俺はいただいたコーヒーに手をつける。
「下着泥棒観察ですけど、私が一年前にここに越してからずっと続けている趣味です。これが今まで現れた下着泥棒たちのメモです」
黒川さんが本棚から取り出したメモ帳にはびっしりと下着泥棒たちの出没時間や物色傾向、背格好が書かれていて、まるで図鑑を見ているようだった。
「沢村さんが会ったのはこの人です。越して来た当初から一週間に1、2回は出没する
――とんでもねぇ奴だな。
「彼は村沢さんが
メモに書かれたとある下着泥棒の欄を黒川さんが指差す。
他の下着泥棒たちは細かく詳細が書かれているのに、その下着泥棒だけは詳細がほとんど埋まっていなかった。
「1ヶ月ほど前から現れた下着泥棒のようですが、この通り傾向がつかめないのです。沢村さんにはこの方の傾向を探っていただいて、彼の出没頻度を上げてもらいます。もちろん、私が主体となって行動しますが沢村さんには男性ならではの意見をもらいたいのです」
「――なるほど……」
とんでもないことを頼まれているというのに、なぜか心がワクワクする。この心が弾むような気持ちを俺は感じたことがある。
――釣りだ。
「――? 何か言いました?」
「え? あ、いや。釣り見たいだなと思って」
思っていたことを俺は知らずに口に出していたようだ。
黒川さんが不思議そうに首を
「俺が言いたかったのは釣り見たいだなぁということで。ほら――」
黒川さんのメモ帳を指差す。
「――これとか。俺が脅かしちゃった男は衣服なら何でも持っていくんですよね?
まるで雑食の魚だなぁとか。あとこれ、ブラ……ブラジャーを好む傾向があるとか、朝、夕に現れる傾向がある、警戒心が強く臆病、彩度が高い下着を好むとか、下着泥棒が魚で下着が餌、黒川さんが釣り人的な……」
黒川さんを見る。相変わらず、表情が読みづらい。
「えっと、つまり……」
「確かに似てますね。でも私は彼らを捕って食べたりはしません」
――俺は黒川さんに言いたい。釣りが魚を食べるためだけに行われるものとは限らないということ……。そして、その食べるの言い方だと下ネタに聞こえること……。
「沢村さん? 何をぼーっとしているんですか?」
「――いや、何でも」
「さっき言っていた沢村さんの話しを少し取り入れましょう。これから下着泥棒を魚と呼びます。私の趣味は釣りと呼ぶことにします。今までの話を他人に聞かれると怪しく思われますから、
「――分かりました」
かなり奇抜な趣味の手助けをすることになったのに、俺の心は
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