来世で添い遂げるために崖から飛んだ

セレンUK

来世で添い遂げるために崖から飛んだ

「あぁ、シンディナス愛しております」

「私もです、カーナ様」

「来世で――」

「添い遂げましょう」


 こうしてこの俺、ルーガス帝国第3王女付き近衛兵長のシンディナス・バーシュタインと、第3王女のカーナ・ウル・ルーガス様は抱き合いながら崖から身を投げた。許されるはずの無い恋の結果、来世で添い遂げることを誓って。


 そして俺は100年後の世界で再び生まれた。


「あら、ファルク。襟が曲がっていますよ。はい、これでよし。貴族として身だしなみは気を付けなければなりませんよ」


「うぐ、く、苦しいよ姉様」


 超絶美人ほわんほわん姉様の大きな胸に埋められた俺、いやボク。


「あらごめんなさい。ファルクがあまりにも可愛いものだから」


 そう言って俺を正面から抱きすくめる事を止めたのはリシュタ姉様。このボク、ファルク・ロークレイン10歳の自慢の姉様だ。美しく優雅で温かくて眩しくて優しくて……それでいて、ボクには甘々べったりなのだ。

 今もそう、正面から抱きすくめる事を止めただけで、ボクの後ろから抱き着いているままである。


 ロークレイン男爵家。そこの長男としてボクは生まれて、そして最近、前世の記憶を取り戻した。

 これまで生きてきた記憶と前世の記憶が混じっていくのは変な感覚だった。でもこれではっきりと思い出したのだ。前世で愛し合っていたカーナ様と今世こそは添い遂げるのだと。

 ボクの左手の甲には紋章が浮き出ている。これは誓(ちかい)の紋章。来世で愛する人を探すための手掛かりとなる者で、前世で近衛騎士であると同時に優秀な魔術師でもあったボクが施したものだ。

 つまり同じ紋章がカーナ様にも施されている。紋章を見ればお互いに一目瞭然とはいえ、紋章が隠れていた場合には探すのは困難となる。ボクの紋章は手の甲に出ているけどそうでない場合もあるからだ。例えば胸や尻などに出ていた場合、服を着ているため隠れてしまう。

 もちろんその対策は練ってある。この紋章を探す魔法が存在するのだ。


「もうすぐ着きますねファルク。リリナ様に失礼の無いようにね」


 ボクと姉様は今馬車に揺られている。姉様が口にした、クシャン侯爵家令嬢リリナ・ロウ・クシャン様の晩餐会に参加するためだ。


「気が進まないのかしら?」


「いえ、ボクもロークレイン男爵家の跡取り。家名に泥を塗るようなことはしません」


「ん~~~~っ! 分かりました。屋敷に帰ったら添い寝してあげますからね。辛くなったらすぐに帰りましょうね」


 なにやら感極まった姉様。そんないつもの姉様の様子をいったん頭から追い出して、ボクは今からの事を考えることにした。


 ◆◆◆


「だーれ? こんなちんちくりんの男爵家の子をわたくしの晩餐会に招待したのは。わたくしの品格が疑われますわ?」


 ボクの正面にいるのが侯爵令嬢のリリナ様。ボクと同じく10歳で金髪碧眼のツインドリルの美少女ではある。だがいかんせん性格が悪い。今の言葉を聞いても分かるだろう。


「ねえファルク? あなた、誰の断りを得てこの場所にいるのかしら?」


「あなたです」とは言いたくても言えない。彼女は侯爵令嬢ボクは男爵令息、ここで彼女に恥をかかせると途端にお家取り潰しになる程の権力差なのだ。


 ちなみにボクがここにいるのは、彼女、リリナ様直々の招待状が届いたからだ。ご丁寧にラブポエムも添えてあった。なぜかリリナ様はボクの事が好きらしいのだが、会うたびにこのような仕打ちを受けている。いわゆるツンデレというやつだ。


「申し訳ございませんリリナ様、この場にふさわしい男になれるように日々精進いたします」


 そう言って俺は彼女の前にかしずくと、すっと手を取り、その甲にキスをした。

 前世の知識にある騎士の礼儀作法だ。


 この晩餐会の主役であるリリナ様は注目の的。もちろんボクの行動も多くの貴族たちの目に入り、会場ではどよめきが起こる。

 当のリリナ様は、あわあわと言いながらお連れの人と一緒に去っていった。


 さて、一難を乗り越えた。

 きっとこの後リリナ様の自室に呼び出されるのだろうが、それまでにやることがある。

 生まれてこのかたボクは晩餐会が苦手だ。それでもあえて参加するのは、愛するカーナ様を探すためだ。

 先ほど誓の紋章を探す魔法があると言った事を覚えているだろうか。その魔法を使えばすぐにカーナ様を見つけることができるのだが、いかんせんその魔法は消費魔力量が膨大なもので、今のボクの総魔力量では使う事が出来ない。最低でもあと数年の修業が必要となる。

 とはいえ、それまで待つことも出来ない。

 それで人が多く集まる晩餐会に参加して、紋章を持つ人を探しているという訳だ。


 結論としては今回の晩餐会でも紋章を持つ人は見つからなかった。


 転生したカーナ様とは魂レベルで結ばれているはずで。無意識のうちに好意をもっていてもおかしくはない。前世の記憶をまだ思い出していなかったとしても、それはボクへの好意として現れるはずだ。


「ねえファルク」


 あまあま姉様のリシュタ姉様。もしかして無意識のうちにボクの事を好きだから、甘やかしているのかもしれない。姉弟に転生する可能性もゼロではない。


「なに見てるのよファルク」


 ツンデレお嬢様のリリナ様。本来であればボクのように下級貴族を好きになることなどない方だ。それでもボクに対して曲がった愛情表現をするのはカーナ様だという可能性が高い。


 二人とも見たところ紋章は見当たらない。とはいえ、紋章の事を伝える訳にもいかない。そんな話をしたところで信じてもらえないに違いない。よしんば紋章があったとしても見せて欲しいなどと言えるわけもない。隠された女性の肌を見る事ができるのは添い遂げる相手のみだ。


「うーん」


 などと妄想しながらまとまらない考えに、髪の毛をガシガシとかく。

 そんなボクの視界の端。部屋の中に風を取り入れるため開けていた窓の隙間から何かが入ってきた。


 どうやら昆虫のようだ。

 昆虫は羽を休めるために壁に引っ付いた。あれはカナブンだな。

 昆虫は自由でいいな。ボクなんか――


 ――ぶぅぅぅぅぅん


 再び羽ばたいたカナブンは一直線にこちらに向かって飛んできて――


「うわっ!」


 それに驚いたボクは反射的に手を振りそれを避けようとするが――


 器用にその一撃をよけたカナブンは後方へと進み、


「ひいっ!」


 死角からボクの首へと引っ付いた。


「いたたたたた!」


 素肌に引っかかる昆虫の足。

 ボクはすかさずカナブンを指でつまんで首から引きはがすと、窓の外へと放り出した。


「まったく、って!?」


 放り出したはずのカナブンが空中で向きを変えて再びボクの方へ向かってきたのだ。

 距離が近く窓を閉める暇もなかったボクの部屋はカナブンの侵入を許した。


 ボクは近寄らないようにと腕でカナブンを牽制するが、カナブンはひらりひらりと腕を交わして……そしてあざ笑うかのようにボクの腕にとりつき、シャカシャカと登って首元から服の中へと入っていった。


 しばらく服の中を歩き回っていたカナブンだったが、大人しくなったのでここぞとばかりに捕まえて、なんとか服の中から取り出すことに成功した。


「おかしなカナブンだな」


 ボクを苦しめた犯人の姿をじっと見る。


「こ、これって!!!」


 ボクは驚いた。その緑色の体の裏側。そこにはボクの手の甲にある紋章と同じもの、すなわち誓の紋章があったのだから。


「も、もしかして、カーナ様!?」


 もしかしてももしかしなくてもそうだった。


 ◆◆◆


 前世で愛を誓い合ったカーナ様を見つける事ができた。それはとても素晴らしい事なんだけど、問題は……。


 目の前で緑色のカナブンがくるくると回るように歩いている。

 とても愛くるしい姿である。今にも抱きしめて差し上げたい。熱い抱擁を交わしたい。


 だが、カーナさまは今やカナブン。熱い抱擁などできようはずもない。

 ましてや初夜を迎えて添い遂げて世継ぎを授かるなんて……。


 これが何かの間違いで、リシュタ姉様やリリナ様がカーナ様だったら……。


 ボク、い、いや、俺、シンディナス・バーシュタインは誓ったのだ。

 カーナ様と今世で添い遂げるのだと。たかが人間でないだけでその愛を失うなどとあってはならない。


 そうだ、抱擁は出来ないけどキスなら。

 そう思い、カーナ様をゆっくりと自分の唇へと近づけていく。


 ボクにとっては初キッスとなる。

 ゆっくり、ゆっくり。


 と言う所でカーナ様の6本の脚が、ワキワキと激しく動き出した。


 ……なんかすごく怖い。


「ファルク、あなた何やってるの!?」


 そんなすごい絵面の場面をリシュタ姉様に見つかってしまいました。


 ◆◆◆


 カーナ様と紋章の事を話すわけにもいかず、虫が好きなんだと言うことを超絶アピールしてその場は事なきを得た。

 だけどリシュタ姉様は神妙な表情をしていた。


 カーナ様の事は愛している。

 だけどボクも男。子を残したいという性的な欲求もあるわけで、カーナ様と添い遂げることが出来ないと言う事実がぐるぐると回り――


「そうだ、カーナ様は正妻で、側室を設ければいいんだ!」


 などと浮気めいた事を口走っていた。


 リシュタ姉様とリリナ様をお迎えして、などとよこしまな感情が沸き上がっていたのだ。


 ◆◆◆

 

 後日、ボク宛にリリナ様からカナブンが送られてきた。


 ボクが昆虫が好きだという力説したのをどこからか聞きつけたのだろう。侯爵令嬢からの贈り物となれば無下には出来ない。ボクは自室に運んで置くように指示したのだが。


 妙に胸騒ぎがしたので、急いで部屋に戻った所――


「カーナ様っ!」


 何を血迷ったか、送られてきたカナブン(オス)とカーナ様(メス)を同じ虫かごの中に入れてしまっていたのだ。

 オスに追い回されるカーナ様が、とうとう捕まってしまい、身動きできなくされる、と言う所で何とか救出に入る事ができた。


「うおぉぉぉカーナ様、申し訳ございません。私をお許しください。人間としてのよこしまな心を持った私をお許しください。あなたが他の男に奪われるかもしれないと思った瞬間、私の心はやはりあなただけのものだと言うことに気づきました。もう一生放しません!」


 ボクは涙を流しながら愛する人(昆虫)に謝り倒した。


 ◆◆◆


 もちろんそんなことが許されるはずもなく。


「あのねファルク、今までだまっていたのだけど、昆虫はダメなの」


 どうやら昆虫アレルギーを持つリシュタ姉様は調子の悪そうな体を引きずりながら、ボクにそう告げた。


「なによ、ファルク! 侯爵令嬢であるわたくしよりもそんな虫けらを選ぶっていうの? 信じられない! 侮辱よ侮辱。許されないわ。今すぐわたくしを選びなさい! そうしなければあんたの家は取り潰しよ!」


 リリナ様は激怒してカーナ様を殺そうと暗殺者を送り込んできた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 ボクはカーナ様と一緒に屋敷を飛び出して、暗い雨の中を走っている。


「カーナ様、申し訳ございません。もはやこうするしか」


 ボクの目の前には切り立った崖。遥か下の地面はかすんで見える。


「来世で……添い遂げましょう」


 そうしてボクとカーナ様は抱き合いながら崖から身を投げた。


 ――完




-----------------------

お読みいただきありがとうございます!

別小説の展開につまったので、降ってきたネタを気分転換に書きなぐりました。

小説って自由ですよね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

来世で添い遂げるために崖から飛んだ セレンUK @serenuk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ