増瀬司

 夜。美しい野良猫に、あなたの面影を見る。

 きっと流行りの曲のせいだろう。それとも以前読んだ小説のせいだろうか?

 私は思わずその猫に、あなたの名前を呼びかけてしまう。

 だけど、その猫は返事をしない。あなたではないからだろう。そもそも名前なんてないのかもしれない。

 それでも私は、その猫にあなたの影を認めてしまう。

 私は狂い始めているのだろうか……。


 私は、その猫のそばの縁石に腰を下ろす。 

 その猫はやけに私になつく。私が触っても逃げない。この町ではとても珍しいことだ。というか、どの町にいたって私は猫に好かれないのだが……。

 しばらくその猫と戯れたのち、私は彼女の元から去る。


 むかし野良猫を助けたことがある。その猫は木の上から降りられなかったのだ。

 その猫をその枝から降ろしてやると、彼女は私にじゃれついた。助けられたことが理解できているかのようだった。

 あるいはあのときの猫の化身が、あなただったのかもしれないな、と私は夜の町を歩きながら思う。

 狂っている。

 煙草がひどく欲しかった。

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