(E-001)

 ふらつく足元を気にしながら歩みを進めていく。待ち合わせを設定しているように曲がり道を曲がり、自販機の横に腰掛けた。

 何となくあの部屋に居てはいけない気がしたから(手段を主軸に置きたいからという短絡でしかないけれど)、わけがわからなくなって寝巻のまま部屋から出てしまった。電灯の青白い光とかの日常風景が落ち着かせてくれると期待したのかも知れない。結局取り戻した理性で色が異なれば過剰さを施した毒殺死体の様な自分の出で立ちを、林檎に似た酸味のあるにおいを知覚して頭痛を患ってしまっているのだけれど。

 外見が平均的な男性から過美な少女に変わっている。

 字面からすれば漫画の主人公の様だ。内面は反していて動揺すら通り越し無感動、認識処理が追い付かないフラットな起伏から抜け出せなかったのは意外に思った。楽しくないのはつらい。

 夢想した事はあったと思い出したけれど、あくまでもそれは戸籍等一般社会での生活が保障される場合を想定していたのであって不確実で不自由な自由度の異常となると個人的には頭を抱えるか餓死を待つ以外にやる事が削られるのが実情だと、事情を加味しない完全な独断は他人を傷つける要因になるとは考えなかったのだろうかと行き所のない不満が接ぎ木するように生じた。

 先刻の女性が原因であるのは解っていて探そうともしたけれど、痕跡が髪飾りを除いて一切残っていないのに加え脱力された精神状況では追跡しようとも思えなかった。幸いだったのは季節が夏で我が家の住人が僕一人、現実逃避が得意な性格であり多少の金銭を所有していた四点。

 渇いた体液を剥がして時間を潰し、歩く。

 それを作業化させて判断を第三者に委ねた。明らかに私の手に余る境遇であるが関われば場合によっては災難を建前に消失願望を満たせると自分本位になってしまいそうでもあったので首を振って無視したりした。それでいて何かしてないと落ち着かない気がして傲慢を直そうともしない自分が許せず拳を握って紛らわせた。

 視線、前を向く。それよりも先に嗅覚が襲い始めていた。

 ひとだった。偶然通りかかった会社員であろうスーツを着用した知らない男のひと。脳裏に在ったのは食材というという単語で、照準が男のひとに定められている。私が今何になったのかの察しがついてしまった。

 空腹に近い快楽への渇望だと気付き、僕は逃げようとした。僕にはこの欲求に耐えられない。でも足はそのまま後方に向かうことなく前に進んでいた。意思に反し始めているのか、目の焦点が合わない。首の後ろが熱く、モーターの駆動するような音が聞こえた。したくない。

「待って。未だ、き」音がした。自分の声かもわからなかった。お酒に酔ったみたいにふらふらして、黒いろから橙色に抽象化した視界に一点、誰かがいるのが見える。ひと。ひとがいる。

 ごはん。

 おなかすいた、?。ちがくて、あたまくるしい、ふわふわする、たべたい。まえいるひと、たべたい。いいのかな、いいのかな。きてくれたのかな。ちがったらたいへん。でもくるしいし、きっとそうじゃないのかな。じゃないと。だいじょぶ、たべていい。たべていい。たべちゃえ。

 あれ、なんか、くちのなかあまい。おいしい、なにこれ。いっぱいはいってくる。きもちいい。ねむたい。あれ。

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