狂気のワルキューレ

ブランチュール中毒者

Prologue

 親衛隊SS全國指導者、ハインリヒ・ルイポルト・ヒムラー。彼は自身のお抱えマッサージ師であるフェリックス・ケルステンにこう語ったと言う。

「彼奴は常に苦しんでいる、心の平安がない。常に"何か"が彼奴の心を乱しているのだよ。助けてやろうと、よく話をしてやってるのだがね。これは自分の信念に反する事なのだが、私は彼に、"ドイツ人の良い血で純化してユダヤ的な要素を克服してはどうか"と言ったのだ。」

ケルステンは手を止めた。

自分の雇い主の言った事が信じられなかったからである。その"彼奴あいつ"とヒムラーが言った人物は、そのケルステンも知っている者だったのだ。

「彼もこんな助言に大いに感謝していたよ…。

役に立ったかどうかは分からないが。」


 バン!

大ドイツ國ベーメン・メーレン保護領の田舎町、パネンスケー・ブジェジャニに、

一発の銃声が響いた。

「ククク…ハッハッハッッハッハ!」

割れた鏡の前で、金髪青目の男が銃を片手に笑っている。

大ドイツ國一般親衛隊の大将で、國家保安本部RSHAの長官。

その名は、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒと言った。

「遂にやったぞ!我に成り代わろうとした、

ウンターメッシュ劣等種を殺したんだ!」

割れた鏡に映る自分は、それと同じ様にひび割れていた。

彼は克服したのだ。

自分の手で。

彼の話し方は元々、ぽつりぽつりと断続的で、神経質な小さい声だった。

だが彼はこの時、野獣の如く激昂していたのだ。

彼の事をユダヤ人だと、主張する者は多く居た。

親衛隊による遺伝子検査の結果、彼はユダヤ人でないと証明されたが、

それでも彼をユダヤ人と呼ぶ者は多く居たのだった。

「…我はやらねばならんのだ。」

ハイドリヒは右手に持っていたワルサーP38をシンクに置いた。

「この世から…ウンターメッシュ共を絶滅させてやる…!」


 1950年代、第二次世界大戦に勝利した大ドイツ國と大日本帝國は互いに衛星国を従え、日独冷戦を展開していた。世界の西を掌握した大ドイツ國は、"Groß Arier Lebensraum Organisation(大アーリア生存圏機構)"を設立。加盟国全土で"第一次再編成作戦"を実行し、西側世界は支配人種の"ドイチュ・アーリア人"と"ゲルマン・アーリア人"、そして奴隷種の"ウンターメッシュ"に分けられ、それ以外は"最終的解決"がなされた。第二次世界大戦の勝利で、大ドイツ國は世界に名だたる超大国となったのだ。そしてその大アーリア生存圏機構に対抗するのは、大日本帝國を盟主とする"大東亞共榮圈"である。その影響力は、北はシベリア、西はトルキスタン、南は南極、東はカリフォルニアまで及んでいる。アジア人によるアジア統治は、ドイツの"アーリア人による世界支配"と言う概念と対するものであり、大ドイツ國と大日本帝國は日々対立を極めていた…。


 「シュペーア、…今まで…よく…やって…くれた。」

フォルクスハレ聖杯宮殿の展望室より建設中の帝都ゲルマニアを眺めている人物こそ、

大ドイツ國総統アドルフ・ヒトラーその人である。

「そんな、ゲルマニア計画の発案者は総統閣下です。

私は、…補佐に過ぎません。」

そう答えたのは、帝國首都建設総監ベルトルト・コンラート・ヘルマン・

アルベルト・シュペーアだ。

「これが…私の…夢、だった…。古代…ローマの…都市の…様に…、

チェス盤…の様…に…道が…張り…巡らされ…。」

口元に垂れた涎を秘書のトラウデル・ユンゲが拭き取る。

ヒトラー総統の病状は悪化の一途をたどっていた。

今この時も、壁を挟んだ別室では20名を超える医師団が待機している。

病名は、"パーキンソン病"だ。

「…恐ろしいものだ。…いや、私は…昔から…恐れていた。…死を。」

ヒトラーはあの光景を思い出した…。

1907年。ユダヤ人医師の治療の下、母クララは癌と闘っていた。

直接最期に関る事は出来なかった。さぞかし寂しかったろう。

母が苦しむ姿を見て、私もいずれそうなるのだろうと恐れた。

私も静かに苦しんでいた。寂しさで!恐怖で!

1903年には別居していた父アロイスも亡くなっていた。

父の死因は肺出血だった。2人とも早死だった。

早死にしたのは両親だけではなかった。

4人の兄弟達もだ。ヒトラー家は6人兄弟だが、

無事成人したのは2人だけだ。

「…手が…この…手の…震えが…止まって…くれるなら…私は…。」

ヒトラーの手は震えていた。パーキンソン病の症状だ。

だが彼にとっては恐怖の震えでもある。

「Mein Führ我らが総統er…。」

ヒトラーはシュペーアの手を震える手で掴みこう言った。

「私が死ぬ前に…ゲルマニアを…

私の夢を完成させてくれ……。」

「…!……ハイルヒトラー!」

ヒトラーとの面会を終えたシュペーアは、部下にこう嘆いた。

「総統亡き後、この国はどうなるのか…。

彼の死ほど恐ろしいものは無い。」

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