苛めと病気
遠藤良二
【短編小説】苛めと病気
今日、僕は死のうとしている。自殺は死後、地獄に落ちると聞いたことがあるが、それならそれでも構わない。好きにしてくれ。
僕が何でこんな気持ちになったかというと、「苛め」が原因だ。同級生から誹謗中傷を受け、心はボロボロになっている。
でも、教師や親には言っていない。なぜ、言わないのかと言うと、言えば苛めが更にヒートアップすると思うから。
もうこれ以上の苛めは耐えられない。殴る、蹴る、陰口を聞いてしまったなどいろいろな苛めを受けてきた。
遺書も書いた。山に行き、首を
学校にはもう行かない。あんなところに行ったらまた酷いめに合される。僕が死んだって誰も悲しまないだろう。
僕は高校3年生の
友達だと思っていたやつにも無視される。僕が苛めを受けるようになってから僕の彼女は別れを切り出してきた。あなたと付き合っていると私も苛めの対象にされちゃう、という理由。薄情で酷い話だ。
結局のところ元カノは僕に対してそこまでの気持ちしかなかったのだろう。悲しい……僕は好きだったのに……。
いろいろと独りで考えている内にストレスは溜まり、気分も暗くなっていった。やっぱり死にたい。僕は家にあったカッターの刃をきりきりと出して手首に当てた。今、両親は仕事に行っていない。チャンスだ。僕は浴室にいる。じわっと出血している。これを思いきり引けば大量に出血して、失血死するだろう。右手に持ったカッターを左手首に当てている。思わず躊躇する。その時だ。家のドアが開く音が聴こえた。この足音は母だ。やばい! 見つかる。僕は浴室のドアを閉めた。母が声をかけてきた。「幸雄? いるの?」 僕は出血したところをシャワーで洗い流した。水が流れる音で母に居場所がバレた。「何してるの?」「何でもない。シャワー浴びてた」 僕は嘘をついた。「学校どうしたの?」 母の質問攻めが続く。「具合い悪くて早退した」 これも嘘。「幸雄、脱いだ下着とかないけど、どこにやったの?」 僕は答えられなかったので黙っていると、黙ることもなく母は話しかけてきた。「幸雄。どうしたの。何で黙ってるの」「大丈夫、何でもないから。髪を洗ってるのさ」「そう」
母は何をしに家に来たのだろう。忘れ物かな。分からないけれど。とりあえず母が出て行くまでここから出られない。カッターとか見られる可能性があるから。
10分くらいしてまた母が話しかけてきた。「具合い悪いっていってるけど、病院に行くの?」「いや、行かない。ベッドに横になってるわ」「そう。無理するんじゃないよ」 母の最後の言葉が胸に染みた。無理するじゃないよ。そんな優しい言葉をかけられるのはあまりないから。僕は思わず泣いてしまった。
必死に泣くのを堪えたがどうしても嗚咽を漏らしてしまう。バレるかもしれない。バレたら何と言われるだろう。自殺未遂。怒られるか、酷く心配されるか。どちらとも避けたい。話が大きくなって父や妹にまでバレてしまっては面倒だ。
暗い気分は変わらないけれど、とりあえず母もいるからやめよう。こっそり浴室から出て、自分の部屋に向かった。カッターは机の引き出しに閉まっておいた。
希死念慮は消えない。でも、苛めがなくなれば回復するだろう。多分。心の病にでもかかってなければいいが。でも、そんなことはどうでもいい。僕は死にたいのだ。
母に苛めのことを打ち明けようか。どうしよう。母のことだから担任の先生に抗議したり、父、妹にも言ってしまうだろう。あまり、事を大きくしたくない。でも、僕が死ねば親戚や学校にまで話しが広がると思う。それは望んでいない。一体どうしたら僕が死んだことをバレずにいられるんだろう。それとも、そもそもそれは無理な話しなのか。そうだよな、人が死ぬって、動物が死ぬとはわけが違う。
それが嫌なら死ぬのをやめるしかない。でも、希死念慮は消えないのだ。病院に行った方がいいのかな。精神科だろうか。何か嫌だな。悪いことをしてるわけじゃないのに何となく敬遠してしまう。それに差別もしていない。なのになぜ? 自分で思うに心の奥底で心に病を持った人を避けているのかもしれない。こう思うということはそういうことだろう。
どうしたらいいかな。1番いい方法は。こうなったら母に話すか。本当は言いたくないけれど。僕は居間に行き、母に声を掛けた。「母さん」 母は忙しそうにしている。「どうしたの?」 こちらを見ずに返事をした。「僕、病院に行くよ」 ようやくこちらを向いた。「どこか痛いの?」「いや、そうじゃなくて。精神科にかかろうと思うんだ」「え? どうして」 僕は思い切って言った。「死にたいから」 一瞬、僕らの間の空気が固まった。「なんでまた。何かあったの?」 僕は母から目をそらした。そしてこう言った。「ほんとは言わないで死んでしまおうと思ってたことなんだけど……実は……苛めを受けているんだ」「そうなの? 何でそんな大事なこともっと早く言わないの!」 僕は泣けてきた。「ごめん……ごめんよ母さん……。僕がふがいないからこんなことになちゃって……」「そんな気持ちなら病院に行ってきなさい。わたしもついて行こうか?」「うん、頼むよ」 こうして僕らは病院に向かった。この町に1軒だけある小さいメンタルクリニック。
母は知らないが、僕は初めて来た。僕は母が運転する車の助手席で言った。「父さんや千夏には黙っててね」「何で隠すの? 家族なんだから言えばいいじゃない」 僕は密かに思っていたことを話した。「もし、心の病だったら、変な目で見られそうで」「そんなことないよ。お父さんだって優しいし、千夏だってそんな目で見ないと思うよ」「そうかなぁ……」「そうよ。家族をもっと信用しなさい」 僕は黙っていた。家族と言えど、1人の人間だ。父や千夏にだって考え方がある。それを疑いもしないで信用はできない。実際、打ち明けてみないと。
狭い駐車場に母のシルバーの軽自動車を駐車した。僕は緊張してきた。初めて来たところだからか。どうやら2階建てのようだ。入り口は
僕は思っていることを口にした。「学校に行くくらいなら自殺する」 自分でも思うけれど、覇気がない。こんな状態で人に会いたくない。友達と呼べる人もいないし。寂しい人生だ。「何を言ってるの。死ねるわけないじゃない。本当に死ぬ気がある人は何も言わないものよ」「え! そうなの?」 僕は知らなかった。そんな難しい話し、知るわけがない。大人が話す内容だと思う。僕はまだ18でガキだ。「もっと勉強しなさい」 そう言われて頭にきた。勉強はする。ただ、こんな精神状態だと勉強できない。
母は受付に行き、保険証を提出した。事務のお姉さんは言った。「初診ですね。こちらにご記入お願いします」「あの、息子を診てもらいたいんです」 事務のお姉さんが間違わないように配慮したのか、母はそう言った。「わかりました。では、息子さんのお名前でお願いします」 そう言われ母は問診票を僕に渡した。「書いてね」 優しい口調で母は言った。いつもはもっと厳しい言い方だが、僕が具合悪いからかそういう口調だ。少し、嬉しい。
面倒だと思いながらも一通り記入した。それを母に渡した。それにしても体が怠いし、希死念慮が消えない。あいつらのせいだ……! 僕をこんな状態にしたのは。恨んでやる、呪い殺してやる。僕は今までにない気持ちになった。
しばらく母と一緒に待合室で待っていると看護師に名前を呼ばれた。「星山さーん、星山幸雄さーん」 僕が立ち上がろうとすると、「わたしも行くから」 と、母は言った。内心、来なくていいのにと思ったが、言わなかった。この年齢で母親と一緒に行動するのは恥ずかしいから。でも、病院まで一緒に来てもらったのは、車で移動できるから。それに、今は秋で寒いし。
30分くらい医師と話しただろうか。病名は『うつ病』だと言われた。苛めのことも話した。医師は、「担任の教師に言うべき」 と言っていた。でも、僕は、「苛めがエスカレートしないか心配」 そう伝えた。医師は、「でも、今のままじゃ登校できませんよ。お母さんの方から言えませんか?」 そう言われたので母は言った。「わたしの方から言います。息子は言えないみたいなので」 僕は言い返す気力がなかったので黙っていた。
3日分の薬が処方された。「また来なきゃね」 母は言うと、面倒くさいなと思った。僕なんか死んでもいいのに。生きる価値もない。僕が悪いわけじゃないのにそんなことを思って自嘲してしまう。医師は、「早い段階で治療すれば、完治しますから」 と言っていた。「でも、慢性化すると完治はしません。
「さあ、帰ったらあんたの担任に電話するからね!」 僕はあまり乗り気じゃなかったけれど、確かにこのままではいられない。なるようになるさ。「わかった。その電話で苛めがなくなればいいけど」「そうね」
帰宅して今は夕方5時頃になる。僕は遺書を机の引き出しにそっとしまった。死ぬのはもう少ししてからだ。今後、苛めがなくなれば自殺はしないつもり。今はまだ死にたい気持ちはあるけれど。
食欲、性欲、睡眠欲、いわゆる人間の3大欲求が低下している。きっと、うつ病のせいだろう。はっきりしたことは医師には訊いてないけれど。訊けばよかった。失敗。でも、3日後にまた病院に行くから、回復してなかったら訊いてみよう。
そう思いながらベッドに横になった。その時、ドアをノックする音が聴こえた。「はい」 と、返事をすると、「開けるよ」 言いながら母は部屋の中に入って来た。「うつ病を完治させるためにしばらく学校休もうか」「うん、そうする」「じゃあ、先生に電話してくるから」「よろしく」
何と言っているか分からないが、母が電話で話す声が聴こえる。
母の話し声が聞こえなくなった。電話が終わったのだろう。そして、僕の部屋に向かって来る足音が聞こえる。「幸雄」 言いながら部屋に入って来た。「先生と話してきたよ。調査するって、苛めの。それから、しばらく休むことは了承してた」「そうなんだ。ありがとう」「医者も焦ってはだめって言ってたから、ゆっくり治しなさい。最悪、留年してもいいから。ほんとはしないほうがいいんだけれど」 僕は頷いた。
留年かぁ、それをするくらいなら辞めて働いた方がいいと思う。母にそれは言ってないけれど。 こうなったら、父や弟にも話さないといけないな。母が言ってくれるだろう。
時刻は18時くらい。父が帰って来たのかドアが閉まった音がした。妹の千夏は部活で遅いのかもしれない。部活のある日は20時を過ぎる。因みにバレー部だ。なので夜道は危険だから千夏から電話が来たら母が迎えに行く。朝も帰りのために車で送っていく。
父の野太い声が聴こえてきた。でも、2階の部屋にいる僕には何て言っているか母と同様わからない。そして、多分、父の足音だろう。2階に上がってくるのが聴こえた。父はいつもノックしないで入って来る。無神経な人だ。「幸雄、ちょっと今いいか?」 父の表情は険しい。「うん、いいけど」 話す内容は察しがつく。「お前、うつ病なんだってな」 僕は俯きながら、「うん」 と、返事をした。「そして、その原因が学校での苛めらしいじゃないか」 僕は黙っていた。「なぜ、何も言わなかった? 病気になるまで我慢して」 顔を上げて言った。「苛めてくるやつの耳に入ったら、もっと酷いめに合されると思って言えなかった……」 父の顔を見ると、呆れたような顔つきをしている。「幸雄。お前、そんなこと気にしてるのか。その時は俺に言え。担任の教師と話しつけるから」 僕はこう言った。「わかった、ありがとう。でも、言う前にやつらに殺されるかも」 父は般若の面のような表情になった、怖い。「そんなに酷いやつらなのか」 父がそう言うと、僕はこう答えた。「かなりね」「何をされたんだ?」 された内容を思い出して僕の気分は暗く最悪になった。「いいたくない。思い出したくない」「そうか。じゃあ、話す気になったら言えよ。我慢はするな」「わかった」
父が母と喋っている声が聴こえた。気になったので、部屋の外の廊下に出て、耳を潜めた。「幸雄の担任には俺が昼休みに話すから。女のお前じゃ頼りない」 と父は言った。それに対して母も言った。「先生と喧嘩しないでね」「それは大丈夫だ。喧嘩になるとしたら幸雄を苛めた保護者とする」 母は黙っていたが、喋り出した。「あんまり無茶なこと言わないでね。それと暴力は絶対振るわないで」 父は大笑いした。「暴力だなんて、そんなことするわけないだろ!」「それならいいけど、あなたキレたら暴力ふるうから」 夫婦喧嘩の時のことを言っているのだろう。「大丈夫だ。そこは感情を抑えるから」 すると母は言った。「わたしの時も抑えてよ」 と聞こえた。確かにそれは言えている。父は言い返した。「他人と夫婦は違うだろ。まあ、抑えるけどよ」「よろしく頼みますよ」 そこで両親の会話は終わった。果たして父と担任の先生とはどんな話しになるだろうか。気になる。僕は自分の部屋に戻った。すると、今度は僕を父が呼んだ。「幸雄ー」「なーにー?」 言いながら僕は廊下に出た。「明日、俺の方からお前の担任の先生と電話で話すから。1回で話しは終わらないかもしれない。もしかしたら幸雄にも会話に入ってもらうかもしれない、逃げるなよ」 失礼なことを言った。「逃げないよ」「まあ、とりあえずはそういうことだ」「わかった」
翌日の朝も僕は具合いが悪い。無理して学校行って悪化したらまずいから休む旨の話しを両親に言った。両親は、「そうした方がいい」 と、言ってくれた。 父は車の整備工場に勤務している。出勤時間は8時30分までに行かないといけないらしい。父さんはがんばっているのに、僕はこんなだ。仕方ない。うつ病が完治すれば、また学校にも行けるようになるだろう。それと、苛め問題も解決させないと。そのためには、両親の力を借りないといけない。後、精神科の医師も多少、アドバイスをくれる。
その日の夜、父は昨夜言った通り昼休みに、僕の担任の先生と話をしてくれたらしい。先生は会って話したいと言ったみたいだが、仕事の休憩中だから無理と断ったそうだ。話の内容は、「息子を苛めているやつらを退学にして欲しい」 と言ったらしい。だが、先生は、「それは難しいです」 と、言われたようだ。「彼らにもきつく叱るのでもう少し時間を下さい」 そう言われ、「父は苛めているやつらが誰か教えろ!」 と、凄い剣幕で言ったという。でも、「それは教えられない」 と言う話し。「じゃあ、息子から訊くからいい!」 やはり、僕も混じるのか。嫌だな。 という感じのやり取りだったらしい。 僕は父に言われた通りに、苛めてくるやつの名前を紙に書いた。「父さん、こいつらをどうするの?」「ぶっつぶす!」 僕は驚いて言った。「そんなことしたら、父さんが悪者になるよ」「それでもいいんだ。お前を痛めつけるやつは俺が許さん」
「でも、警察沙汰になったら父さんつかまっちゃうよ。それは嫌だよ」 父は黙った。「でも、このまま黙ってるのは、俺の腹のムシがおさまらん」 僕は尚も言った。「とは言ってもいきなりそいつらにヤキを入れるわけじゃないぞ。教師の行動次第だ。説教してお前への苛めがなくなるようなら、俺は何もしない。でも、教師が説教してもなくならないようなら俺が説教する、ガッツリな」「わかった」 僕としては内心、父の手をわずらわせたくなかった。理由は1つ。父は暴力を振るうから、警察沙汰になる。それは避けたい。罪人の息子と生徒や教師に思われてしまう。それなら逆効果だ。悪い噂が流れてしまっては、尚更僕が居づらくなってしまう。
翌日も父は担任の先生に電話したらしい。どうなったか様子を窺うためと言っていた。先生はこう言った。「昨日の今日なので、まだ全員に叱ってはいません」 父は、「早急に頼む」 と言って、「わかりました」 先生とのやり取りは昨日より早く終わったようだ。
父は、「あの教師が動き終わるまで毎日電話する」 言っていた。僕を守ろうとしてしつこく連絡するのだろうが、先生に、「しつこいなぁ」 と思われそうだ。そのことを父に話すと、「そりゃそうだろう。動かない教師が悪いんだから」「まあ、そうだけど」 父は怖くてあまり反発できない。下手に反発すると、大きな声を上げて怒鳴られる。母も父の様子を窺いながら喋っているように見える。でも、妹の千夏は父になついている。異性だからなのか、父は千夏にあまい。だから、なつくのかもしれない。妹は16歳で高校1年生。将来は看護師になりたい、と言っている。看護師。大変な職業だと思う。僕は……なりたい職業は……ない。まあ、僕もまだ若い。これから見付けていけばいいだろう。
前向きな考えは何とかできるんだけど気持ちが後ろ向き。死にたいとか。薬の力だけでは完治しないと思う。苛めが解決しないとだめだ。 夕方、父が職場から帰宅して僕にこう言った。「お前の担任は苛めてる3人には注意したそうだ。だから、明日から試しに登校してみないか? もちろん、うつ病もあるから無理だと思ったら帰ってこい」「やつらの様子を窺う感じ?」「そうだ」 内心僕は行きたくなかった。でも、父がそう言うから行くしかない。具合い悪かったら帰ってきていいという条件付きだし。「わかった、行ってみる」
翌日の朝。怠い、死にたい、という気持ちが渦巻いていた。この気持ちを両親に伝えた。父は、「そうなのか、無理しちゃいかんから、休め」 と言った。母も同意したようで頷いていた。「わかった」 そう答えて、僕は2階にある自分の部屋に戻った。そして、すぐベッドに入った。でも、眠れない。怠いから横になったままだ。食欲もないから朝ご飯はいらない、と伝えた。母は心配そうに僕を見ている。父は、「無理はしちゃいかんが、病気に負けちゃいかんぞ」 僕はそこで思った。どうやって病気に勝つというのだ。教えて欲しい。
不意にドアを誰かがノックした。「はい?」「うち」 千夏が来た。僕は妹のことが大好きだ。かわいいし、優しい。これだから彼氏もできるわけだ。「どうした?」「お兄ちゃん、入るよ、大丈夫?」 真面目な顔をして僕を見ている。「大丈夫じゃないよ。具合い悪いのさ」 そう言うと妹はさらに暗い表情になった。「心配だよ、お兄ちゃん死なないでね……」「何でそんなこと言うんだ?」「だってうつ病で自殺する人いるじゃん」「まあ、確かにそうしようと思ったことはある。でも、そんな真似はしないよ」「なら、いいけどさ」 千夏はそのことを気にしていたのかな、僕がそう言うと、眉間の
*
うちの名前は
*
今日はずっとベットに横になっていた。希死念慮は浮かんできたり消えたりしている。怠さは相変わらずだ。 薬は1日4回飲む。朝、昼、夕、寝る前。正直、面倒だ。薬を飲まずにゆっくり休んでいればよくならないのかな。素人の考えだけれど。
夕方、父が帰宅して僕を呼んだ。どうしたのだろう。居間に行ってみると、父は喋り出した。「昼休みに担任から電話きて、お前を苛めてるやつら1週間の停学だってよ、お前の担任が校長に話したらそうなったらしい。それで反省すればいいが。わからんけど」「停学か、退学になればいいのに。そしたら平和になる」 僕は憎しみを込めて言った。「そうだな、とりあえず停学になって様子をみるんじゃないのか」「そうだね」
次の受診日がやってきた。具合いはさほど変わらない。死にたい気持ちもたまにある。怠いし。それでも、やつらが停学になって少し気が楽になった。でも、停学の期間が終え、またあいつらが登校してくると思うと手放しでは喜べない。苛めてこなければいいだけの話しだが。でも、やつらのことだから、またからかってくると思う。そうなったらまた先生に言う。もちろん父にも。 病院に行く支度をするのが面倒なので、簡単に着替えられる上下黒いジャージにした。ここ数日、入浴も歯磨きも怠いし面倒なのでしていない。母には、「歯磨きくらいしなさい」 と言われるが、していない。今は無理。 でも、言い返すことはしなかった。面倒なことになるのは嫌だから。鏡を見ると確かに髪の毛もべとついている。でも、まあいいか、と思って洗髪する気はない。どうせ彼女や友達はいないし、誰に見られたって関係ない。医師も、「お風呂に入ってますか?」 とは訊いてこない。きっと、精神科にはそういう患者さんがたくさんいるのかもしれない。だから、言わないのかも。
母親に促されて僕は車に乗った。飲み薬は忘れることなく全て飲んだ。でも、改善されていない。医師にも、「まだよくなっているようには感じません」と伝えると、「もう少し同じ薬ですけど様子をみましょう。それで変わらなければ別な薬に変えます」 と、言った。僕は、「わかりました」 とだけ、言った。 病気はつらい。でもいずれ生き物は死ぬ。なら、治療など必要ないのではないかと思う。それを母親に言うと、「じゃあ、何で病院にいくの? そんな気持ちでいるのなら通院する必要ないじゃない」 全くその通りだ。でも、生きている以上、つらい思いをしながら生きるのは大変だ。だから、病院に行く。これも母親に伝えると、「そんなの当たり前のことだよ」 と、きついことを言われた。
母親はこう言う。「屁理屈言わないで、素直に生きなさい」 母親の言うことはいつも的を得ている。
翌日の20時頃。知らない番号から電話がかかってきた。僕は警戒して出なかった。でも、何度もなるので出てみた。「もしもし?」『もしもし。幸雄? おれ、星山幸太郎』「ああ、幸ちゃん。久しぶり。よく、僕の電話番号わかったね」『うん、幸雄のお父さんに教えてもらったんだ。まずかったか?』「いや、そんなことはないよ」『幸雄、うつ病になったんだって? しかも同級生の苛めのせいで』「それも父さんから聞いたの?」『そう。幸雄がおれと仲がいいことを知っているみたいで教えてくれた』「そうなんだ。僕はもうこの世を去りたいよ」『何言ってるんだ。人生これからだろ。それに、来週の休みにでも幸雄に会いに行くかと思ってたんだぞ』「そうかぁ。でも、僕、調子悪くてあんまり相手にならないかも」『そうなのか、じゃあ、日を改めた方がいいか?』「できればそうしてもらいたい」『そっか。わかった。また電話するよ。登録しといてくれよ。おれの番号』「わかった」
まさか、いとこの幸ちゃんから電話がかかってくるとは思わなかった。まあ、仲がいいからいいんだけど。メールアドレスを教えよう。ショートメールで僕のメールアドレスを送った。幸ちゃんからのメールはすぐにきた。ショートメールじゃなく、普通のメールで。<よろしく!> と、彼からきた。僕は、<こちらこそ> と、送った。<何でうつ病なんかになったんだ?> 答えたくなかったが、幸ちゃんには嘘をつきたくない。だから正直に伝えた。<実は僕、クラスで苛めにあってて、それで病気になったのさ> 沈黙が訪れた。そして、幸ちゃんは言った。<それは聞いたけど、そいつは許せねえな! おれの大切ないとこを。ぶちのめしてやろうか><いや、それはやめて欲しい。幸ちゃんも罪人になっちゃうよ> 再び、沈黙が訪れた。そして幸ちゃんが喋りだした。<まあ、確かに。それはそうだな。先生には言ってあるんだろ?><うん、もちろんそれは言ってあるよ。父さんにも言ってあって、担任の先生が校長先生に打ち明けたら、苛めてくるやつらは3人とも1週間の停学になったんだ> 幸ちゃんはゲラゲラと笑いながら言った。<いいザマだな。普段の行いが悪いからそうなるんだ!><それはそうかもしれないね>
僕は思っていることを全て幸ちゃんに話した。<でも、停学の1週間が過ぎればまたやつらは登校してくるから、また苛めに合うんじゃないかと思って。まあ、父さんに話したらその時は言え、と言われてる。また先生に言うってさ> 幸ちゃんは、うんうん、と話を聞いてくれた。さすがだ、優しい。人に寄っては苛められる側にも問題がある、というが僕の身内はそんなことは言わない。身内は僕の味方で、苛める方が悪いと思ってくれている。そういう考え方で僕は助かっている。まずはうつ病をよくしないと。そのためには結構時間がかかると思う。留年するくらい時間がかかるかも。それならそれで仕方がないと僕は思っている。両親にも言っておかないと。
18時30頃、僕らは夕ご飯を食べ始めた。家族の前で僕は言った。「もしかしたら、うつ病完治するのに結構な時間がかかると思う。もしかしたら留年するかも」 父はこう言った。「留年しても仕方ない。うつ病を完治させることが先決だ」「僕もそう思うんだ」 母や妹の千夏も賛同してくれた。僕は続けて喋った。「留年するなら高校辞めて、働くよ」 そう言うと父は難しい顔つきになった。「そこだよな。今時、高校卒業しないで働ける会社がどれくらいあるか……」 僕は思ったことを言った。「探せばあると思うんだ」「まあ、そうだな」「それに、仮に完治して留年したとして、年下の同級生と一緒に勉強するのは嫌だな」 父は食べながら、「気持ちはわからなくはない。ただ、俺が思うに卒業した方がいいんじゃないかな、と思うんだ。就職する時のことを考えて」 と真面目な顔をして言った。「少し考えてみる」
翌日になり、今日は精神科受診の日だ。母は話しかけてきた。「調子どうなの?」「うーん、留年するかもしれない、ということに気付いて困ってるし調子もいいとは言えない」「そう、でも焦らず考えなさい、留年のこと」 母は優しい。「僕、具合い悪い……。どうしよう」「まず、お医者さんに話してごらん」 母は心配そうに言った。「さあ、病院に行く支度しなさい。シャワー浴びて。2週間くらいシャワー浴びてないでしょ。いい加減、臭うよ」「いいよ、別に。僕なんか」「また、そうやって自暴自棄になるし。でも、それも病気のせいかな」「多分ね。うつ病になる前は僕はこんなんじゃなかったから」「じゃあ、とりあえず着替えなさい」 母にそう言われ自分の部屋に行き、ブルーのロングTシャツにブラックのジャージにパジャマから着替えた。鏡も見ないでまたベッドに横になった。 怠い……。このまま寝ていたい……。でも、薬がない……。効いている気がしないこの薬。鉛のように重い体。
僕は何とかベッドから這い上がり、居間に行った。母は髪の毛を洗面所でブローしている。「あんたは髪の毛洗わないなら、
医師に話しを聞いてもらった結果、入院となった。母は、「ええ! 入院ですか!? 通院で何とかなりませんか?」 と、食い下がった。医師は、「入院した方が、経過もわかりますし、完治を目指すのであれば入院したほうがいいと思います。でも強制ではないですよ。私の提案です」 母は俯いた。「息子、そんなに酷い状態ですか?」 主治医は眉間に
診察を終えて、今は2人で待合室にいる。 母はとんでもないことを言った。「入院なんて病院の金儲けよ」 僕は不思議に思ったので訊いてみた。「何でそんなこと言うの?」 すると母はこう言った。「わたしの経験上の話し!」「母さん、怒ってるの?」「そりゃ、怒るよ! 入院費は高いし、ご飯は美味しくないし。まあ、病院食は美味しくないものかもしれないけどさ。家にいて治療できるならその方が安上がりだし」 僕は母の発言を不快に思った。「結局、お金、なんだね」 母は僕の方を睨んで言った。「そりゃ、そうよ! お金がないと何もできないからね」「まあ、そうだけど。でも、母さんの言い方はえげつないよ」
薬が変わって3日後。病院受診の日。気のせいかもしれないが、若干気持ちが上向きのようだ。珍しい。でも、3大欲求は下がったままなので、そのことも訊いてみよう。今日は歯だけ磨こう。シャワーを浴びるのはまだ面倒に感じるから浴びない。母は、「今日もシャワー浴びないの?」 と訊いてくるので、歯磨きしたからそれでいい。前進したよ。「まあ、そうね」 こうして僕は母のお陰で入院を間逃れ、家で薬を飲みながら治療することにした。ただ、寝ているだけではだめだということで、無理のない範囲で家事をすることにした。規則正しい生活を心がけることも視野に入れ。そして完治を目指す。今はまだ早いが、精神科デイケアに通い、次に作業所で働き最終的には一般就労をする、という計画を両親と一緒に考えた。これから先くじけることもあるかもしれない。でも、それにもめげずにやっていこうと思う。高校に関しては、親とも話したけれど、留年したら働く了承を得た。 ゆっくり焦らず前に進めたらいいなと思う。
終
苛めと病気 遠藤良二 @endoryoji
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