最凶悪役令嬢、現代へ転生する。

巡子

第1話 悪役令嬢は婚約破棄される。


今迄の努力が全て泡となって消える。

この私がそんな経験をするなんて、まさか考えてもみなかった。


「ソナタはこの帝国の<悪>そのものだ。僕はお前のようなものと生涯を共にするつもりはない」


17歳になった私の誕生を祝うパーティ。

頼んでもいないのにわざわざ手配したらしい絢爛豪華な舞踏会場の真ん中で、この国の次期皇帝であらせられる婚約者様は私を指さしそう言った。


「よって今この場で宣言する。僕、マルクス・ロスカ・エバンスは、ユーディア・カルアデスとの婚約を破棄すると!」


彼の良く通る声が会場に響き渡った瞬間、人々が一斉に動きを止めて此方へ視線を向ける。


「え?」

「今のはどういう事?」

「まさか皇太子様がユーディア様との婚約を破棄なさると…」

「本気なのでしょうか。まぁ彼女は確かに…悪そのものと言われても仕方がない女性ですが」

「しかし帝国の未来には彼女の力が必要不可欠な筈だ」

「そもそも彼らの婚約は皇帝が決められた事だろう。皇太子の独断で破棄など出来る筈もない」

「確かに。彼女と結婚しなければいけない皇太子のお気持ちは理解出来ますが、少々理性に欠ける発言ですね」


そこかしこで貴族達の声が重なり、騒然となる会場。

そんな中で自身に向けられる冷ややかな視線に気づいた婚約者は、コホンと一つわざとらしい咳をついて、臆することなく胸を張った。


「ユーディア。僕はお前と婚約を破棄し、新たな婚約者を迎える事にする。」


その皇太子の発言に、会場は更なる動揺に包まれる。

皇太子が私からチラリと視線を外しどこかを見つめると、やがて一人の女が悠然と此方へと歩いてきた。

淡いピンク色の美しい髪を靡かせたその女は、自信に満ち溢れた顔で皇太子に肩を抱かれ、私の前に立つ。


「紹介しよう。彼女はこの国の聖女、アリア・エリザベートだ。」


「聖女…!?」

「まさか、彼女が本当に?」

「信じられない、こんな所でお目に掛かれるとは」

「聖女といえば、この帝国の闇を払い永久の栄光をもたらすとされている女神の代理人でしょう」

「そんな方がこのような場に姿を現すなんて」

「いいのか?確か聖女の存在はこの国の最重要機密の筈では…??」


「皆が動揺するのも無理はない。しかし彼女は正真正銘、この国の聖女だ。まさかこの僕が偽物を連れてくる訳も無いだろう」

「マルクス…いえ、皇太子様の言う通り。私は正真正銘、この国の女神の代理人である聖女、アリア・エリザベートです。」


鈴を転がしたように可憐な声で、彼女は愛らしい顔を儚げに揺らしながら自分が聖女であると宣言した。


そう。この国の《悪》と呼ばれる私の目の前で、宣言した。


「ユーディア。君のその汚くも醜い人格は、アリアの清らかで美しく尊い人格に遠く及ばない。父上も既に君との婚約破棄に同意し、僕とアリアの婚姻に強く賛成してくださっている」

「ねぇマルクス、何もそんな言い方をしなくても…」

「いいんだよアリア、どうせ彼女は僕が何を言っでも傷ついたりしない。そもそもそんな人間らしい感情なんて持ち合わせちゃいないんだ」


まぁ、散々な言われようだこと。

仮にも生まれた時から長く婚姻を結んできた間柄だというのに、私の事は最早人間だとも思ってはいないらしい。


「とにかく君との婚約破棄は既に決定事項であり、今更何を言おうと変わらない。僕の話なんて微塵も興味がない君でも、流石に今回ばかりは聞かざるを得なかっただろう。」


ふは。と勝利を確信したと言わんばかりに強気な表情をしながら、婚約者様は鼻を鳴らして私をジロリと睨み付ける。

周りの視線は一斉に私へと向けられ、

「流石の彼女でも聖女相手では分が悪いか」

「皇帝が認めているのならば何を言っても無駄だろう」

「可哀そうに。まさかこんな場所で晒し者にされるなんてね」

なんて、哀れみに似た嘲笑の声が微かに聞こえてきた。


そんな好奇の目に晒されて、私は…。


(まさかこんなにも上手く事が運ぶだなんて!)


と、喜びに緩んでしまう口元を扇子で隠しながら歓喜に打ち震えていた。


長かった。ここまでくるのに本当に長かった。

私の今迄の苦労は全てこの瞬間の為にあったのだ。


(あぁ、やっとなのね)


もう少しで私の悲願が叶う。

《彼》との約束を果たし、この胸に刻まれた忌々しい《刻印》から解放され、

私はようやく自由を手に入れる事が出来るのだ。


「ユーディア。黙ってないで何とか言ったらどうなんだ」

「…そうですね。婚約破棄でしたか?勿論喜んでお受け致しますわ。そもそも貴方の様な人と結婚なんて此方から願い下げですし」

「な、」

「優秀な他の兄弟への劣等感と下らないプライドで、大した実力も無いのに偉そうに威張るだけの傲慢な人。先程貴方は私に人間らしい感情が無いと言ったけれど、貴方は醜悪で汚い感情を惜しげもなく他人に晒す、実に人間臭い人だわ。貴方の隣にいるだけで鼻がおかしくなりそうだった」


私の言葉に、はみるみる顔を真っ赤にして此方をきつく睨んでくる。


「ユーディア!!」

「でもね、私は今初めて貴方に感謝しているわ。だって貴方はそこの聖女を私の前に引き摺り出してくれたんだから」


私は心からの笑みを浮かべて、広げた扇子をピシリと聖女に向かって指す。

聖女は少し目を見開いて動揺し、隣の彼の腕をギュッと掴んだ。


「…それはどういう意味だ?」

「私はそこの可愛らしいお嬢様にずっとお会いしたかったの。私という存在が生まれた〈あの時〉からずっと。」


パチリ。と、持っていた扇子を閉じる。


「ずっと貴方を殺したいと思っていたわ、聖女様。」


瞬間。

私の足元から無数のが飛び出して聖女へ一斉に飛び掛かった。


「キャッ」


か細く鳴く様な聖女の悲鳴に、咄嗟に聖女の前へ飛び出す元婚約者。

周囲の一瞬のどよめき。

その全てより早く影は聖女の喉元に巻き付き、彼女の細い首を締め上げた。


「アリア!」


剣を抜き影を攻撃しようとする彼に、私は邪魔をするならアイツの腕を切り落としてしまおうと足元から鋭利に尖らせた影を発現させようとする。


「愛する者と共に死になさい」


が、その時。

影が現れる筈の私の足元から、見たこともない巨大な魔方陣が現れた。


「っ!?」


突然現れたその魔方陣が何なのか確認するよりも早く。

自分の身体を目が眩むような強い光が包み込み…その光に溶かされていく様に、私の意識は段々と遠のいていった。

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