第224話 解決策


 「う~ん、この料理は格別だよ~。そう思わない? ガイル」

 「あぁ」

 「ねぇ、これ僕食べていい?」

 「あぁ、皆が許すのなら」

 「じゃあ、食べよ~。んん~、美味しいっ」


 パトラが大きな骨付き肉にかぶりついている。

 そんな様子を俺は愛想笑いをしながら、ただ見ていることしかできない。


 ふ、ふむ。

 お腹は減っている気がする。

 ただこの状況で食欲なんて湧くはずがない。


 今俺が居るこの場所はギルド内である。

 パトラの手紙を見せた後、レイピアの彼女エイラは俺と戦うことを選ばずに、話し合いの場を設けてくれた。

 俺とレティナとクロエ。それにエイラとパトラと序列五位の聖騎士ガイル。

 この六人で料理が並ぶテーブルを囲っているのだが……


 もしも話し合いで解決できなかったら……一体どうなるんだろう。

 ルガヴィフ家の敷地で何か起こせば、パトラは対応せざるを得ないと言っていた。

 もしもエイラが剣を抜いた場合、もちろん俺も応戦しなくてはいけなくなる。

 その時、はたしてパトラたちはどちらにつくのか。


 そんなことを考えていると、以前出会った受付嬢が料理を持って顔を出した。


 「はい、追加だよ」

 「ありがとうございます。これすっごく美味しいです。後で作り方教えてもらえませんか?」

 「あぁ、もちろんさ」

 「やった。というか、ギルド内にキッチンがあるなんて珍しいですね」

 「そうだろ? わざわざ改装して作ったのさ。あたしにゃ、力が無いから、せめて働いている奴らに旨いもん食わしてやりたいって思ってね」

 「へ~。いいですね。本当に美味しいです」

 「そう言ってもらえて、嬉しいよ」


 え、えっと……レティナはどうしてこんなにも普通なんだろうか。

 事前に今の状況を伝えてるはずなんだが……


 「レオン、それで話を戻すけど、貴方シュバーデンを暗殺するって言ったわね」


 皆が集まって約三十分ほど。

 ようやくエイラが話を切り出す。


 「概ねその予定だよ」

 「理由を教えてもらってもいいかしら?」

 「まずシュバーデンが他国のエルフを攫ってることは知ってる?」

 「噂には聞いてるけど」

 「それが本当の話でね、ランド王国にもその手先がやってきたんだ。幸い実害は出なかったけど、このまま野放しにしてればいつか俺の仲間にまで危険が及ぶと思って」

 「なるほど……ちなみに概ねって言ったけれど、暗殺しない選択肢もあるってことよね?」

 「まぁ、限りなく薄いけどね。君は街中にある赤い目のこと……どう思ってる?」


 エイラの眉がぴくっと動く。

 この反応はどっちだ?

 彼女が催眠を受けているか受けていないかで、話が変わってくる。


 「どう思ってるって……気持ちが悪いものだと思ってるわ」

 「ほう。つまりあれが催眠魔法だと気づいてるって事だよね?」

 「へぇ、貴方も気づいていたのね。もちろんだわ」

 「良かった。なら、話は早いんだけど、シュバーデンは十一年前ルガヴィフ家とグロドルー家を裏切って女王に加担したんだよね?」

 「えぇ……」

 「その頃から催眠を受けていたのなら、流石に殺しはしない。判断は難しいと思うけど」

 「つまり根っからの悪人であれば手を下すという事ね」

 「そういうこと」


 パトラも聖騎士ガイルも口を挟まないのを見ると、二人もあれが催眠魔法ということに気づいているようだ。

 今のところは穏便に済みそうな流れではある。

 このままこの流れで帰れないかな……


 「貴方の目論見はとりあえず分かったわ。それでパトラたちルガヴィフ家はレオンに干渉しないわけよね?」

 「そうだよ~。んっ、これも美味しい」

 「ふ~ん、意外ね。私はてっきり三すくみの現状を維持するかと思っていたけど」

 「その現状に甘えてるのは君だけでしょ?」

 「……どういう意味かしら?」


 怪訝な表情をするエイラ。

 そんなエイラにパトラは口に含んだ料理をごくりと飲み込んで、言葉を続けた。


 「もしもシュバーデンをレオンが暗殺するとしよう。そうなれば、この王国の現状が崩れるのは間違いなしだ。君はそれが嫌なんだよね?」

 「……何故そう思うの?」

 「だって、何が起きるか分からなくなるから。争いが起きるかもしれないし、今まで大人しかった女王が腰を上げるかもしれない。もう十一年前の悲劇は起こしたくないんでしょ? 君の両親が命を落としたあの悲劇を」

 「……っ」


 図星を突かれたように、エイラは俯く。

 話の内容が重すぎて俺が割って入ることもできやしない。


 「……それ以上口を開かないで」

 「君が呼んだのにそれはないんじゃないかな? 昔に比べたら、大分マシになった今を変えたくないっていう気持ちは分かるけど……逃げるのはもう止めなよ。子供じゃないんだから」

 「パトラ、煽るような言葉は止めろと常日頃言っているだろう」

 「煽ってなんかないよぉ。ただ現実を突きつけているだけ~」


 口を尖らすパトラに、聖騎士ガイルはくどくどと説教を垂れている。


 シュバーデンを咎めて無事に出国できればそれでいい。

 そう簡単に考えていたが、少し浅慮過ぎたかもしれない。


 何だか気落ちする俺に対して、


 「貴方がそんな顔する必要はないわ……」


 エイラが冷たくも優しい声色でそう言った。

 彼女自身思うことがあったのだろう。

 顔を一度叩いて意識を切り替えたのか、真剣な表情で口を開く。


 「一応聞いておくけど、パトラ。貴族たちの現状は? まだ争いに発展する段階ではないのよね?」

 「ないね。牽制はし合ってるけど、紅月の日までは動かないと思うよ」

 「そう、なら……後二週間は動かないのね」

 「ん? 紅月の日って何?」


 聞き慣れないその言葉につい横槍を入れてしまう。


 「一年に一度、月の色が赤く染まる日の事よ。伝承では人間を作りし神が、世界を覗いていると言われているわ」

 「ん? 炎の神様が月を燃やしてるんじゃなかった?」

 「私はヴァンパイアの王が力を発揮させるために作り出した幻想と聞いたぞ」


 おいおい、色々とありすぎだろ。

 正直どんな言い伝えでもいいが……


 「その日って、貴族が動かない程重要な日なの?」

 「そうだよ~。女王が待ち望んでいる大切な日なんだ。そんな日の直近で、もめ事を起こす貴族はいないかな」

 「なるほど……」


 俺はパトラの言葉を聞き、思考に耽る。

 エイラが危惧していたのは、貴族間の争いに市民が巻き込まれることだった。

 その原因を作ったのは間違いなく俺だ。

 だが、クロエをローデッド家に返し、その問題を解決しようなどとは今でも微塵も思わない。

 だから、他の策を考えよう。

 エイラが過去に体験した悲劇を繰り返さない為にも。

 幸い会話で解決できる場が整っているし。


 二週間以内……いや、女王の機嫌を損なわないようにシュバーデンを襲撃する日はできるだけ早めに。

 そして、首謀者を貴族ではないということを証明すれば、間違いなく貴族間の争いは起こらないはず。

 それなら……


 俺は纏まった考えをそのまま口に出す。


 「エイラ、聞いてほしい事がある」

 「何かしら?」

 「シュバーデンを襲撃し、エルフを奪還できたら俺はそのままこの王国を出ようと思ってる。でも、それじゃ誰が犯人か分からずじまいで、結局今の状況と変わらない」

 「そうね……」

 「状況を好転させるには、犯人を明確化すること。だから、俺がシュバーデンの屋敷にいる者を拘束し、自分がこの国の者ではないと告げる。もちろん目的も話して。そうすることで生き延びたその人の証言によって、貴族たちの疑念や不安が解消されると思うんだ」

 「でも、レンくん。口を挟むけど、レンくんがそう言っても、その証言が真実だって相手は分からないんじゃない?」

 「まぁ、最悪分からなくたっていい。考えて見て? 高値で売れるエルフを救出して、国外へ逃亡させる貴族ってこの王国に居ると思う? 居ないでしょ。だって、メリットがない上にリスクが高すぎるから」

 「確かにそうだけど、国外に逃亡させたっていう形跡はどうやって証明つもり?」


 流石はレティナだ。

 痛いところを突いてくる。

 傍から見ればどうして俺の策の穴を探すのか、と思うだろうが、きっと俺が答えられなくてもレティナは代替え案を持っているはずだ。でなければ、この状況で口を挟もうとはしないだろう。

 まぁ、俺も俺でその質問の答えは考えている。


 「それなんだけど……奪取したエルフがこの王国に居なければ、逃亡した証拠になると思うんだ。ギルド主体で各々の貴族の屋敷を調査するでもいいし、グロドルー家とルガヴィフ家の共同でそれを行ってもいい。まぁ、屋敷内を調査されるのが嫌な貴族も出てくるかもしれないけど……そうなったら、犯人かと脅せばいいんじゃないかな」

 「……」


 エイラは思案気な顔をしている。


 ダメだろうか。

 割と納得できる案だと思ったんだが……


 「良い案だと思うぞ」


 不安な気持ちを抱く俺に聖騎士ガイルはそう言った。


 「計画を実行することだけではなく、きちんと後先さえも考えている。この王国がどうなろうと言ってしまえば、君の人生に関わる事ではない。それでもなお、我々のことを想い考えてくれるのは敬意に値する」

 「そうだねぇ。仮にレオンの案が通らなくても、事件後に起きる不安点が見いだせただけで、対応がスムーズになるよ。それで? エイラは今のを聞いても反対なの?」


 パトラたちルガヴィフ家に関しては、賛成してくれると分かっていた。

 干渉しないと言った手前、ここで反対するなんて有り得なかったからだ。

 問題はエイラ。

 もはや彼女を頷かせるために、ここにいる全員が集まったと言っても過言ではない。


 「……」


 沈黙が歯がゆくて仕方がない。

 早く結論を欲しいところだが……


 「……そんなに考えてくれて、反対することなんて出来るはずがないでしょ」

 「そ、それって……」

 「仕方がないから、その子を捕縛するのは止めにする。薄暗い未来を続けるよりも、シュバーデンのいない少し明るい未来に希望を掛けることにするわ」


 その言葉には重みを感じた。

 市民を守る正義の心を持っている彼女からすれば、非常に重たい決断だったのだろう。


 はぁぁ……本当に良かった。

 これでまた一つ肩の荷が下りた。


 「まだ色々と決めたいことがあるの。もう少し時間を貰えるかしら?」

 「うん、もちろんだよ」

 「パトラたちは大丈夫? シュバーデンの護衛があるのなら、席を外してもらっても構わないけど」

 「平気だよ。僕ら以外にも強い人間はいるから」

 「そう」


 ここに来た時と違って、随分爽快な気分だ。

 やはり不安を払拭できたのはでかいな。


 俺はつい笑みをこぼしてしまう。

 そうして、次の話し合いが始まると思った矢先、ふと聖騎士ガイルが俺の隣に視線を向けた。


 「一つ質問がある。そのエルフの娘はどうしてずっと俯いてるのだろうか?」


 あっ……そ、それは……


 「多分、恥ずかしいんじゃないかしら?」

 「恥ずかしい?」

 「えぇ。この子ここに来る前、ローデッド家に自ら戻る決断をしてたの。レオンの引き止めも押しのけて」

 「ほう」


 い、いや、ほんとに止めてあげて。


 「でも、結局そんな事にはならなかった。だから、涙をためて別れの言葉を送ったことに恥じているのよ」


 ちょ、そんな事細かに言わなくても……


 「ほお……」


 微妙な反応をする聖騎士ガイル。


 じ、自分で聞いておいて、なんだその反応は!! 

 これは怒ってもいい!

 今なら許すぞ、クロエ。


 俺はクロエに視線を移す。


 「うぅ……」


 あっ、これダメなやつだ。


 そう悟った俺は、涙を堪えてただうぅうぅしか言わないクロエをそっとしてあげることにしたのだった。

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