第109話 忍び寄る影②


 この部屋はどうやら訓練場のようだった。

 大きな室内には無駄な物などなく、脇に槍や剣などの武器が立てかけられている。

 そんな室内に響き渡ったスカーレッドの言葉を俺はもう一度繰り返す。


 「邪魔……だった?」


 声色を変えられ仮面を付けているせいで、嘘か真実かの見分けがつかない。


 「あぁ。そうだよ? その男は……深追いしすぎたんだ。僕のことを」

 「……理由になっていないと思うけど? 君のことを追っていたのが邪魔だったのなら、他の騎士も同じだったはずだ。なのに、君はルキース以外誰一人として殺してないじゃないか」

 「ふっ。リーダーを失えば騎士たちは総崩れでしょ? だから、そいつを殺したまでさ」

 「いや、違うね。リーダーを失えば、騎士たちは躍起になって君のことを探すよ。敵討ちをしたいが為にね」


 ルキースの亡骸を地面に寝かせて、スカーレッドをじっと見る。

 そんな俺にスカーレッドはやれやれと首を横に振った。


 「レオン。君は何も分かってないね。別に他の騎士たちが来ても僕の相手じゃない。その男だけが邪魔だったっていう話だよ」


 他の騎士が邪魔にならなくて、ルキースだけが邪魔になった。

 強さの問題を言っているのだろうが、やはり釈然としない。

 スカーレッドにしてみれば何てことのない騎士たちだが、他の山賊たちは違うはず。

 ただこれ以上深掘りしても同じことを繰り返しになるだけだろう。


 「……納得はできないけど、してあげる。それで何? 君はルキースの暗殺の為だけにここまで来たの?」

 「馬鹿正直に答える気はないけど……まぁ、そんなところかな」


 この言い方はやはり他に目的があるように感じる。


 他の目的は何?

 と聞いても素直に応じるはずがない。


 なら……


 俺はスカーレッドとの距離を詰める為に、足腰に力を入れる。

 殺しはせずに、捕縛して真の目的を吐かせればいいだけの話。ここには俺とスカーレッドの二人しかいない。

 闇魔法の行使をしても何ら問題はないだろう。

 それに奴の双刃刀は今ルキースの胸に突き刺さっている状態だ。

 この状態で負ける気は微塵も感じない。


 そんな俺の頭の中を覗いたかのように、スカーレッドは静かに口を開いた。


 「……ここで戦ってもいいのかい?」

 「……どういうこと」

 「扉の前には倒れてる騎士たちがいるよね。もちろん今は寝ている他の人も」

 「それで……?」

 「君と僕が本気で戦えば巻き込んでしまうとは思わないのかい?」

 「思わない……っね!」


 言い終わる前に丸腰のスカーレッドとの距離を詰め、死なない程度の加減で斬り込む。

 すると、キンッと高い音が訓練場に響き渡り、俺の刃が外套の背中から出した二本目の双刃刀によって防がれていた。


 「何本……隠してんだよ」

 「ふふっ。これで最後だっ……よ!」


 俺の刃を受け止めた下からもう一つの刃が、俺の身体目掛けて斬り上げられる。

 それを後ろに飛び避けた俺は、すかさず魔法を行使した。


 「闇追弾チェイスダーク闇引弾グラビテートダーク


 早い弾と遅い弾。

 前者は防がないと追跡される闇魔法。

 後者は防けば俺の目の前まで引っ張られる闇魔法。


 その二種類の弾を行使し、俺は再びスカーレッドとの距離を詰めようとした。

 が、スカーレッドは二つの弾を双刃刀ではなく、魔法鞄マジックポーチに入っていた適当な物で対応した。

 その対応に思わず、距離を詰めようとした足が止まる。


 「へぇ。後に行使した魔法は君に引き寄せられるのか」

 「……」


 俺に引き寄せられた物はポーションの空き瓶であった。

 その瓶は俺の目の前まで来て止まり、地面に落ちてガシャンと割れる。


 闇魔法を見ても反応すらしないスカーレッドは、俺に考える余地など与えず口を開く。


 「来ないのなら……僕から行くよ」


 ヒュンヒュンと音を置き去りにして、左右に回す双刃刀。

 その状態のまま距離を詰めてきたスカーレッドの刃を剣で防ぐ。

 双刃刀の動きが止まったかと思えば、再び下からもう一つの刃が襲いかかった。


 「異空間ゲート


 闇の中に手を入れ、短剣を取り出した俺はその刃を受け止め、右足でスカーレッドの脇腹目掛けて蹴りを入れる。

 その蹴りを後ろへ飛び回避したスカーレッドは、間髪を入れずに俺へと襲いかかる。


 俺が思っていたより数段上の力を発揮するスカーレッド。

 動きはやはりと言うべきか、カルロスやマリーに匹敵するものがある。

 それについては想定内であった。俺が想定していなかったのは、闇魔法を的確に対処するところだ。

 一度見ればそれが可能だが、その一度目は見たことのない魔法である為、ほとんどの者はたじろぎ様子を見てくる。

 しかし、スカーレッドはまるで闇魔法を見たことがあるかのような対応をするのであった。


 捕縛は殺しより難しい。

 武器を取り上げるか身体を動かせなくなるほどの致命傷を与えなければならない。それはもちろん殺すことなく。


 刃を交える度に空気が震え、この部屋全体が動いているような感覚。

 時間が伸びていくのは、俺にとって不都合が生じた。

 何故なら、スカーレッドと俺が交えた刃の振動や音を聞きつけた者がこの部屋に駆けつけて来るかもしれない。

 レティナやカルロス、ミリカなら足手まといにならないが他の者はきっと守るべき対象となってしまう。


 「ふふっ。楽しい……楽しいね。レオン」

 「そう……だね」


 距離を開けて上機嫌に笑うスカーレッドは、俺を見つめる。


 いつからだろう。

 黒い感情がなくなっていたのは。

 そして、いつからだろう。


 時間を掛ければ掛けるだけ俺の状況が悪くなるにも関わらず……もっと戦いたいと思ってしまうのは。


 でも、そんな戦いも終わりにしなければならない。


 「……ないと思うけど、誤って君を殺してしまった時、聞いておけば良かったって後悔するかもしれないから……最後の質問。君がやろうとしていることは何?」

 「……」


 短剣を異空間ゲートの中に入れ、スカーレッドの言葉を待つ。

 すると、先程まで楽しそうな声色をしていたスカーレッドは、声のトーンを少し下げて寂しげに呟いた。


 「……守りたい人がいる」

 「……」               

 「この世の全てを敵に回しても守りたい。私が……僕が大罪人になっても……やらなくちゃいけないの」

 「その為にこんな事してるの? その守りたい人は君が罪を犯してでも守られたいって、本気で思ってるの?」

 「……っ」


 説得ができるとは思っていなかった。

 だが、口籠るスカーレッドの様子を見ればそれは可能なのかもしれない。

 俺はそんな希望を抱き、言葉を繋げる。


 「君はルキースを殺した。それは許されざる罪だ……だけど、その人を守る為に俺と一緒に考えて……守ってから罪を償えばいい。まだ二回しか会ってないけど、不思議と感じるんだ。君はきっと優しい人なんだって。だから、こんな事もう止めよう?」

 「……っ」


 俺の言葉に肩を震わすスカーレッドは、ぎゅっと拳を握った後、切なそうな声色で口を開いた。


 「レオン……っはやっぱり優しいね。でも、それはできないんだ」

 「……どうして?」

 「決めたから。どんな未来が待ち受けようとこの罪は僕が背負うと。その結果、大切な人が僕のことを……嫌いになってでもね」

 「そこまでして……」


 その人を守りたいのか。


 スカーレッドの言葉は有無を言わさぬ決意を感じる。

 俺がどんな言葉を送ろうともその意思が揺るがないほどに。


 「ふふっ。喋りすぎちゃった。じゃあ、レオン……後悔しないでね」

 「後悔って何のこと……?」

 「この場所で戦おうと思ったことだよ」


 スカーレッドが扱っていた双刃刀は変形式のようで、その双刃刀を彼女は二つに別つ。

 そして、そのまま双剣のように握ったスカーレッドは、腰を低くして俺を見据えた。


 「できるかな……」


 ぽつりと呟いた後、闘気がドッとこの部屋に溢れる。


 この感覚は……まさか……!?


 今、距離を詰めてももう遅いし、魔法の行使したところで避けられるのは分かりきっている。


 「……秘術……」


 そう言葉をスカーレッドが発した時だった。


 突然パリンッとガラスが割れる音がして、何者かが姿を現す。


 「スカーレッド様。任務完了しました」


 窓枠に立っている女を横目でチラリと見る。

 その女は白仮面の者たちと違い、青い仮面を付けていた。


 ちっ、またこいつか。


 「あっ、ほんと? ネネ」


 青仮面のネネが来たことにより、放たれていたスカーレッドの闘気が収まっていく。


 「はい。なので、この戦いはもう不要です」

 「……そっか……良かった」


 安堵するスカーレッドをよそに、俺のことを見下ろすネネは口を開く。


 「レオン様。剣を納めて下さい」

 「……できると思う?」

 「はい。この場に騎士たちが集まってきます。これ以上戦えば、双方が得をしません」

 「それを信じろと? こっちは、隊長が殺されてるんだ。そう見す見す逃すつもりはないけど」

 「……その隊長は貴方にとってなんなのでしょうか? 友人? 家族? 本当に守りたい人? ……違いますよね。貴方にとってはどうでもよい存在で、そこに同情や怒りなどないはず」

 「……っ」


 ネネの言葉に反論できない俺は、そのまま立ち尽くす。

 出会った当初はおどおどとして、スカーレッドの後ろに隠れていた女。

 だが、今は違う。確信を突く言葉を堂々と放ち、あの時の面影は一切ない。


 言葉が出ない俺に対して、ネネは続ける。


 「被害者は彼一人。こちらの被害はもっと多い。これで手打ちにしませんか?」

 「そっちの被害なんて城に潜入したそっちが悪い。そもそも山賊なんて斬られて当然だと思うけど」

 「……確かにそうですね。私も本当にそう思いますよ。あの屑たちは醜くく、弱い者を襲い、ただただ快楽に身を委ねる。人ではない……人の形をした魔物……全員が全員、死ねばいい」


 ドスの効いた声で話すネネに耳を傾けていると、突然俺の後ろの扉が勢いよく開かれた。


 「賊はここか!」


 一人の騎士を筆頭にゾロゾロと部屋の中に騎士たちが入ってくる。

 俺からすればただの足手まといたち。このままスカーレッドたちと殺り合えば確実に死者が出るだろう。

 そう思った俺は一人、剣を納める。

 そんな俺の様子を確認したスカーレッドは、ぴょんっとネネの方まで飛び、最後にこちらを振り向いた。


 「レオン。じゃあ……またね」


 ネネと二人で闇にまぎれたスカーレッドを見て、騎士たちが騒ぎ出す。


 「おい!! お前ら逃すな! 回り込んで確実に捕らえろ!! 殺しても構わん!」

 「はい!!」

 「おい! お前。こちらを振り向け。あいつらの仲間か?」


 いや、仲間だったら一緒に逃げてるだろ。

 それに今、名前呼ばれてたけど……


 あまりに見当違いな発言に肩を落とした俺は、そのまま後ろを振り返る。


 「あ、貴方は……レオン様でしたか。申し訳ございません」

 「いや、いいよ」


 この部屋に向かう先倒れていた者は、ランド王国の騎士たちであった。

 だが、今居る騎士はマリン王国の騎士のようだ。


 「それにしてもレオン様。何故賊を見逃したんですか?」

 「……はぁ」


 君たちが居たからだよ。


 なんて正直に言えたらどれだけ楽だっただろう。

 これがランド王国の騎士なら何の迷いもなくそのまま言うのだが、マリン王国の騎士となれば話は違う。


 「……まぁ、俺も戦える余力が残っていなかったんだ。ここに来る途中も賊と殺り合っていたからね」

 「なるほど、レオン様がそこまで疲労するとは……先に行かせた奴らにも言っておけば良かったな」

 「まぁ、多分逃げられて会えもしないと思うよ」

 「そうですか……それなら、あの族を殺すべきではなかったか」

 「あの賊?」


 まるで独り言のように言う騎士の言葉に首を傾げる。

 すると、姿勢良く立っている騎士は残念そうな顔をして口を開いた。
















 「はい。女の賊が逃げていたのを見つけましてね。呼び止めようとも聞かなかったので、そのまま斬り殺したのですよ」


 ドクンッ。


 心臓が飛び跳ねる。


 「今思えば一般人のような身のこなしでしたので、捕らえれば良かったなと反省しております」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 黒い感情がまるで濁流のように押し寄せる。


 あの女は……逃げられなかったのか。


 何か夢があったかもしれない。

 愛おしい恋人がいたかもしれない。

 大切な家族が待っていたかもしれない。


 山賊に攫われた日から、きっと考えたくもない非日常な現実に耐えながら、今まで彼女は生きてきた。


 ……その末路がこれか?

 

 (ありがとうございました!)


 最後に聞いたその言葉は未来に希望を抱いているような……そんな声色をしていた。


 「あの……レオン様? 大丈夫でしょうか?」

 「……黙れ」

 「えっ? 今、何と?」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 頭を押さえて必死に黒い感情を抑制する。

 この騎士は何も悪くない。

 城に潜入した賊をただ殺しただけ。

 それは城を守る騎士にとって当然のことなのに、少しでも気が緩めば、目の前の騎士を殺してしまいそうだった。


 「はぁはぁ……」


 黒い感情を抑えようと思っても、思うように言うことを聞かず、次第に手は無意識に剣へと伸びていく。


 「……早く行け」

 「……はい?」

 「早くさっきの奴らを追いかけろ!!」

 「は、はい! で、では、失礼します!」


 俺の怒鳴り声によって、びくりっと反応した騎士は一目散に部屋から出て行く。


 「……はぁ……はぁ……」


 (殺せ。殺せ。殺せ。)


 騎士が去ってから数十秒、黒い感情は先程よりも小さくなっていくような気がした。


 この後は何をすればいい……?


 宿屋に戻ってもいいのだろうか?

 それとも、この現状を説明する為、騎士たちに事情を話さなければならないのか?


 うまく頭が回らない中、一つだけ思い出したことがあった。


 「……リリーナとエミリーの所へ……行かなきゃ」


 片手で頭を押さえなんとか歩き出す。


 この世は弱肉強食。

 いつだって弱い者は強い者に喰われる。


 その腐りきった事実を再確認した俺は、おぼつかない足取りでエミリーの部屋へと向かうのであった。

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