第88話 驚愕


 「ふぁ〜」


 宿屋に帰ってからすぐに眠りについた俺は目を覚まし、欠伸をしながら上半身を起こす。

 昨日は良い息抜きになった。

 海でみんなと遊び、夜は美味しい焼きそばを食べる。

 フェルとポーラにもみんなを紹介できて、俺が後やる事と言えばリリーナの呼び出しに出向いて、帰りの護衛をするだけだ。


 「レンくん〜おはよ〜」


 ……?


 楽しすぎたせいか、幻聴が聞こえる。

 ここは拠点の自室ではない。宿屋の一室である。

 つまり、昨日の夜に用心を兼ねて鍵は閉めておいたはずなのだ。


 「んー。もう朝ー? ルナもうちょっと寝たーい」


 ごそごそと布団から顔を出し、目を擦っているルナを見つめる。


 なるほど。一旦整理しよう。


 どうやって入ってきたかはこの際どうでもいい。

 何故、入ってきたのか。その事が重要である。


 「……ルナ、おはよう」

 「おはよっ!? いだぁーい。ひたはんにゃった」


 涙目になりながらルナは舌を出す。

 俺はうんうんと頷きながら、ルナの頭を撫でた。


 「レンくん〜? 私には?」

 「レティナもおはよう。いい朝だね」

 「今日は雨みたいだよ?」

 「そうなんだ。それは、めんどくさいな……ってそうな事はどうでもいい。なんでここにいるの?」

 「え? 入ったからだよ?」

 「どうやって?」

 「風魔法で内側から鍵を開けたの。どう? すごい? 私すごい?」

 「う、うん。すごいね……」

 「えへっ」


 悪気がないのか無邪気に微笑むレティナに、俺はつい肩を落とす。

 これがカルロスなら拳骨を落としているだろうが、レティナにはそんなことできやしない。


 ……まぁ、カルロスが隣で寝ていたら拳骨どころか、このベッドから蹴り落としていただろうが。


 「レンくん。こっち向いて?」

 「ん?」


 ジーっと俺の瞳を覗くように見るレティナに、俺は思わず顔を背けてしまう。

 レティナと見つめ合うことは好きな俺だが、まるで俺の知らないことまで見透かすようなこの瞳は少し苦手だ。


 「……レンくん?」


 不安そうな声色で俺の名前を呼ぶ愛おしい人。

 いつもなら 「入って来ちゃダメだよ」 と頭を撫でて甘めに注意しているのだが、今はその瞳から逃げるように、ルナへと視線を落とした。


 「んー、とりあえずマリーに見つからないようにしないとね」

 「マリーひゃんにみふかったらおこられる?」

 「そりゃそうでしょ」

 「じゃ、じゃあね!」


 あわわと焦る表情を見せて、勢いよく布団から飛び出したルナは、そのまま部屋の扉を開けて姿を消す。

 まさかの行動に俺は扉を見つめながら、現状を把握した。


 レティナと二人っきり。

 嬉しいシチュエーションなはずなのに、レティナから顔を背けたせいか少しだけ気まずい。


 お互い無言のまま数秒経つと、不意にレティナが俺へと抱きついてきた。

 そんなレティナは上目遣いで俺を見上げ、ゆっくりと口を開く。


 「……レンくん。今日は大丈夫だね」

 「えっ?」

 「昨日は……寂しそうな顔してたから」


 いつ気づかれたのだろう。

 数十分掛けて表情を戻したはずなのに、レティナの目からすれば付け焼き刃だったということだ。


 それでも……その事実を認めることはできない。


 「そう? いつもと同じだったけど……」

 「ううん。違うよね……」

 「……もしかして、昨日のことを心配して来てくれたの?}

 「……うん」

 「そ……っか。なら、昨日の俺に感謝しないとね」

 「……えっ?」

 「もし昨日の俺がいつもの俺だったら、レティナが来ることはなかっただろ? だから、良かったなって」


 レティナを抱きしめ返し、ぎゅっと肩を掴む。

 ぴくっと反応したレティナは、俺の鼓動を聞くように胸に耳を当てた。

 こんな状態をマリーに見られでもしたら、またお説教をくらうだろう。

 でも、心配して側にいてくれたレティナに愛おしさが募るのだから仕方がない。

 俺たちはそのまま数分間、余計なことは口にせず、抱きしめ合うのであった。











 「じゃあ、行ってくるよ」


 拠点のみんなにそう告げて、宿屋を後にする。

 今日は雨みたいとレティナが教えてくれたが、幸いなことにまだ降ってはいないようだ。

 宿屋から城までは徒歩十五分というところ。

 三十分前に宿屋から出た俺は、街の風景を見渡しながらゆっくりと歩いていく。

 ちなみにだが、昨日再度訪れたおじさんのボロ屋は宿屋から十分ほど歩けば着くことができる。


 それにしても、昨日の焼きそばはまた格段と美味しかったなぁ……


 至高な焼きそばを作るおじさんとは初日よりもずっと仲良くなり、今日も時間があれば行こうかと思うほど意気投合をした。

 昔はソロでBランク冒険者まで上り詰めたらしいが、Aランクへといく道半ばで怪我をしてしまい、そのまま引退したとのこと。

 その話の流れで、俺たちのランクも聞かれたのだが、Sランクなんて素直に教えることはできない。

 一応今回は昔のおじさんと同じBランク冒険者ということにしといた。


 おじさんが退廃地区で住んでいるのは、出会った時に言っていたように、


 ここに居る人を放っておけない。

 冒険者が嫌い。


 の二点らしい。ただ、その後に、


 「俺はお天道様に見放されちまった男だからな。人の目に映っちゃいけねえんだ」


 と、何か訳ありそうな事を呟いていたが、とても複雑そうな表情をしていたので、あえて触れないでおいた。



 雑踏の中、歩いていくと城の門が見える。

 門の左右に二人の衛兵が槍を持って立っており、その一人に俺は声を掛ける。


 「あの、すみません」

 「はい? 何か御用ですか?」

 「レオン・レインクローズと申しますが、話は聞いていますか?」

 「あぁ。レオン様ですか。お待ちしておりました。中までお進みください」

 「ありがとうございます」


 軽く頭を下げて、門を括ると俺はそのまま城へと入る。


 あれ……?

 そういえばここから何処に行けばいいんだろ。


 城の中でうろうろしていると、ふと声をかけられる。


 「おーい、レオン様〜」

 「あっ、フェル、ポーラ」

 「あらあら〜。リリーナ様が〜遅刻するかもしれないって〜話してたけど〜そんなことなかったですね〜」

 「……」


 堪えろ俺。これは仕方ない。

 馬車で寝る姿を見せた俺が悪いのだから。


 でも……もう少し信頼してくれてもいいんじゃないかな?


 「こちらに来るのじゃ。リリーナ様が待っているのじゃ」

 「う、うん」


 フェルとポーラの後ろを付いていきながら、城外に視線を移す。


 「えい、やー」


 騎士たちが朝早くから修練に励んでおり、皆が一突き二突きと汗をかきながら、力一杯槍を突いていた。


 「ねぇ。ポーラ。あれ、いつからやってるの?」

 「ん〜? あ〜、あれは〜一時間前くらいですかね〜」

 「へぇ。頑張ってるんだね」


 騎士たちの前で腕を組んでいる男をじっと見つめる。

 恐らくあれが騎士隊長だろう。

 その身体から流れる闘気や魔力はきちんと抑制されており、一般市民が見ればすぐに怖がるような強面の男であった。

 ただ、一つ言えるのはそれは一般市民から見てだ。

 俺の目から見れば、あの男はそれほどの強者ではない。

 ランド王国の第一騎士隊長ルキースと模擬戦をしたとしても、結果は目に見えて分かるほどの実力差である。


 「レオン様〜ここなのじゃ」

 「あっ、ありがとう」


 小さな手でドアノブを回して、俺を部屋へと案内するフェル。

 俺はそんなフェルの頭を、まるで小さな子供を褒めるかのように撫でて、部屋へと入室した。


 「……ポーラ。これは夢じゃな? レオン様が頭を撫でてくれたのじゃ……これは絶対夢じゃな?」

 「いいな〜。私が開ければよかった〜。そしたら〜私の胸に〜レオンさん飛び込んできてくれたのに〜」

 「いや、それはないのじゃ。飛び込むとしたら、うちの胸じゃ」

 「え〜。フェルちゃんの胸は〜大きすぎだよ〜」


 後ろで冗談を言い合っているフェルとポーラ。

 だが、そんな冗談に突っ込めるほどの余裕は俺には無かった。

 何故なら、部屋の中に居たのはリリーナとエミリーだけではなく……


 「え、えっと……リリーナ? そ、そちらの方はもしかして……?」

 「……うむ。マリン王国の王妃マーゼ・エル・レメンガルド様だ」

 「あらっ、貴方が深淵のレオンさんかしら?」


 王妃様は俺に向けて笑顔を見せる。

 真っ赤なドレスに身を包み、胸には白く綺麗な花のブローチが陽の光によって輝いている。

 何よりその女性が王妃様だと気づいたのは、見たこともない青く神々しいティアラの存在だった。


 いや、フェル、ポーラ……これが夢だろ。


 後ろでまだ言い合いを続けているフェルとポーラの頭の中身を一度見てみたいものだ。


 俺はすぐ地面に膝をつけ、頭を下げる。


 「はい。お目にかかれて光栄でございます。マーゼ王妃。私はリリーナ様の護衛、レオン・レインクローズと申します」

 「あらあら、そんな畏まらないでいいわ」

 「いえ。先に王妃様を待たせるという無礼な行為をしてしまったのです。本当に申し訳ございません」

 「んー、彼……本当に冒険者なのかしら? すごく礼儀正しいわね」

 「そうですね。レオンはこういう男です……外面だけですが」


 後でリリーナに文句を言ってやろう。

 べ、別に外面じゃなくて内面もしっかりしてるし。


 そのまま頭を下げていると、後ろからフェルとポーラが入室してくる。


 「おー。マーゼちゃんも居たのじゃな」

 「こらっ、フェル。ここでは、王妃様って言いなさい」

 「でも〜レオンさんたちしか居ないので〜別にいいのでは〜?」

 「……まぁ、確かにそれもそうね」


 フェルとポーラがマーゼ王妃とまるで友達のような感じで接している。


 これでも知謀のレオン(自称)と言われた俺だ。

 この現状は一応は把握できた。

 そう。


 地獄ということだ。


 ……はぁ……帰りたい。


 心の中でため息を吐きながら、なんとかこの現状をなんとか打開できないかと考える。

 すると、俺より先にリリーナが口を開いた。


 「レオン。いつまでそうしているつもりだ。早く隣に座れ」

 「い、いや、私はここで……」

 「マーゼ王妃……」

 「はいはい。レオン・レインクローズ。リリーナ伯爵の隣へと座りなさい。これは命令です」

 「は、はぁ」


 マーゼ王妃に言われた通りに、俺は腰を上げてリリーナの隣へと座る。

 これからどんな話がされるというのだろうか。


 早く帰りたい。


 その一心で俺は渋々……いや、苦渋の表情をしながら、マーゼ王妃と話し合う決意を決めるのであった。

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