第84話 海だ!!


 お風呂を出た後、数十分掛けて気持ちを落ち着かせた俺は、呼び出されるまでベッドの上で待機した。

 空いた穴をまだ感じるが、先程のように悲しみが溢れ出すということはもうなかった。


 コンコンと扉をノックされた音を聞き、ベッドから起き上がった俺は急いでドアノブを回す。


 「おはようレティナ、ルナ」

 「おはよう。レンくん」

 「おはよー」


 微笑むレティナを見た俺は抱き寄せたくなる衝動をなんとか堪える。

 いきなり抱き寄せたりなんてしたら違和感でしかない。

 それもルナが側にいるのだ。

 あまり不用意な行動はできない。


 「レンくん?」

 「ん? どうしたの?」

 「なんだかぼーっとしてない?」

 「いや、いつも通りだよ。ほら、早くマリーたちを呼ぼう? 海に行くんだろ?」

 「う、うん」

 「ルナ海に入ったことなーい」

 「俺もないんだ。今日は楽しみだね」


 レティナとルナの三人で、マリーたちを呼びに行く。

 すると、右側で歩いていたレティナがそっと俺の手を握った。


 「……少しだけだから」

 「……うん。いいよ」

 「あ~! ルナもー!」


 俺の両手が優しく包まれる。


 ……やっぱり安心するな。


 少しだけと言っていたのに、結局みんなが合流してからも手を繋いでいた俺たちは、そのまま海に向けて宿屋を出発するのだった。












 目の前に一面と広がる鮮やかな海と空。

 太陽の光で宝石のようにキラキラと光っている水面は、ランド王国に居ては見ることがない景色であった。


 「近くで見るとこりゃすげぇなー」

 「うん、海水も綺麗だし、流石は海の国と言われているほどだね」

 「あ、あの、レオンさんカルロスさん……入りに行ってもいいですか?」

 「おっ、いいぞ、ゼオ。じゃあ、どっちが早く海に入れるか勝負だ」

 「え? ちょ、カルロスさーん! 卑怯ですよー!」


 カルロスは砂浜に足を取られることなく、一直線に海へと走って入っていく。


 うむ。大人気ない。


 カルロスとゼオが海に入ったのを見た俺は、うずうずする身体を我慢してレティナたちを待つ。

 今の俺は海パンしか身につけていない。

 外に出る際はいつもフードで顔を隠していたので、こんな大っぴらに顔を明かしているのは久々であった。

 いつ知らない人から声を掛けられるか分からない状態ではあったが、ばれたらばれたで仕方がない。

 その時は潔く逃げよう。


 腕を組みカルロスたちが無邪気に遊んでいるのを見ていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。


 「レンくん。お待たせ」


 気配で分かるが、拠点の女性陣が今俺の後ろに居る。

 俺は気づかれないように深呼吸をして、後ろを振り返った。


 「っ!!」


 眼福だ。

 俺がこの国に来た理由は、この時の為ではないかと思うほどである。


 肩を叩いたレティナを見ると、フリルの付いた水色の水着を身に纏っており、太陽の光を遮る為に麦わら帽子を被っていた。

 そのあまりに無防備な姿に、俺は思わず目が離せなくなる。


 「レオンちゃん、やらしー」


 はっと意識を取り戻した俺は、マリーの方を見る。

 白黒のパーカーを羽織り、フリルや模様など一才無い黒い水着。

 一昨日見た時にも思ったことだが、マリーの身体に無駄な肉などは無く、くびれが妙に色っぽく感じた。


 「……ここが天国か」

 「なに言ってるのー? レオン」


 ルナが上目遣いに俺を見上げる。

 ルナはまだ子供だからか、レティナやマリーみたいな上下分かれている水着ではなく、青色のワンピース水着を着ている。


 「えっと、ルナが着ている水着は可愛いなって」

 「えへへ。レティナちゃんと選んだの。これならレオンが喜ぶって」

 「確かに。これは俺じゃなくても喜ぶな」

 「レンくん? 私たちにも何か言うことないの?」

 「……いや、本当に可愛いよ。思わず、びっくりしちゃった」

 「……な、なら、いいもーん」

 「レオンちゃんの素直さって、こういう時ちょっと困るのよね」

 「えぇ」


 素直に言ってもダメ。言わなくてもダメ。

 俺はどうしたらいいっていうのだろうか。


 ……てか、あれ? ミリカは??


 三人の水着が鮮烈すぎて忘れていたが、ミリカが居ないことに気づく。


 「そういえば、ミリカはどこに行ったの?」

 「え、えっと……」

 「あ~」


 レティナとマリーがあからさまに困った表情を浮かべる。

 その視線は俺と交わることなく、右往左往としていた。

 そんな二人をよそにルナが口を開く。


 「ミリカちゃんはなんかね? 恥ずかしくって更衣室から出れないって言ってたの」

 「え?」

 「レオンに見せれる身体じゃないんだってー」


 ドクン。


 ルナの言葉に俺の心臓が脈立つ。


 ミリカは昔、貴族のモノとして扱われていた。

 その全容を事細かに聞いたことはなかったが、もしかしてミリカは……


 「……更衣室どこ?」

 「え?」

 「ミリカ連れてくるから教えて」

 「あ、あの、レンくん? 更衣室で何するつもり?」

 「何って……ミリカを呼びに行くんだよ」


 俺たちが遊んでいる中、ミリカだけ更衣室に居るなんて考えられない。

 例えどれだけ辛い傷痕があったとしても俺は……俺だけはミリカに 「大丈夫だよ」 と伝えてあげなくてはいけないんだ。


 レティナたちがあわあわとする中、俺は一人で更衣室を探そうとした。

 きっとレティナたちは心配しているのだろう。

 女性専用の更衣室の周りでうろうろする俺が居たら、不審者として捕まる可能性があるかもしれない。

 だが、その前にミリカを助けてあげなくては。

 一人で泣いているかもしれないから。


 「ちょ、ちょっと待って。レオンちゃん」

 「……なに?」

 「多分レオンちゃん、勘違いしてると思うわ」

 「??」

 「ミリカは……その……」


 マリーが俺の肩を掴み口籠る。


 「言わなくてもいいよ。マリーもミリカのこと好きだもんね。でも、大丈夫だよ。俺がなんとかするから」

 「い、いや……そうじゃなくて」

 「……?」


 マリーの真意を読み取れない俺は、ただ首を傾けることしかできない。

 そんな俺にマリーは意を決して、口を開いた。





 「胸がない、って」





 「……………ごめん。聞き間違いだね。なんて?」



 「だから、胸がないから恥ずかしいって」



 「……………………ふむ」


 俺は一旦その場で顎を触り、思考に耽る。


 マリーはミリカの胸がないから恥ずかしいと言った。

 これは目を見れば分かるが、本当のことを言っている。

 つまりミリカの身体には何も異常はなく、強いて言えば胸がないのが異常だったという話だ。

 俺は特別小さい大きいは気にしないが……いや、あまりに大きすぎるのは気にしてしまう。というか、気にしすぎてしまうが……

 いやいや、そんな事はこの際どうでもいい。

 問題なのは俺がしようとした行動だ。

 勝手にミリカの身体には傷跡があり、その身体を見せたくなくて更衣室から一人出れずにいると考えてしまった。

 そんな俺はミリカに 「大丈夫だよ」 と伝える為に、更衣室を探そうとしたのだが……


 「レオンちゃん……その大丈夫よ? 勘違いは誰にでもあるし、レオンちゃんの行動はその……そう! 一直線に進むって感じで私は好きよ?」

 「……」


 マリーのフォローが俺の弱った心に突き刺さる。


 途端に恥ずかしさが込み上げてきて、俺は思わず綺麗な空を見上げた。


 あぁ……真っ青な空だ。

 俺もこの空に混じって今だけは消えたい。


 そんな事を思っていると、ルナが俺の手を繋ぐ。


 「ねぇねぇ、レオン。胸がないのは恥ずかしいの? ルナもないよー?」

 「い、いや、そんなことはないよ。ただ、ルナよく聞いて?」

 「?」

 「その質問はもうしちゃダメだよ? ルナみたいな子を襲う人もいるかもしれないから」

 「はぇぇ。分かったー」

 「レンくん。私、やっぱりミリカちゃん呼んでくるよ。レンくんは気にしないよって」

 「あ、あぁ。頼むよ。ミリカも入れて<魔の刻>なんだからね」


 レティナは、こくりっと頷くと更衣室に戻っていく。


 「じゃあ、ルナとマリーは海で遊んできな? 俺はここでレティナとミリカを待つから」

 「じゃあ、ルナちゃん。ここはレオンちゃんに任せて、遊ぼっか」

 「うん!」


 二人はそのまま海へと駆け出していく。

 マリーはカルロスとは違って、ルナの歩幅に合わせながら二人で海へと飛び込んだ。


 なんて幸せな光景だろう。

 この国に行くために護衛を頼んでくれたリリーナに感謝しなくてはいけない。


 俺は燦々と照りつける太陽の下で、腕を組みながらレティナとミリカを待つのであった。

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